19.魔物毒抜きチュートリアル(1)

 男の案内するままについて行った先は、予想通り川辺だった。

 最初に私たちが集合場所にした、例の瘴気満ちる川である。


 私が到着したときにはすでに、解体に参加していなかった他の先住民たちも集まっていた。

 彼らは川岸にかまどをいくつか設けて、大きな深鍋を火にかけている。鍋の傍では先住民たちが数人、布を張った大きな団扇で、湯気に向けて必死にあおいでいた。

 彼らはみんな汗だくだ。この寒い中上着を脱ぎ、あるいは上半身をさらけ出し、野太い掛け声をかけ合いながら団扇であおぎ続けている。


 そして、それを突如見せつけられた、私の心境よ。

 なに。なになになに? なにこの光景?

 こっちは嫁入り前のヘレナさんもいるんですけど?

 いきなり男性の半裸を見せられて、悲鳴を上げてしまったんですけど??


「………………なにしてるの?」

「見ての通りだ。川の水を沸かしている」


 こちらの戸惑いなど気にもせず、男は当然のようにそう答えた。

 ううむ、まあ予想通りではある。わざわざ川辺で鍋を沸かしておきながら、川の水が無関係ということはないだろう。


 しかし、だからこそ私の疑問は深まるばかりだ。

 だってこの川の水は、。飲めばたちまち腹を下す汚染水なのだ。


「沸かしても川の水は飲めるようにはならないはずでしょう?」


 湯気をあおぐ男たちの背後に立ちつつ、私はわけがわからないまま腕を組む。


 瘴気毒に煮沸消毒が無意味なのは、私の国では常識だ。

 一度瘴気に汚染された水は、沸かすことで多少は湯気として瘴気毒が抜けるものの、決して飲めるほどには薄まらない。むしろ、濃縮された瘴気毒が湯気として出る分、かえって危険と言われているくらいだった。


 瘴気の地で生きる先住民なら、私たちが知るくらいのことは当然知っているだろう。

 あおぐ先住民たちは全員が風上に立っていて、風下に誰もいないのがその証拠だ。


「別に飲むわけじゃない。沸かすことで瘴気が空気の中に逃げれば、水の中の濃さが一定になる。それだけでいい」


 うん? どういう意味かわからない。

 未だピンとこない私に、男は肩をすくめてみせた。


「魔物の肉の毒は強い。川の水よりもずっとな。――濃いものは、薄い方に流れるだろう?」

「………………」


 ええと……?


 魔物の肉は瘴気を含んでいて、水も瘴気を含んでいる。

 魔物肉の瘴気は水よりも濃く、濃いものは薄い方に流れる。


 そして湯を沸かすことで、水の瘴気の濃さは一定に保てる――。


「わからないか?」

「ま、待って! ちょっと待って!!」


 にやりと口角を上げる男に、私は大慌ててストップをかける。ヒントもなしだ。ノーヒントクリアは初見プレイの華。やっぱりこういうのは、自分で答えを見つけたいものなのである。


 それにもう、答えは喉元まで答えは出かかっていた。

 そんなに難しい話ではないはず。瘴気は気化する。水溶性がある。水と肉には濃度差がある。これをまとめると、つまりは――。


「煮れば肉の中の瘴気が水に溶けだすってことね!」


 ぽすん、と私は鳴らない指を鳴らした。

 肉の中の瘴気が一番濃ければ、その瘴気は水の中に溶けていく。水は蒸発して、肉から奪った瘴気を空気に逃がしていく。

 これで少なくとも、煮沸によって達する水の濃度までは、肉の瘴気が薄まるはずだ。


 なるほど! 納得! 答えが出る瞬間、きっもちいー!

 いえ――――――!!!!



 とはしゃぎかけたところで、冷静な私が待ったをかける。

 いや、いえーじゃないでしょ。たぶんこの答え、半分しかあってないでしょ。



「…………これだと水と同じまでしか瘴気が抜けないわね」


 煮沸して瘴気を抜いても、飲み水にできるほど安全にはならない。

 それは肉も同じこと。多少の瘴気は抜けたとて、食べられるほどにはならないだろう。


 だいたい、煮沸は毒抜きの常套手段。毒のある食べ物には、誰かしらが一度は試しているはずなのだ。

 それでもなお魔物肉が広く食べられていないのは、すなわちこれだけでは、毒を抜くには足りないということの証左である。


「――言っただろう、手間がかかると」


 再び黙り込む私を横目に、男は視線を背後へと移動させた。

 何気なくその目線を追いかけた先。立っているのは、解体を終えて肉を運んできた先住民たちだ。


 彼らを眺めながら、男はどことなく面倒そうな顔でため息をついた。


「一度煮るだけで処理が済むなら、俺たちだってもっと魔物を狩っている。――毒抜きの処理はここからが長い。まあ、見ていればすぐにわかるはずだ」

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