1967年 夏 ファンサービス

 シュトロハイムは令和のプロ野球の知識を持つ選手である。


 プロ野球が興行で成り立っていることや、親会社の金銭事情、そしてファンサービス等を良く理解していた。


 シュトロハイムは勝ち試合のヒーローインタビューでは短く、かつ選手を印象付けられるフレーズとしてPlus Ultra(プルス·ウルトラ 更に向こうへ)というスペインの言葉を引用してインタビューの締めの挨拶に必ずそのフレーズを使って印象付けた。


 テレビ放送されるのはパ・リーグで、放映権を握っていた東京ナインズが中心なので、別リーグであるナ・リーグでは放送と言えばラジオである。


 そして新聞に写真として掲載された時に一番目立つにはと考え、右手を天に突き上げるポーズを取りながらプルス·ウルトラと言うようにした。


 またできる限りのファンサービスをと、声をかけられたら必ず手を振り返したり、求められればサインにも応じられるようにポケットに黒いマジックペンを試合中以外は忍ばせていた。


 町中の買い物の最中でも声をかけられたら快く答え、実力だけでなく支えてくれる人気を維持する、更に増やす努力を惜しまなかった。


 一気に人気者となった事に普通のチームなら反感を買いそうであるが、チームの最年長でも29歳と30歳以下しか居ないチームである京都タクシーズでは、そういう行為に対して不満を持っていても、実績が出ている間は口にする様な選手は居なかった。


 またチームが勝てばヒーローインタビューに必ずキーマンをもう一人連れて来るのがシュトロハイム流で、投手、野手問わずに勝利の貢献度が自分の次にあった選手をとにかく褒めて持ち上げた。


 投手陣は守備と打撃でシュトロハイムに感謝していたし、野手陣もシュトロハイムの相手を持ち上げる姿勢や貧しい家庭で育ったという背景から『仲間』としての競争意識を持っており、しかも日本語が上手かったので疎外感の様な物は無くなっていた。


 こうしたチームへの貢献やファンサービスというのはまだ珍しい時代であり、ライバル意識が強すぎて内部崩壊したチームすらあるくらいだし、客への感謝も薄かった為に、積極的なファンサービスをするシュトロハイムは京都から絶大な人気を獲得していくことになるし、シュトロハイムにつられて他の選手もファンとの交流を増やせば、ファンの為に負けられないという気持ちも生まれる。


 無形の力では有るが、それがあることによりプレーでもあと少しというところで背中を押されることがある。


 ファンという力は馬鹿にできず、暗黒期を脱するチームには必ず根強いファンの応援があって再生するものであり、そのファンの中から強い選手が産まれてくるのだ。


 シュトロハイムは前世の縦縞の虎や赤ヘルと言ったチームがいかに暗黒期からファンの支えによって再生してきたかを見ていたし、選手時代やコーチ時代に背中を押されて知っているので、前世では遅れて気付いたプロとしての自覚を若手のうちから積極的に取り入れたのだ。


 謎の外国人助っ人は5月を終えると京都のおっちゃん達の中で知らない人は居ないくらいに認識されていたし、新聞でも白い侍と紹介され、出生が語られると更に応援しようと球場に足を運んだ。


『今日も最高の応援をありがとうございます!! 皆さん最後は一緒に! せーの! プルス·ウルトラ!!』


 シュトロハイムが明るい話題を作ってもチームは最下位を独走し続けた。






 ここで印象に残る試合がある。


 5月20日から22日までの山口ホエールズとの3連戦。


 山口は三大エースと呼ばれる大内、毛利、陶を投入し、勝ちを拾う魂胆であったが、3番を打つことになったシュトロハイムの打撃が爆発、3試合連続猛打賞かつ6本塁打と1試合に2本の本塁打を放ち、八咫烏を粉砕した。


 この3試合の打率は8割と異次元であり、シュトロハイムの凄さが出ているし、彼らはエースである自負があったために逃げないで真っ向から戦ってホームランを打たれていった。


 なお京都は陶から1勝をもぎ取るも2敗して負け越し、いかにこの頃の京都タクシーズがシュトロハイム個人軍であったかを示すエピソードとして語られる。


 ちなみにこの時対戦した大内、毛利、陶の3名は200勝を達成して名球会入りをし、逆に3人で600勝(毎年各々20勝前後)を稼ぐ為、山口黄金期とも呼ばれたりもし、この3人から1試合に2発の本塁打を1シーズンで2度放った選手はシュトロハイムだけであり、特に対戦成績が悪かった陶は


「投げる場所が無く、ボール先行になったが、彼は甘い外角のボールはホームランにならずともフェンスまで飛ばすし、かといって四球で塁に出せば必ず走る。俺が投手の時にシュトロハイムを盗塁死できた試しがないので下手に塁にも出せなかった」


