第29話 結局お前は

蹂躙。

そんな言葉が浮かぶほどの光景が目の前に広がっていた。


『よなぎちゃんキター!!』

『勝ったな!いやほんとに!』

『これは正妻ですわ』


次々と魔物を撃破していく都香沙の姿に、コメント欄も今日一番の盛り上がりを見せる。

「すごい…」

ポツリと、ケンジを拘束していた蓮司はそんな言葉を漏らしていた。

光が奔る。剣が舞う。彼女が踊る。

鮮やかな煌めきは、瞬く間に敵の魔物を打ち払う。

「綺麗だ…」

見惚れたように、蓮司は呟く。


『お?』

『これはもしや』

『よなぎちゃん勝利ルートくるー?』

『勝ったな、色んな意味で』


耳ざといコメント欄の住人達は蓮司の言葉を聞きもらさなかった。

そしてそれは、彼女も同じ。

「────ふ」

未だ梓と理人の二人も、それぞれ応戦している最中。

銃声と破砕音が鼓膜を覆い尽くす中、それでも彼女は蓮司の声を聞き逃す事は無い。

つまり。

(綺麗…綺麗!綺麗って言われた!凄いって言われた!柊君が、私に、見惚れてるッッッ!!)

毎度おなじみ、乙女回路の暴走である。

「は、ははは、ははははははははははははは!!」

光が更に強くなる。

迸る魔力の奔流は、豪風となって渦を巻く。

その中心には、満面の笑みが浮かべる少女が一人。

「うわぁ!?凄いッスよあの子、めちゃくちゃ笑顔でビーム撃ってます!」

「感情が魔力出力に影響するというのは本当だったのですね…」

言ってる場合ッスかーッ!?

という子犬系男子の叫びをかき消すほどに、都香沙の周囲には尋常ではない力場が形成されていた。

恋する乙女はとうとう、大魔神へと変貌したのか。

しかし、都香沙の心を奮い立たせているのは蓮司の言葉だけでは無かった。

(やっと…やっと!彼の為に戦える!)

近くて遠かった彼を今自分が守って戦えている。

それが何より、嬉しかった。

彼を害した者への怒りが消え去った訳では無い。

こんな状況に、感謝などありえない。

それでも。

(鍛え続けたこの力を、彼の為に、彼を守る為に使える。こんな状況で───)

そして、魔力が臨界に達する。

「燃えなきゃ女が、廃るでしょうがァァッ!!!!」

剣を構える。

それは斬撃を放つというより、砲撃を放つ構えに近い。

突き出した剣を持つ右腕に、左腕を添える。

アンカーを地面に固定、全力で自らを固定砲台と化す、彼女の最大にして最強、最新の奥義。

その名を────

天狼咆哮シリウス・ロアッッッ!!!!!!!!」

放たれるは莫大の極光。

洞窟内を満たす程の光が射線上のクリスタルドールを飲み込みながら、最奥の巨人へと迫る。

『───────!!』

対して、クリスタルゴーレムも行動する。

両腕に周囲の水晶を集束、融合する事で防御力を上昇。

最大硬度の水晶壁を以て、天狼の牙を迎え撃つ。

『───────!?』

結果はあまりにも呆気なかった。

一瞬。

文字通りの一瞬で、クリスタルゴーレムの胴体が、両腕ごと消し飛んだ。


『うおおおおぉ!?』

『すげぇぇぇ!!』

『圧倒的やん!』


拮抗すらない。

ぽっかりと胴体に空いた穴が、その威力の凄まじさを物語っていた。

「はァっ、はっ、はっ、はっ…」

都香沙が膝から崩れ落ちる。

無理もない、と蓮司は思う。

文字通りの全身全霊、全魔力を放つ一撃なのだろう。

魔装の維持すら出来ず、剣も装衣も消え、私服姿の都香沙だけが、そこに残されていた。

「ごめん、なさい…後は任せていいですか…?」

「勿論です。貴女の勇気と献身に感謝を。」

「凄かったッス!後でサイン欲しいッス!」

都香沙の頼みを、梓と理人の二人が快諾する。

残るクリスタルドールは僅か。

これなら二人だけでも────

『──────!!』

「っ、何だ!?」

それは、金属音に似た咆哮だった。

石どうしが擦れるような音に、クリスタルドール達が反応する。

見れば、そこには頭部だけになったクリスタルゴーレムが、クリスタルドールに囲まれていた。


『何だ!?』

『うるさっ!?』

『気持ち悪い音……』

『いや、つかあれ何してんだ…?』


生き残ったクリスタルドール達が、否、ダンジョン内に点在する水晶すらもが、クリスタルゴーレムの頭部へと群がっていく。

ゴリゴリと、ガシャガシャと音を立てて集まっていくその様はまるで

「…合体してる?」

蓮司の呟きを聞いた理人と梓は同時に発砲。

しかし水晶の繭と化した魔物の群れは硬質な音と共にその弾丸を弾いてしまう。

「っ、硬すぎる!」

「こうなったら最大出力で───」

理人が言い切るよりも早く、動きがあった。

水晶の繭がひび割れる。

中から現れるのは先程よりも一回り大きくなった水晶の巨人。

「嘘でしょ…?」

『───────!!』

再誕したクリスタルゴーレムは、金属音のような声で歓喜の産声を上げる。

対して、都香沙の表情は驚愕と絶望に染まっていた。

(もう、魔力が無い…!)

「夜凪さん!!」

蓮司の声に、はっと前を見る都香沙。

そこには、拳を振り上げた状態のクリスタルゴーレムが迫っていた。

「まず、」

ゴッッッッッッッッ!!!!

と、凄まじい破砕音が響く。

岩石はおろか、鋼鉄すら容易に砕くであろう一撃。

異能者の体と言えど、無防備な肉体ならば間違いなく原型は残らない。

しかし、都香沙は生きていた。

多少の擦り傷はあれど、直撃に比べれば無傷の様なもの。

そんな奇跡のような状態は、

「柊君!!!!」

一人の少年の負傷と引き換えだった。

都香沙を後ろへと引っ張り、自身を盾にするように動いたのだろう。

その結果、装備の背面はズタズタに引き裂かれ、僅かに出血していた。


『ひいらぎくん!』

『おい嘘だろ!?』

『死んじゃダメだ!』

『二人とも逃げて!』


コメント欄も悲痛な叫びに包まれる。

「柊君!返事をして、柊君!!!!」

「アンカー!!」

理人がアンカーを使い二人を引き寄せる。

「ポーションッス!柊君、しっかりしてください!」

懐から緑色の小瓶を取り出した理人は、焦っているのか、乱暴に中身を蓮司にぶちまける。

「がハッ、ごほっ、…っ、すいません、助かりました…」

「柊君…良かった…」

意識を取り戻した蓮司に、安堵の表情を浮かべる都香沙。

しかし状況は最悪だった。

そして、その好機をこの男は見逃すはずも無い。

「っ、あいつ、また!」

蓮司から離れたケンジが、再びダンジョンの出口へと向かって走る。

「この、アンカ…」

「いけない、下がって!!」

理人がアンカーを使おうとした瞬間、梓が叫ぶ。

咄嗟に理人と、都香沙を抱えた蓮司は後ろへと跳ぶ。

「ぐっ、おぉぉぉぉ!?」

二撃目。

先程まで一行がいた場所に、巨人の一撃が振り下ろされる。

直撃は避けたものの、撒き散らされた衝撃波は蓮司達や、拘束されていた襲撃犯達を木っ端の用に吹き飛ばす。

「ぐ、ぉ……」

うめき声をあげながら、のろのろと体勢を整える蓮司達。

それを見て、ケンジは込み上げる笑いを抑えきれなかった。

「ふ、ふははっ、あっははははは!!」

「テメェ…」


『何笑ってんだこいつ』

『ふざけんなボケ!!』

『さっさと異能解けよ!!』


ケンジの態度に、視聴者達も怒りだす。

「どうしたよ!?俺を捕まえるんじゃなかったのか!?負けないんじゃ無かったのかよォ、あぁ!?」

出口へと向かいながら嘲笑うケンジに、蓮司達は歯噛みする。

「ここでおめぇらはおしまいだ!俺がしっかり逃げ切った後に、異能は解いてやるよぉ!ギャハハハゴォッ!?」

「!?」

瞬間。

ケンジの顔面に右拳が突き刺さる。


『!?』

『ナイスゥー!』

『いや、誰!?』


「が、あ?誰だよッ…!?」

見ればそこには、ジャージ姿をした一人の少年が立っていた。

年は蓮司よりも一つ下程だろうか。まだあどけなさが残る顔立ちとは裏腹に、その目には鋭い光が宿っている、

「君は……」

「柊君、知ってるの?」

「面識は無いよ。でも、知ってる。」

蓮司はその顔に見覚えがあった。

それは、SNSでケンジの切り抜き動画を最初に目にした時に映っていた少年。

「彼もまた、ケンジの被害者だ」


『マジか!?』

『嘘だろあいつ、あんな子供まで……』

『ほんとクソカスだな…』

『右ストレートナイス!』


「お、お前…何で…あの時ボロボロになった筈だろ!」

尻もちをつき、狼狽えながらケンジが喚く。

対して、少年はケンジの胸ぐらを掴み持ち上げた。

「あぁ、そうだ。僕はあの時、恐怖と困惑で心がへし折れた。今まで積み上げたものも崩されて、いっそ全部めちゃくちゃにしてやろうとも考えた!!」

血を吐くような叫びに、ケンジだけでなく、蓮司と都香沙も気圧される。

けれど、と少年は続ける。

「僕には、支えてくれる人がいた。多くの人にとってありふれて、特別でも無いものと思われても、僕にとっては大切な人達が僕を支えてくれた!」

家族か、友人か、はたまた恋人か。

いずれにしても彼は立ち上がった。

そして今、ここにいる。

怒りと勇気を、振り絞って。

「そして今日、立ち向かって、抗う人達を見た。決して折れず、戦い続ける人達を見た!だから走り出す事が出来たんだ。お前みたいなクズが、これ以上誰かを、傷つける事が無いように!!」

更に一撃、右拳がケンジの顔面を打ち抜く。

骨がひしゃげる音が、洞窟内に響いた。

「あ、が…」

倒れ、薄れゆく意識の中、ケンジは蓮司の言葉を聞いた。

それは、

「哀れだな…結局お前は何一つ成し得ることは無かったんだ。信頼出来る誰かと繋がっていれば、こんな事にはならなかった筈なのに。」

嫌悪では無く。

侮蔑でも無く。

ただ、当然の末路を辿った愚か者への、憐れみの言葉だった。

「くっ!!」

「きちぃッスね!!」

クリスタルゴーレムと応戦していた二人が、吹き飛ばされるように後退する。

(実際マズイ…切り札を使おうにも、あれは今の装備では一人一発までしか使えない…もしそれでもダメだったらもう打つ手が…!)

梓の思考が焦りに包まれた、まさにその時だった。

「交代です、お二方。」

「!」

二人を庇うかのように、蓮司がクリスタルゴーレムと相対したのは。

「柊さん…貴方まさか」

「異能が戻ったッスか!?」

「はい、彼のおかげです。」

言って、蓮司達は後ろを見る。

見ればそこには、ジャージ姿の少年と、念の為二、三発殴られたのか、顔がパンパンに腫れ上がり、気を失ったケンジの姿があった。

「柊さん!これで力が使える筈です!」

少年は笑顔で拳を突き出し、エールを送る。

「僕もまた、あなたの配信のファンなんです。かっこいい締め、お願いします!!」

それは、これ以上ないほどの激励だった。


『よっしゃぁ行ったれ!』

『ここまで言われてやらねぇわけねぇよな!!』

『ファンの鏡過ぎる!』

『行っけぇぇぇぇぇ!!』


「柊君」

都香沙もまた、笑顔を浮かべて。

「頑張って!!」

「───承知」

応えて、蓮司はクリスタルゴーレムと再度向き合う。

格好つけるように。

見栄を切るように。

「さて、お披露目が締めの大舞台とはこれ僥倖。剣舞、剣戟は修めども、は、これがお初ではありますが──」

柄じゃないなど知ったことか。

支えてくれた人達が、今の自分の最高を望んでいるのだ。

ならば、

「されどもこの大舞台に、紅蓮の大輪、咲かせてみせましょう──!!!」

全力で応えるのが、己の役目───!


「『紅月、抜刀』!!」


そして、深紅の刃が抜き放たれ、最後の火炎の華が咲く。

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