時空転生 好きだったあの子に会いたいと言ったけど、そういうことじゃないでしょ!
宮藤才
第1話
うん今度はいけるかもしれない。
新しい派遣会社の登録で面接対応してくれた彼女は、若いながらも親切親身、丁寧な対応をしてくれた。
「ただやはりゴールドボトルコーヒーは外部から雇用してるケースが少なく、イベント時などの大量雇用の場合を除いては難しいかと思います」
「そうですか……まぁそうですよね」
分かってはいたけど、残念は残念。
「引き続きの応募は可能ですので、続けてください。ご案内できるものがあればこちらからもご案内いたしますので」
「分かりました。ありがとうございます」
そう言って、僕は家に直帰した。せっかく横浜まで出てきたのでお茶でもして行きたかったけれど、僕には家を長時間空けておけない訳がある。
「ただいま! 帰ったよ」
食卓の椅子に座りテレビを見ている老齢の父に話しかける。もちろんと言うのも変だけどリアクションは無い。それどころか出掛けに「しっかり水分とってね。お昼は冷蔵庫にお弁当食べてね」そう言ってたけれどすべては手付かず。
分かってはいても、グラスに注いだスポーツドリンク、お菓子、麦茶のポット、全てのものが出かけた時と寸分違わない状況が眼前に展開されるというのは積み重なるとボディブローのように効いてくる。だからつい口調が強くなってしまう。
「水分補給とお弁当食べてって言ったよね?」
不思議そうに、父は首を傾けるだけだ。
今の状況になったのは、この3、 4年の間だ。僕は働いていた会社を介護離職した。父の介護との兼ね合いでできる仕事を……と探した結果、派遣社員になった。なるしか無かった。
といっても、アラフィフの独身男、子供なし、単身で介護中の身で出来る仕事と言うのはそうそうない。デイサービスやヘルパーさんとの兼ね合いもあって、出勤できる時間帯や曜日が限られてしまうから。
海外ではワークシェアやフレックスなどで会社が対応してくれるというが、「小一の壁」なんていうものまで存在する日本ではどうにもならない。
「小一の壁」というのは子育てしている中で子供が小学校に上がる際、朝に一時間の調整出来ない壁があり、会社と登校のバランス調整が困難になる事を言うらしい。
共働きであれば、一方がキャリアを捨て退職に、シングルでの子育て中であれば転職に追い込まれ、その多くが正職以外に就かざるをえなくなるという現象らしい。
話が逸れた。
どうしても日常的に話し相手がいないと無駄話をしてしまうな。
ああ、独身子供なしっていうのがどうして職探しに不利に働くかって? 例えば保育、特に学童保育や子供の遊び場を提供する仕事なんていうのも派遣会社によっては結構ある。だが子育て経験がないと言うのは、そういう時、意外に不利に働くものだ。まぁ単純に、僕の年齢とスキル、時間的制約によるところかもしれない。
人格云々……という話をしないのは、ネットは当然のことながらデータでの経歴判断だし、電話で応募する場合は年齢を伝えた時点で、「では条件を検討いたしまして、面接を実施する場合は後ほどご連絡差し上げます」とか、「すみません、応募は締め切ってしまって……」というのがほとんどで、実際は面接にすら進めないからだ。
自分で言うのもなんだけど、僕は面倒見が良い方だ。むしろ過保護と言っても良い。介護職を勧められたりもしたけれど、正直難しいと思う。どうにも共感力が高すぎて、きっと心が保たない。甘えるな、と言われそうだけど、どうにもならないものはしょうがない。介護と子育ては似ていると思うけど、同じようで向かう方向が全く違う。僕としては、介護施設と保育施設が同じスペースになれば相互互助関係になれると思うけど……そんな感情が転じて、できれば保育系の仕事で、社会貢献がしたいなと考えていた。
ともかく、このまま手をこまねいているわけにもいかない。干上がってしまう。
近所を歩いて求人広告の張り紙をチェックしたり、いくつか登録している派遣会社のウェブ上の求人募集を確認する。もちろん今も数社応募中だ。メールを確認すると数社から返答が来ていた。見慣れた書式、見慣れた内容。
いずれも「今回は条件に見合わず、ご紹介には至りませんでした」とある。要は社内選考に落ちたと言うことだ。