 と語っている。


 5月終了時点でシュトロハイムは敬遠が増加していたが、それに伴い盗塁も爆増。


 5月だけで20盗塁を決めて走塁でもアピールしていた。







 育成の年と割り切って考えているのもわかるが、お客さんが球場に足を運んでくれている以上、試合に負けてもなんとか楽しい思い出を作って帰ってもらいたい。


 ただシュトロハイムは幾ら打ったり走ったり、守っても1年目の助っ人外国人でしかない。


 なのでこの頃から来季に向けて球団にできそうな事の交渉材料を探し始めた。


 まず目をつけたのが御当地弁当···選手とタイアップしたお弁当を売ったりするのはどうかと考えた。


 京都タクシーズの本拠地の船岡山球場では売店でのビールやホットドックの販売が行われていたが、おにぎりとか唐揚げ弁当の方が安くて美味しい物が作れるはずである。


 シュトロハイムは将来流行る物をある程度知っているし、今だから安い物(鰻やサンマ等)を使えば御当地弁当が作れるのではないかと考え、選手食堂のおばちゃん達にお弁当の事を聞いたり、他球団の球場飯の実態や球場周囲の屋台等の傾向等も調べていった。


『やっぱりカレー入れたいな。鰻が一匹丸々入ったうな重弁当も今なら鰻がめちゃくちゃ安いから利益になるだろう。衣笠丼(油揚げとネギを卵でとじた丼)もまだ浸透していないけど京都の油揚げは有名だからできるかもしれないな···ツナマヨもそう言えばまだ無いからおにぎりにしても面白いかも』


 シュトロハイムは休みの日に食堂を借りて何円までと材料費を決めて食材を買ってきては、お弁当を作ることを始めた。


 それを仲の良い選手にも食べてもらい、意見を言い合って味の精度を高めつつ、食堂のおばちゃん達に上手くできたレシピを教えて食事に取り入れてもらうこともした。


「シュトロハイム、よく思いつくねぇ! あんた創作料理人でもやっていけるよ!」


 と料理長のおばちゃんから言われた。


 まぁこれは趣味の範囲で楽しみつつ、シュトロハイムは毎日練習、試合を行い、活躍を続けた。








 オールスター投票でもシュトロハイムは選ばれ、球宴(オールスターゲーム)に参加する資格を得た。


 今年の球宴は東京、岐阜、大阪で行うことが決まり、3日間行われるらしい。


 新人かつ外国人の球宴の参加は初の快挙である。


 こうしてシュトロハイムは東京入りしてホテルに泊まることになるのだが、そこでも色々な選手に挨拶回りを行った。


 そこでシュトロハイムは仲の良さそうな二人の選手に声をかけた。


『こんばんは、シュトロハイムと申します···野町選手に森本選手ですね!』


 と野町選手は岐阜ナイツで捕手として初の三冠王を獲得した選手であり、前半戦で何度も対戦をしていた。


 もう一人の森本選手は東京ナインズの正捕手でチームの二連覇に大きく貢献したナインズの頭脳と呼ばれる選手であり、話してみたいと思っていたのだ。


「シュトロハイムじゃねぇか。何のようだ?」


『是非野町選手と森本選手と野球論について話したいと思いまして』


「おう、じゃあ座れや」


 と休憩室のソファーを野町選手が軽く叩き、座るように言ってくる。


 俺は座って二人と野球論について話し合いをした。


 二人は捕手ということで配球等の話をするが、俺にどんな変化球が打ちづらいか聞いてきた。


『フォークボールを外角低めに集められると打ちづらいです。ただ落差30センチ未満であれば対応できます』


 と答え、二人は苦笑い。


『ストレートとほぼ同じ球速の変化球とチェンジアップを織り交ぜた投手が自分は一番辛いかと』


「速度の同じ変化球か」


 この当時そんな変化球を使う選手は岐阜ナイツの骨川投手がスライダーの変化量を減らし、カットボールに近い球を投げているくらいで、他の選手は変化球と言えば緩急と大きく曲がるのが良いとされていた。


 たまにパワーカーブ(高速カーブ)を投げる選手もいたが、それでも球速に差が出るのでシュトロハイムにしたら鴨であった。


 シュトロハイムが語る選手は未来の選手であり、野町と森本はそんな選手が居たら苦労しないと言うが


『俺はそんな選手と対戦したいし、必ずそういう選手を育てたい。今は弱小でもこのシュトロハイム、京都タクシーズを必ず優勝戦線まで持ち上げる!』


 と二人に言い放った。


「やれるもんならやってみろ」


「別リーグなので優勝した際には戦わせてもらいますよ」


 とニヤリと二人は笑う。


 そして翌日···球宴が始まる。

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