㉘胡散臭い好青年

駅の改札のような自動チェックイン機が鎮座するホテルのエントランス。

高い天井とその頂点に浮かぶ壮麗なシャンデリア。

無数の細かいクリスタルが幾重に連なり灯る光を、大理石の床に降ろしている。


壁には巨大な壁画やその上には金色の大時計。奥には豪奢なソファと深紅のベルベット製クッションが置かれ、暖色の間接照明が柔らかく灯っている。


時間が停止した世界で、あまりに手の込んだ豪華すぎる施設。

しかし、ホテルの従業員と思しき影は一つもない。


周りの華美な装飾に比べ、申し訳程度に置かれたフロントデスクにタッチパネル式のディスプレイが三つ。

電源を入れれば『ご利用方法』という表題とともに、ホテルの使い方が書かれた文章が表示される。


『当施設は試練者プレイヤー滞在用全自動ホテルです。試練者プレイヤーが所持しているreデバイス端末を翳すことでことで入退室の管理を行い、その他当施設に備わるレストラン、大浴場、温水プール等、無料でご利用可能です。詳細なご利用方法は‥‥‥』


人力の手が廃された、神様が用意したとは思えない異様にハイテクな施設。

まるで現代から少し先の未来にあるホテルをそのまま持ってきたような、変な違和感。


エントランスを抜け、ホテル棟右側の木製の分厚い扉を抜けた先には広々としたレストランが備わる。

マホガニー製の上質な木材と、純白のリネンが掛けられたテーブル。

窓際の席に一人、緩い白地のパーカーと黒の伸縮性のあるパンツというスポーツ然とした恰好の少年が、テーブルの席に置かれた注文用のタブレットを操作する。見た目明らかに浮いているが、それを気にする人間はここにはいない。


一分も経たずして注文したサンドイッチとコーヒーを樽型の体型の配膳ロボットが持ってくる。

チューブ型の腕が器用に料理を並べていくが、その様子を目を剥いて見つめる。

サンドイッチを手に取り、丁寧に取られたパンの耳とレタスやかつなど具材を舌で感じ、すきっ腹の胃袋に入れていく。

すぐに食べ終え、ゆっくりとコーヒーを一口すする。

視線をガラス窓の先に見える鳴門海峡の眺望に移し、一言。


「‥‥‥何処の天国だ?」


深い感嘆が混じっていた。

この施設、食事も設備も充実しすぎていて、元の生活に戻れなくなるのではという心配がある。


「至れり尽くせりすぎるな」


食べたい物を食べたいだけ食べれて、ふかふかのベッドで寝れて、温泉その他娯楽施設もあって。

第一試練通過のご褒美と言われれば納得しないこともないが、変に勘ぐってしまう。


「‥‥‥‥ずっとここに住んでたいな」


本音が零れた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


追加で注文したデザートも食べ終え、ひと息ついた秋灯は周りの喧騒に耳を傾ける。このレストランは現在二十人ほどの試練者プレイヤーがいるが、それぞれ小さなグループを作って話し合っている。

昨夜の、正確には早朝だが、本州との連絡橋である明石海峡御大橋。その崩壊の報せがすでに市内に届いていた。


「昨日の見たか?橋を壊せるやつがいるなんて。‥‥やっぱり魔術だったか、それを使える奴がいるんだろ」

「それよりどうして壊せるのよ。時間が止まってるはずでしょ」

「何百人でやっても範囲が足りるはずが‥‥‥流石に神様側のイベントじゃない?」


どのグループも、神様が関わってるのではという結論に落ち着いている。

《時間解凍》の範囲を拡げられることについて、あまり知っている試練者プレイヤーはいないらしい。


濃い目のブラックコーヒーで眠気を払いつつ、内心でほくそ笑む。

昨日の罪悪感は綺麗さっぱり消え、秋灯は口元がニヤつきそうになるのを我慢していた。


「‥‥‥マスクを持ってくれば良かったな」

「隣いいかい?」


横から突然声を掛けられる。

視線を上げるが、見た目歳が同じくらいの好青年。

目鼻立ちが整っていて真っ白な歯がきらりと輝いている。そして髪の毛が濃い金色。


「ん?‥‥あぁ、どうぞ」


突然のことで一瞬戸惑うも、空いている前の席を勧める。

話しかけてきたということは昨夜の情報収集か何かだろう。


柔和な笑みを浮かべた青年は、マントのように丈の長いカーディガンを翻し着席する。


「少しお邪魔させてもらうよ。もしかして人を待ってたりしたかい?」

「まだ部屋で寝てるので待ってないですよ」

「そうかい、それは良かった。昨日のアレについて聞いて回ってるんだけど、君は何か知っていたりしないかい?」


注文用のタブレットを操作しつつ、軽く顎を上げてガラス窓の先を示す。

やはり橋の崩壊についてらしい。秋灯は素知らぬふりで言葉を返す。


「いえ特には。確か橋が落ちたらしいですよね。音がすごくて起きましたけど、あんなことができる試練者プレイヤーがいるなんて‥‥‥‥。噂の魔法ってやつでしょうか?」

「いや、私の推測だと橋の崩壊は直接的に行われていない。元々あの橋は切断されていたから、おそらく時間を動かした結果だろうね。それでもあそこまで極端に自壊するとは思わなかったけど」

「それは無理じゃないですか?時間解凍の範囲は狭いですし、あの規模はどうやっても‥‥」

「時間解凍は範囲を拡げることができる。知り合いの試練者プレイヤーがやっているところを見たことがあるんだ」


さも自然な口調で、範囲を拡げられることを告げる。

他に出来る人間がいたことに、内心残念に感じる秋灯。


「じゃあその方が橋の解凍をしたんですか?」

「いや、あの規模の範囲はまずできないらしいよ。拡張できる範囲はせいぜい部屋一つ程度。無理をすれば一軒家くらいできるみたいだけど脳みそが焼き切れそうと言っていたね」


脳味噌が焼き切れる。その表現の仕方にすごく共感できる。

昨日は自分の脳みそが焼け落ちるのではと思うくらい熱かった。


「でしたらやっぱり神様が何かしたんじゃないですか。試練のイベントだって言っている人も多いみたいですし」

「そうだね、そこに落ち着くのが無難だ。けどね、私はその結論は怠慢だと感じるよ。受け入れがたい事実を神がやったというのは余りに浅はかだ。ここは時が止まった試練の世界。理外な出来事はこれからも起こるだろうし、いちいち神がやったと思考を止めてしまっては試練を乗り越えられない」


甘い顔で随分刺々しいことを言う。

近くのテーブルで話し合っていた他の試練者プレイヤーがきつい目を向けてくるが、こっちまで睨まないでほしい。


「君も神がやったとは考えていないのだろう?」

「いえ、俺は別に、」


そりゃ、やったの俺ですから。


「隠さなくていいさ。顔つきを見れば相手の心情くらいは分かる。君も試練者プレイヤーの誰かが引き起こしたと考えているのだろう。橋の切断だけならまだ理解の範疇だったが‥‥‥」


青年は考え込むように顎に手を当てる。

さっきから喋っている口調や仕草が妙に胡散臭い。

イケメンだから様になっているが、別の人がやったら。

秋灯がやっていたら、失笑されるだろう。主に明音に。


「あぁすまない、自己紹介をしていなかったね。私の名前は九装煉華(くじょうれんか)と言う。名前が女の子みたいだから九装と呼んでくれ。君の名前を聞いてもいいかな」


好青年もとい、九装煉華は作り物のように整った笑みを浮かべる。


「鐘ヶ江秋灯といいます。こちらが教えてもらってばかりで申し訳ありません」

「いいさ。私の方から声をかけたんだ、えーと秋灯とばせてもらっていいかい?」

「はい。それでしたらこちらは九装さんと呼ばせていただきます」

「さんは、いらないのだけどね。秋灯も私と同じ高校生くらいだろう。歳も近そうだし敬語も不要だよ」

「そうですか‥‥‥分かった。えーと俺達くらいの年齢はここだと珍しいのか?」


これまで見かけた試練者プレイヤーは二十代から三十代が多かった。

会話をした中でも、高校生はいなかったが――そういえば、伊扇も高校生だった。見た目が幼いので勝手に除外していた。


「だいたいが成人に達している人が多いね。中には若い子もいたから声をかけてみたけど‥‥‥すごく警戒されてしまってね。こうやって歳の近い試練者プレイヤーと話せて、実は喜んでるんだよ」


届いたコーヒーに口をつけ、優雅に啜る。

最後にはにかんだ表情をするが、それがさも本音を言っているような雰囲気。

けれど、


「喋り方が胡散臭いからじゃね?」


つい突っ込んでしまう秋灯。

会話をしていて、どうしてもそう感じてしまう。


「ま、まだ話して数分なのにひどいな秋灯。私のどこが胡散臭いと言うんだい?」

「見た目と喋り方かな。あと最初の声の掛け方。妙な小慣れ感というか自然すぎて‥‥‥声を掛けたのって女子?」

「そ、そうだが」

「ナンパみたいに思われたんじゃない?」

「‥‥‥な、ナンパ⁉」


九装の顔が明らかに引き攣る。

カップを手に固まり、「気さくな好青年を演じたつもりなのに」と呟いている。


「まぁ、そんな気にするなよ。元気出して行こうぜ」


落ち込んでしまった九装に励ましの言葉を掛ける。

なんで会ったばかりの男を励ましているんだろうと、他人事のように思う秋灯。


一旦空気を変えるため、別の話題を振る。


「そういえば橋を切断した人って分かってるのか?橋の崩壊はともかく、橋を真っ二つにできる人も相当危ないと思うんだけど」


思い出したような口調だが、秋灯が最も知りたかったこと。

あの橋を切断できる力を持つ試練者プレイヤーについて情報を集めたかった。


「それもよく分かっていないみたいだね。私は二週間くらいで四国に着いたんだが、その時は特に何もされてなくて普通に通行できたよ。そこから数日経って四国へ到着する試練者プレイヤーが増え出した頃、橋が切断されたんだ。見つかった日も今日みたいに色んな噂が飛び交っていたけど、結局犯人は分かっていない」

「何人で行われたとかも分かっていないのか?あれを一人でやるには難しいと思うけど」

「深夜に相当な人数が橋に向かっていた、みたいな噂はあったけど正確な人数と顔はわからないな。私もだいぶ聞き込みをしてみたが、真相ははっきりしなかったよ」


九装は自分が集めた情報を特に隠すことなく話してくれる。

秋灯であればおいそれと人に伝えないが、九装にとってはそれほど価値がないのか。


それから試練について道中あったことや時間が止まってから不便なことなど当たり障りのない会話を続ける。


出会ったばかりの青年に対して、秋灯は警戒はすれど不快感なく会話できているなと感じる。

お互い踏み込みすぎず、かといって上べだけでなく本心も混ぜて喋っているからだろう。

九装の会話の距離感は秋灯にとって有り難かった。


「それでは私はもう少し情報を集めてみようと思う。久しぶりに同年代と喋れて嬉しかったよ」


雑談が一区切りし、九装が席を立つ。


「こちらこそ、ためになる情報ばかりだった。何か分かったら今度はこっちから話しかけるよ」

「そうしてくれると嬉しい。どうやら私が話しかける姿は胡散臭いらしいからね」


まだ気にしているのか。

最後に歯を光らせた九装が優雅にレストランを出て行く。そういう姿が胡散臭い。


それにしてもあの青年、九装煉華はなんの目的で話しかけてきたのだろう。

橋の崩壊について話し合っているテーブルはいくらでもあったのに。

レストランの隅っこの場所にわざわざ。

歳が近いから声を掛けた、というだけでもない気がする。


「厄介なやつに目をつけられたかな」


九装との会話は得るものが多かったが、それ以上に不安が募った。

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