半年ほど前まで3年間、派遣紹介の仕事で販売の仕事をしていた。だがある時急に契約が切れた。言ってしまえば派遣切りと云う奴なんだけれど、要は直接雇用を雇ったので、派遣さんには辞めて頂きたい、と言うことだ。それならば、僕を直接雇用してくれればよかったのにと思ったけれど、新しく来た直接雇用の女性を見て気がついた。皆、20代から30代前半というところだ。
なるほど、そういうことか。まあそうだよな、仕方ない。
画して父の介護と求職をする日々が始まった。
とは言え、半年も決まらないとさすがに心が折れて来る。
この現状に陥ってから、やたらと昔のことを思い出すようになった。
ああ、これが走馬灯か……なんて良いものでもない。
特に思い出すのは叶わなかった恋の事。一人……正確に言うと、父と二人暮らし(それと猫)だけど、誰かと共に築く家庭もあったんじゃないか、そんな事を考えるようになった。当時は自分自身でも気づいていなかった、好きだったあの子の事だ。あまりにも境遇が違うから全く相手にされていないと思っていた。でも、思い返してみると、案外脈があったんじゃないか。そう思える出来事がいくつかあった。
その後の人生でも恋愛だって結婚だってチャンスはあった。ただ僕はそれに気づかなかった。いつも目の前にあることで手いっぱいで、あまりにも心に余裕がなかった。
結局のところ、今の僕は20代のあの頃から、いや10代のあの頃から何も変わっていない。時が止まったまま今の年齢になってしまった気がする。
もしかすると、もう僕は死んでいて、死後の世界をさまよっているのではないか。最近、そう感じることが多くなった。成仏出来ない霊、さまよえる魂……。
ものを片付けると運が開けると言うので、空いた時間はもっぱら家の片付けをしている。家は古いが幸い広さだけはある。それを幸と言うべきかどうか疑問だけど、片付け甲斐はある。
あれ? こんなものあったっけ?
ずっと使っていなかった倉庫化した部屋の押し入れの奥の奥から出てきたものは……朱塗りの……これは蒔絵? 大きさは大きな弁当箱3つ分ぐらい。丁寧に紐で蓋が閉じてある。
中は何だろう?
振ってみるが、何も音がしない。
開けてみるか……いや待て。
確かピラミッドのミイラの呪いというのがあった。あの話は、実は呪いではなく、棺の中に眠っていた古いカビの胞子を隊員が開けた途端に吸ってしまい、肺の中でそのカビが増殖して亡くなったという話しだ。
「これは大丈夫だろうな……」
封を解いて恐る恐る蓋を少し上げてみた。途端煙が漏れ出した。
やばい!
慌てて口を塞ぎ、蓋を閉じて紐を閉め直す。
「大丈夫、変な匂いはしない」
自分に言い聞かすように呟いた。
「失礼な奴だな。君は」
「え?」
そこに立っていたのは何と言うか……恰幅が良く、上等な着物着こなした50? くらいの男だ。しかしこれは……なんというか、平安時代の高官みたいな格好をしている。
見たこと無いけど。
コスプレ?
そんなことより、いつ? どうやって? なんで気づかなかったんだろう?
「あの?」
「いやいや久しぶりだ。この時代の茶でも馳走になろうか」
「い、いえあのどなたですか?」
「うむ。ゆっくり話そうか。案内いたせ」
「はあ、まあ」
これ大丈夫か? 近所でもアポ電強盗の話を聞いた。しかし、こんな目立つ格好でそれはないだろう。
それより何より、僕は会話に飢えていた。来客も絶えて久しいし、飲み会に参加する機会も気力も無かったから。何にしてもこのまま放り出す訳にもいかない。それに何か面白い話が聞けそうな予感もする。
僕はスリッパを用意し、自室に通した。
「ちょっとお待ち下さい」
リビングでお湯を沸かし、ドリップでコーヒーを淹れる。自慢じゃないけど、腕に覚えあり、だ。
リアクションが楽しみ。
「誰か来てるのか? お客さん?」
「うん、父さんもコーヒー飲むよね」
首を傾ける父は、何だかビクターのCMのダルメシアンに似てる。ちょっと古いかな。ともかく、父は来客が来ると、少し意識が明瞭になる。
「お茶菓子は……」
冷蔵庫を開くと、「チーズ蒸しケーキ」が一つ。
「……」
半分に切り、お気に入りの皿二枚にそれぞれ取り分ける。
父の前にコーヒーとミルク、砂糖、そしてケーキを一つ置く。トレー(とういう名の盆)にコーヒーを2脚と、ケーキを一つ載せ、自室に持って行った。
【つづく】
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