第16話 配信の終わりと彼のこれから
「ここが最下層への階段です。皆さんと話しながらだとあっという間でしたね!」
あれから、一切危なげなく第三層、第四層を突破した蓮司は第五層、すなわち最下層へと続く階段の前へとやって来ていた。
『いや、マジであっという間だったぞ…』
『ほんとに一切足止めなかった…』
『にこやかにリビングアーマーを切り刻んでったもんな…』
『しかも最初以外一切異能使ってないしな……』
圧倒的な剣技でリビングアーマーを斬り倒して行った蓮司に驚愕を通り越して唖然とするコメント欄。
蓮司そんな様子を気にした様子も無く階段を降りていく。
「今日は運が良かったです!魔物の心臓とも言える、魔石が三つも拾えました、これはかさばらないから持ち運びも楽なんですよね」
『ニコニコやん』
『ニコニコ顔可愛い』
yonagi『んぁぁのぞっぉ!』
『よなぎちゃん壊れっぱなしで草』
『ていうか魔装使わないの?最近は収納機能とか追加されたらしいよ?』
「魔装は今ちょっと注文中というか、事情がありまして…え、収納機能!?そんなの出来たんだ…教えてくれてありがとうございます!」
流石に紅月の事を言う訳にもいかないのでぼかしながら進む蓮司。
そして。
「着きましたね。」
第五階層。
それは、柱が四隅に立っていること以外は、特になんの特徴も無い、広い空間だった。
強いて言うならば、青白い光が揺らめき、どこか海中を思わせる。
「この階層はこの広場だけ、つまり階層の主の部屋だけなんです。」
奥から、何かがやってくる。
リビングアーマーに似たそれは、しかし明確に違いがあった。
ひとつは、頭がある。
生き物では無く、2本の捻れた角が装飾された兜だ。
次に色だ。
黒色だったリビングアーマーと違い、目の前の鎧は返り血を浴びたかのように赤黒い。
最後に、武装。
両手にそれぞれ一本ずつサーベルを握りしめている。
盾を捨て、殺傷力のみを追求したその姿は、ランクAモンスターの中でも特に危険視されている物の一体。
『ソードダンサー!?』
『は!?あんなのまで居んのかここ!』
『ランクAの中でも特にやばい奴の一体だぞ!?』
予想を超えたモンスターの出現に一気に視聴者の血の気が引いていく。
対して、蓮司は一切動じてはいなかった。
「それじゃあ早速、戦って行こうと思います。ただ、コメントを見る余裕がないと思いますので、ご容赦ください。」
そう言って蓮司はソードダンサーへと向かって歩いていく。
『挑むの!?』
『いや、でも、ひいらぎ君はいつもここで戦ってるんやろ!?』
『て事はソードダンサーも相手に…?』
yonagi『柊君、頑張って!』
蓮司が動いたのを見て、ソードダンサーも歩き出す。
互いに一歩一歩、落ち着いた様子で距離を詰めて行く。
一歩。
まだ遠い。まだ届かない。
もう一歩。
互いの息遣いが僅かに聞こえ出す。
そして。
次の一歩、両者の間合いが交差する───!
「ふっ──!」
『────!』
ガァン!!
と、重厚な金属音が炸裂する。
剣と刀が激突したのだ。
それがそのまま開戦の合図だった。
「『──!』」
言葉は無い。
意思の疎通など最初から不可能だ。
叫びは無い。
そんな事に使う呼吸はない。
焦りは無い。
流れを見失えばその瞬間に首が飛ぶ。
「『────。』」
連続する金属音は、掘削機のそれに近い。
ソードダンサーはその名の通り輪舞のように剣を振るい、蓮司の命を狩らんとする。
対して、蓮司は一刀でそれを捌く。
手数の差を経験と、動作の無駄を極限まで削ぎ落とす事で剣戟の嵐を撃ち落とす。
互いに一手、間違えた瞬間にこの舞踏は幕を閉じる。
傍目から見れば、それこそ画面越しに見ても息を飲む程の攻防。
だが、それを見たコメントは、シンプルにこう書かれていた。
『綺麗…』
刃がぶつかり、火花が散る。
空を裂く剣閃、その残光が飛び散る火花同士を繋ぎ、周囲の空間を煌びやかに彩る。
早く終わって欲しい、もっと見ていたい。
矛盾する感情が視聴者の中に渦巻いていく。
しかし、実際にそう思わせる程の光景がそこにはあった。
『なぁ、これ、いつ終わるんだ…?』
絞り出したかのようなコメントを皮切りに、再びコメント欄が動き出す。
『わからん…』
『このまま終わらないんじゃ…』
『いやいや、そんな訳ないって…多分…』
yonagi『ここまで来るともう、私には予想が付かないわ』
『凄い戦いなんやな…』
終わる様子を見せない剣舞。
もはやここまでくると根比べに近い。
どちらかが音を上げれば、それがそのまま勝敗になる。
そして
『──!』
その瞬間はやって来た。
