第5話 一夜の10分

 20時。

 俺はコインパーキングでボケっと帰宅途中のサラリーマンと、制服を着た高校生たちをボケっと眺めている。

 赤と白のまるでクリスマスに見るキャンディケインのような柵の上は冷たくも熱くもなく、しかし座りやすいわけでもないのでお尻が痛い。

 しかし家に帰ってもやることがないし、孤独感を感じるからグッと我慢して人々の様子を観察する。

 居酒屋や街頭の明かりのせいなのか夜空に星は無く、10月も近いというのに生暖かい風が肌を撫でて嫌な汗が頬を伝うのを感じた。



――皆、ちゃんと生きてるんだな……。



 俺にも制服を着て友達と遊んで夜に家に帰るなんて時期があったはずなのに、あの時間が夢だったんじゃないかと最近思い始めている。

 一カ月に一回くらいのペースで高校時代に仲が良かった四人組のラインが動くが、もう10年以上顔を合わせていない。

 あいつらはそれぞれにグループがあって、当時の仲良かった友達と遊びに行ったり連絡を取り合ったりしているんだろうが、俺はその4人グループ以外に動いているラインがないから通知が来たら嬉しくて飛びつくように返信している。

 4人グループのラインが動いたことに物凄く嬉しさを感じているなんてアイツらが知ったら気持ち悪がられるだろうな。

 そんな不安を感じるから、なるべく悟られないよう平凡な返信で済ましてなるべく長続きさせようとしている俺は滑稽だ。

 

 

 ふと視線を移動させるとサラリーマンの集団。

 二人は中年男性で二人は二十代前半くらいの男女だった。

 その4人組のサラリーマンは目の前の居酒屋に入っていき、俺のいるコインパーキングから一番見える窓のすぐそばに座った。



 よく見ると二十代前半くらいの女性はすごく可愛い。

 ジッと見て目が合ったりしたら「うわ、変な奴がこっち見てますよw」みたいにあの場でネタにされるのは嫌なのでバレない程度にチラ見をする。

 正直言って、今までの人生でスーツを着た女性を可愛いと思った事は一度もない。

 だからこそ少し衝撃的で、知らないうちに自分が大人になっているんだと実感させられた。



 多分、同じ組織で働いていたら好きになっていたと思う。

 そんな気持ちが悪い事を考えながらチラ見していると、四人はお酒を飲み始め楽しそうに雑談をし始めた。

 お酒が進み始めると隣に座っているポッチャリだがひと際明るく話す20代前半くらいの男性がその女性の背中に腕を伸ばす。

 流石に肩を組むようなことはしないけど、椅子の背もたれの上に腕を置いて少しづつ距離を詰めようとしているように見えた。



 ポッチャリの癖にやるなぁ……。



 長い事引きこもっていたせいか、他人の悪い所を探す癖がついてしまっている。

 これが中年のポッチャリおじさんがやっていたのであれば「デブのおっさんがきもいんだよ」と心の中で罵っている所だが、今の俺はどこか羨ましいと感じていて変な感じだ。



 あのポッチャリは若いし性格も明るいしで楽しそうだ。

 多分、自分がポッチャリである事は全く気にしていなくて、毎日充実しているんだろう。

 もしかしたら隣の可愛い女性とは既に恋人関係で、この後上司とは駅でお別れしてそのままどちらかの家に行くのだろうか。

 そんな事を考えていると羨ましくて仕方がない。

 

 

 この数年間でついた“差”を見せつけられている気がして俺は居たたまれなくなってついに立ち上がる。

 明るい居酒屋で楽しくお酒を飲む人達と、静寂な夜空の下で生ごみと下水の臭いを感じながら孤独に座る俺。

 こんな気持ちになるなら家で引きこもっておくべきだったと今になって後悔し始めた。

 

 

「あの、すいません」



 突然静寂な夜に声が響き、俺の体はビクッとなる。

 振り返るとそこには3人の警察。

 右の腰にはチェーンの付いた拳銃を携帯していて、パトカーまで来ている。


 

「あ、え、う、お、はい!?」



 突然の警察。

 そして引きこもりの代償である反応の遅延。

 怪しまれないようにすればするほど視線はキョロキョロ動いて挙動不審になるし、逆に視線を相手に固定すると睨みつけていると思われるかもしれない。

 

 

 いや、問題なのはそこじゃない。

 どうして警察が来た?

 まさか俺があの女性をチラチラ見ている事に気付いた誰かが通報したのか?


 

「ここで何してるの?」

「えっとぉ……」



 まさか居酒屋の女性を見て色々妄想していたとは言えない。

 しかしコインパーキングで一人でいる理由が全く思いつかず、沈黙。

 すると警察の一人がパトカーへと戻り、何かを持って来た。



「お酒飲んでるわけじゃないよね?」

「飲んでないです」

「一応、これに息吹きかけてもらっていい?」



 警察が差し出してきたのは見たことがない機械。

 恐らく、アルコール検知器というやつなんだろう。



「僕、歩いて来たんですけど」

「それでも一応ね」

「わかりました」



 息を吹きかけると警察の一人がその数値を見て一瞬顔を歪ます。



「ちょっと数値高いね。本当に飲んでない?」

「飲んでないです」

「じゃあもう一回、お願いね」



 アルコールなんて一カ月以上飲んでいないのに高い数値が出るって、どうなってるんだよ俺の体。

 お願いだからまともな数値を出してくれ。

 じゃないと連行されちゃうよ。

 そんな事を思いながらもう一度、息を吹きかける。

 

 

 警察の一人が再度数値を確認すると、笑顔で「ありがとうございました。大丈夫です」と言ってパトカーへと戻っていく。

 そういえば最近この辺は警察が多い。

 外国人も増えて来たし治安が悪くなってきているんだろう。



 そんな事を思いながら俺は家へと変えるために歩き出す。

 あのポッチャリ男に対する羨ましさや自分の惨めさは警察と話したことで跳ねる心臓の音でほとんどかき消され、少年のように全力疾走で家へと帰った。



 家に帰ってしばらくすると再度、羨ましさと惨めさが込み上げてきて、死にたくなった。

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