【散文】素描

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 どこを見ているのか。いやどこも見ていない。ならなぜ目を開いているのか。瞬きはしている。瞬きしていても目を開く瞬間はある、瞬きで目を瞑っているのは一秒以下だ他の人にとっては瞬きしていても視線はどこかを見ている。どこも見ていないのは変だろうか。そのどこも見ていない視線が人の顔に向けられていたら変に思われる。それはそうだ。お前は人の顔をまじまじと見る変態だ。それもある。だからお前は人一倍気を遣っていなければならないのだ。そのとおりだ。でもおれは人の顔を見てしまう。だから誤魔化せ、変質者め。でもおれは人の顔を見てしまう。目線を動かすんだよ他の人みたいに。他の人の事を見ないと他の人のまねなんてできないのに。他の人のまねを創造していればいい常識なんて妄想だってよくお前が思っているではないか。それもそうだ、おれは前にそう言った。だからおれは天井から目を落とした。天井を見ているのなら別にいいんじゃないの。普段から変に天井を見ている奴が人の顔をぼうっと眺めることになる。だから俺は何を見ればいいんだ。お前は今指を動かせばよろしい。うるさいな、今はそんな気分じゃない。やりたい作業がたくさんあると言っていたのは嘘だったんだな、そう言う事だろう、つまりお前はサボリ魔で嘘つきのクソッタレだ、お前はいつもそう言い訳して時間を浪費して人生を無駄にする、今だってそうだ、本の一つも読まず、何もせず、ぼうっと天井なんて眺めている、そして自分で自分を批判して自分を責めてまた自分から逃れようとしている、その手を動かすことだって、何かを作ることだって全部逃避だ、やるべきことを忘れたいから、他の人から逃れたいから、自分の言葉から逃れたいから、自分が可愛いからなどという気色の悪い考えのせいだ、自分かわいさの無意識が滲んでいるのだ、だからおまえは死ぬべきだ。わかってるおれは死ぬべきだ。世界の誰よりも死ぬべきだ。おれ以外の世界の全ては死ぬべきじゃない。お前以外の世界の全ては死ぬべきではない。自分以外の世界の全ては死ぬべきではない。おれだけが死ぬべきだ。お前だけが死ぬべきだ。自分だけが死ぬべきだ。ああ手を動かせ、手を動かす、手を動かした。手を動かしている最中であるから手を動かしているという現在進行形が最も最適な表現というものだ、いや日本語学的に正確な言葉なのか現在進行形というのは、そもそも現在進行形という言葉を聞くのは日本での英語学特に文法の勉強でのことだ、それは日本語と本当に関係性のある言葉なのか、絶対にきちんと勉強したはずだ、日本語の事も英語の事も、わざわざ大学まで勉強に来ているというのにお前は何一つ勉強が身についていないというのか。そんな事より自分は手を動かし続けている手が動き続けている。こんなくだらない文法事項などうっちゃってさっさと作業をするべきだ、バカみたいなブレブレの文章ばかり書きおって、この間の課題もお前は何を言っているのかめちゃめちゃの文章を書いて絶対に点を失っているお前は今正常なものを書いていないお前は異常者だ。おれは異常者だ、前まで出来ていたことが一つ一つできなくなっていく、おれはきっともう一つ、また一つとできなくなっていくのだ。いやちょっとした焦りだよこんなのは、少し暴れてしまえばまたすぐに良くなる、明瞭な文章以外だって書けるようになっておけばいい。こうして甘やかされお前はまた一つ無能となるのだ。無能だって、それはあまりいい言葉じゃない、大体の事はやれているのに無能というのは実に高慢だしそんな無能という状態があるという考え自体が良くない態度だ、言葉は感情を生む、感情は思考を生む、思考は思想を生む。そうだ、言葉はどうしようもなく存在するが思考の中で何とかその言葉のニュアンスの悪寒を感じ取ってせき止めなくては、一貫性も情緒も主体もない文章でも書かれている時点の能の現れなのだ。肯定と甘えの差はどこにあるというのか。甘ったれた己の嫌悪感はどこへ行けばよいのか。ままならないままならないままならない。指を止める。指が止まる。指が止まった。

 そして、作業を止めた。

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