ソードダンサーが剣戟の隙間を見計らい、後ろへと下がったのだ。
『下がった!』
『て事は!?』
『一旦仕切り直しか!?』
一旦の小休止か、と視聴者が考える中、蓮司だけは。
「あぁ、終わりだな。」
構えを崩さなかった。
『え?』
『間合いの外やろ!?』
『異能で遠距離攻撃や!』
『でも刀構えてるぞ!?』
構えとしては横薙ぎに近い。
左の脇腹に辺りに刃を構え、腰のバネで刃を振るう。
と、見た人間は、あるいは一定以上の知性があるモンスターはそう考える。
だから。
「『灼陽・閃』」
その一撃に、反応する事は出来なかった。
明らかな射程の外。
刃が絶対に届かない位置からの斬撃。
その剣閃が、ソードダンサーを斜めに両断した。
『────!?』
暗くなる視界の中、ソードダンサーの視界には映っていた。
光。
否、熱を帯びていた、蓮司の刀を。
それが、自身を倒した刃だと、最期にようやく理解するのだった。
『勝った…!?』
『勝った!!』
『すげぇぇぇぇ!!』
『最後の何!?』
『なんか刀光ってた!』
一気に沸き立つコメント欄に、蓮司も満更では無い様子だ。
階層主を倒した事で、最下層奥の台座が輝く。
(階層主を倒すと起動する、入口へのワープ装置…どんな仕組みなんだろ…)
今考えても仕方がない、と蓮司は切り替え、オウルに向き直る。
「それじゃあこれから、入り口に戻ろうと思います、これからもダンジョン配信を…」
と、締めの挨拶に入ろうとした途端、蓮司が言葉につまる。
『?』
『どうした?』
『大丈夫!?』
『新手か!?』
yonagi『柊君、どうしたの!?』
心配するコメント欄を見て、蓮司は慌てて喋りだす。
「あ、ごめんなさい、ただその、天井が凄い綺麗だなって…」
『天井?』
『どゆこと?』
『???』
コメント欄と蓮司の視線を察知したのか、オウルの画角が天井を映し出す。
そこには
「本当に、水面みたいだ…」
天井を覆い尽くす、水色に発光する水晶。
水晶そのものというよりかは、その内部の水が光っているのか、光はゆらゆらと揺れて、フロア全体を照らしていく。
『うぉぉ、すげぇ…』
『感動だな…』
『幻想的……』
『綺麗だなぁ…』
「ずっと、一人でダンジョンに潜って来て、モンスター倒したらすぐに帰ってました。」
ぽつり、と蓮司は静かに語り出す。
「だから、景色とか天井とか、そういうのを全然見てこなかったんです。」
その眼差しは、どこか幼い少年のようで。
「でも今日、初めて配信をして、コメントですけど、色んなおしゃべりをしながら探索をして、本当に楽しかったです。」
そう言った蓮司は、少し笑って。
「道場の為に配信をするつもりだったんですけど、今は、自分の為にも、配信を続けたくなりました。」
その瞳は、まるで冒険に憧れる子供のようで。
「ここ以外のダンジョンにも、こんな風に不思議な光景が沢山あるんですよね。」
まだ見ぬ景色に思いを馳せるように、蓮司は言う。
「これからも、色んなダンジョンに行って、配信をして行こうと思います、道場の為に、自分の為に。」
そして蓮司は再びオウルに向かって頭を下げる。
「だから皆さん、これからもこのチャンネルをよろしくお願いします!皆さんと一緒に、色んな景色を見ていきたいです!」
『うぉぉぉぉぉぉ!!』
『もちろんだぞぉぉぉ!!』
『これからも応援します!』
『頑張って下さい!』
yonagi『一生着いていくわ!!』
『よなぎちゃん大胆やなぁ』
「皆さん…ありがとうございます!」
蓮司の言葉に、コメント欄が高速で流れ続ける。
多くの暖かな言葉を受けて、蓮司は笑顔で、ダンジョン入口へと転移するのだった。
「ふぅ…戻って来ました!素材もホクホクです!」
リビングアーマーの魔石三つと、ソードダンサーの双剣を手に、笑顔でピースをする蓮司。
『これだけで250万くらいするで…』
『やば……』
『金には困らんやろなぁ…』
コメント欄が素材の金額に驚くが、特に蓮司は気にした様子は無かった。
「それでは、今日の配信はここまでにします!皆さん本当にありがとうございました!」
『お疲れ様ー!』
『お疲れ様!!』
『次の配信まっとるで!』
yonagi『最高の配信だったわ!』
『よなぎちゃんずっとおって草』
「よし、それじゃ……」
『ん?』
『なんや?』
『動き止まった?』
『ラグ?』
『待って、蓮司君顔色悪くない!?』
『攻撃食らってたんか!?』
yonagi『柊君大丈夫!?』
「…………配信切るの、どのボタンだっけ……」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます