月夜に吠える

@Soumen50

仕事

第1話


ぽろろん、と。


つま弾いたリュートのはかなげな音が宙に消えた。


小さく頭を下げると、周りから大きな拍手が起きる。

私はそれに笑顔でこたえた。



「なんと素晴らしい」

「本当に美しい歌声でしたわ」

「この歌声を毎日聞けたらどんなに幸せでしょう」

「ねぇ、レムス。私もう一度“麗しのセラルラン姫”の物語を聞きたいわ」


領主や奥方、その娘御達や友人方が私の声や歌を褒めそやす。


ここは領主の家の居間。

彼らは夕食後のひと時を、私の歌を聞く為に集まっていた。


「ありがとうございます」


私はもう一度頭を下げて、それから領主の末の娘がリクエストした“セラルラン姫”の物語を歌った。

彼らは私の歌に心奪われたように目を閉じる。


ただ一人。


領主の一番上の娘だけは私をじっと見つめていたが。

私は彼女を見ながら歌った。

歌い終わると、また拍手が起きた。


「明日には旅立ってしまうなんて仰らないで、もう少しいて下さればいいのに」

「ぃやはや、本当に名残惜しい」


私は頭を下げ、それからリュートを置いて口を開いた。


「申し訳ございません。次の町に行かねばならないのです」


居間にいる人々は残念そうに頷いた。


「レムスの歌声を心待ちにしておるのは儂らだけではない、という事だな」

「こんなに忙しい旅の吟遊詩人は他にはおらんだろうて」

「こんなに見目いい吟遊詩人もいなくてよ、お父様」

「なんと。エスターはレムスに惚れてしもうたのか?」


わはは、と大声で笑う領主につられて居間にいる人々が笑う。

エスターは頬を赤らめる。

私はそれに合せて笑みを浮かべ続けた。







「本当に行ってしまうのね?」


夜更けて。

与えられている部屋で。

領主の一番上の娘、エスターが私の隣で尋ねる。


「はい。それが私の仕事ですので」


エスターは、はぁ、と息を吐く。


「次の町ではどんな人があなたを待っているの?」

「誰も」

「では、今までの町に何人の人があなたを待っていたの?」

「一人も。あなただけですよ、エスター」


私の言葉を聞いて、エスターは小さな笑みを浮かべた。


「嘘吐きね………でも、まぁいいわ。この3日間、素敵な夜が過ごせたから」


エスターは私の頬に手を伸ばす。


「ねぇ、レムス。キスして」


私は言われるままに口付けを落とす。

そしてそのまま何もつけていないエスターの体に手を這わせた。

エスターは全身で私を感じようと踊った。


その姿を見ながら、私は己が仕事を淡々とこなした。

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