体験エッセイ 乗ってみよ

阿賀沢 周子

第1話

 自家用車で国道五号線を小樽方向へ走り、銭函を過ぎて春香町で左折した。

 勾配のある通りを進み、札樽道高架橋の下をくぐると、数軒の住宅が森を切り開くように建っている。

 間もなく対向車とすれ違えないくらいの道幅になった。


 初めての乗馬のために、7月半ば馬牧場へ向かった。

 娘の長年の夢「ホーストレッキング」を今年の誕生日祝いのプレゼントにしたからだ。

 うっそうとした森の匂いが車内に充満し、癒されるはずなのに2人とも何となく無口で、堪能するどころではない。 

 テレビ画面で美しい競走馬や、歴史ドラマの中で、馬は見ている。実際、放牧された馬を眺めたことはあるが、触れたことはない。その動物にいよいよ乗るのだ。 

 途中に「熊出没」の看板があった。いつのことだろう。人の気配がなく道を間違えたかと心細くなったころ、急斜面の上にそれらしき三角屋根が現れた。


 ホッとしたのも束の間、手続きを終えると、短時間のうちに指導員に教えられるまま、厩の前で馬上の人となった。

 10分ほど牧場の前の広場で馬の性格や注意点、手綱操作などのレクチャーを受けた。あとは馬に乗る指導員の後ろに付いて、山の中を行くのだ。

 お尻の位置がどうの、脚の開きがこうのと言っている場合ではない。 

 ひたすら彼に遅れないよう手綱を握る。

 慣れて少し息が吐けたころに、森が目に飛び込んできた。真夏の木洩れ日。楓、朴ノ木、桑、山葡萄、姥ユリ、蔓紫陽花、胡桃……。気づくと森の木陰には、さわやかな風が吹いていた。 

 標高300mを超える辺りで森が途切れた。樹木が切り払われ、畑や太陽光発電のパネルが敷き詰められて、遠望が利く場所に出た。

 真青な石狩湾がはるか遠くまで見渡せる。昨年設置されたというパネルはやや興ざめだが、今の時代ともなれば仕方がない。

 それにしても、登ってきた甲斐がある眺めだった。


 帰り道、礼文塚川という沢で馬を休憩させた。

 木陰の清流は冷たくおいしそうだ。「馬には乗ってみよ人には添うてみよ」と昔の人は言う。

 乗馬時間90分は、馬の気性を知り呼吸を掴んだという気にさせてくれた。 

 「道草」「馬の耳に念仏」「はなむけ」「はめをはずす」「ばてる」など日常使っている言葉には馬にまつわるものがたくさんある。

 馬との長い共存の歴史が言葉の元となっている。そんな生き物をもっと知るために、乗馬体験を重ねようと思った。 

 娘が先に下馬して、馬の首を撫でている。馬は目を細めて喜んでいるように見えた。

 私も馬から下り鼻面を撫でて礼を言ったが、目も合わず飼葉のほうへ向かおうとする。感謝を込めても「念仏」に聞こえたのかと少し寂しい。


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