ひとりの温かさ

@saku_0213

一人で来るはずではなかった

この映画をあなたと二人で観に来るはずだった。

ずっと映像の海と音の波の中に私を沈めておいてほしい。けれど、一つ一つのシーンが終わる頃、映画館の椅子に座っている私に気付かされる。

あまり人気のない映画だったのか、私以外の人は後ろの席に点々といるだけだ。みんな一人で愉しみに来たのだ。そうだと私が思いたいだけなのかもしれない。足は勝手に動き、人をここへ導く。勝手に動いていたのは私の足だけかもしれない。私は。

映画が後半に差しかかった頃、ふと、横の奥の席に高校生と思われる男の子を見つけた。あまりにも顔が下を向いていたので、気になってもう一度視線をやると、その子は目を閉じて眠っていた。退屈な映画だったのねと思った。私も集中が切れて、横の席を観ていた。ふと思った。



ひとりなんだなぁ。



私は真面目な性格だからか、映画を観る時、退屈な映画でもにスクリーンに集中する。映画館で寝ることなど決してない。

一人で来て、寝てしまったのかな。


一人なんだなぁ。


さっきまで苦しかった一人が、少し温かさのある一人に変わっていた。

私がこの映画を見に来た理由……。


あなたと約束して楽しみにしていたこの映画。最後まで観たら、美味しいものでも買って帰ろう。確か、あそこの店はまだ空いてるはず。

もし、映画が終わって、寝ているなら起こしてあげようか。ふぅ。

私は、まただんだんと映画の世界に連れ戻された。



温かさを感じられたから。前に進めそうだから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ひとりの温かさ @saku_0213

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る