【蛇足】今日も今日とてベッドを見つめる
【微睡ノ世界】に近接する家の中。
広々とした寝室の端でフローリングの床に直座りする秋灯。
手を重ね正中の位置に。座禅を組み、目の前のベッドを見つめる。
現代の魔術師である伊扇――本人は頑なに違うと言い張っている――と会話をしたことによって、生命には奥行きがあるという発想を得た。魔力も霊体も魂も。目に見えない反物質が存在している領域。
生命の奥行きを次元や位相という位置の違いと捉え、どんな生き物、どんな物にせよ多層構造で成り立っているという仮説を立てた。
上澄みの
もっと深い場所に、座標に関する位相がおそらくある。
これまで大気の流れや大河川、太平洋など海の流れ。時間停止が施されていない事象は確認していた。
日が登り、沈むことからも地球の自転と公転は止まっていない。
おそらく止めてしまうと人が生存できない環境になって、試練どころではないからだろう。
時間の停止が断層的に用途を分けて付加されている状態だという推論は立つ。
物の位置の固定。つまり地表面への座標の固定は、自転と公転に追従させるため、他の相と用途を混ぜているとは思えない。
位置を固定している
浅いところにある《生存調律相》も解凍してしまうので、見た目は真っ黒になるが。
目の前のキングサイズのベッドを見続け、自分が知覚できる深さを掘り下げていく。
通常の《時間解凍》に用いる立体的な構造の把握ではなく、そのさらに奥。
位相深さという感覚を掴むまで意識を集中する。
霊感も無いのに、幽霊を見ようとするようなそんな行為。
秋灯はもともと唯物的考え方で、人に魂が存在するか否かについて、割と否定的な考えを持っていた。
魔力でさえ結局ただの原理に則った、今代の神に嫌われた法則の一つなのだから。
途中で何度も、今の行為自体に意味はあるのかという疑問が湧く。
こんなことをしていても、明音を助けられるわけではない。
意識が何度も翳るが、それでも続ける。
自分の知覚を深く、深く、さらに奥へと落としていく。
夢でも見てるような身体の浮遊感と自分をまるで上から見下ろしているかのような不思議な感覚。
得体の知れない何かが解(ほど)かれていくような、そんな気さえして。
かつて聞いたテレビの砂嵐のような耳鳴りが全身を震わせる。
意識が何度も落ちそうになって、けれどそれを突き破って、その先の言葉で顕し難い何か見て、そして。
二日後。目が充血し、髪がぼさぼさになり、口が半開きになった男性が民家で発見された。
心配になって見に来た伊扇はそれを見た瞬間、久しぶりに甲高い悲鳴を上げた。
絶叫が家の中で反響しそれでも終始無反応を貫き、まるで魂が抜けているような秋灯。
伊扇の強烈なビンタでようやく意識を取り戻した。
体感では集中し始めてから二、三時間しか経っていなかったが、身体がバキバキに痛くなっていた。
【閑話休題】
二日間の断食を終えた秋灯。
口がカラカラでうまく喋ることが出来ない。
喉が本当に乾いている状態だと逆に水が飲みづらいことを知った。
カチコチに固まった身体を最低限ほぐしつつ、空っぽの胃の中に食べ物を入れる。
作り置きしていたお粥をかき込み――明音に何かあった時用に作っていた――盛大にむせつつ補給を完了する。
四八時間以上微動だにしなかったことによって弊害はあったが、一応現状復帰できた。
既に伊扇は《微睡ノ世界》に戻り、今は静かな家の中。
再度床に座って、二日前の、体感ではさっきまでの事を考える。
なんとなく、見てはいけないモノを見た気がするが、結局霊や魂の存在まで把握することはできなかった。
ただ、どんな物でもわずかに魔力を帯びていること、そしてさらにその奥でいくつもの層があり物質を構成していることだけは分かった。
今まで自分が見ていた世界はほんの上澄みで、人も物も把握できないほどの情報量があった。
三次元の世界にいながらその上の世界を見てしまったような、得体の知れない怖さがある。
不安を紛らわせるように小刻みに頭を振った後、秋灯は右手に持ったreデバイスを起動する。
極度の眠気が身体に圧し掛かっているが、そんなことより掴んだ感覚を試したい。
解凍する対象は二日見続けたキングサイズのベッド。
解凍の深さはある程度浅い位置にある《生存調律相》、そして位置を固定している《座標固定相》。
更にその奥の位相まで解凍しないよう注意する。
「座標軸固定、完了。認識拡張、完了。立体展開、完了」
慣れた手つきで普段の
二日も見続けたベッドなので、構造は隅々まで把握しきっている。
「調律相、認識‥‥‥‥‥‥完了。座標固定相、認識‥‥‥‥‥‥‥‥完了」
二つの位相の把握を追加。
脳のハードウェアを高速で回転させるような。
こめかみが赤熱し痛みが出てくるが、気にせず続ける。
たかが目の前のベッド一つ。これまで建物を丸ごと解凍してきたはずなのに位相が加わると難易度が段違いに変わる。
「記憶開始‥‥‥‥‥完了。
ベッドの四脚の足が黒く変色していく。《生存調律相》の解凍はひとまず成功した。問題は動かせるかどうか。
秋灯はゆっくりベッドに触れる。四脚以外は普通の《時間解凍》を行ったので、しっかり掴むことが出来る。
僅かに力をいれ横方向に動かすが、ベッドは何の抵抗もなく地面を滑るように移動した。
今度はさらに力を入れる。見た目重そうなベッドが軽々と壁際まで移動した。
「やった!‥‥‥‥‥やったぞぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおおお!!!!!!」
歓喜の雄叫びを上げる秋灯。
同時に張りつめていた糸が切れて眠気が一気に襲ってくる。
自分の出した声に頭がくらくらしてきて立っていられない。
目の前のベッドで眠ろうと思ったが、足がもつれて床に倒れる。
睡魔に抗うことが出来ずそのまま目を閉じる。
秋灯の顔はやり切ったいい顔をしていた。
お昼頃、再度心配して見に来た伊扇に起こされるまで秋灯は眠り続けた。
床でうつ伏せになっている姿が力つきて死んでいるように見えて、伊扇はまた悲鳴を上げた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます