21:たったひとつの冴えた髪型

「いや~参ったねこりゃ」


 ライラックはアフロ頭をポリポリとかいていた。


 彼の宇宙艇は危機に陥っていた。

 大学生のライラックは親の宇宙艇をこっそり拝借して、仲の良い後輩とふたりで遊びに出かけていた。

 その帰りに運悪く宇宙ゴミスペースデブリに衝突されて制御装置が大破し、遭難してしまったのだ。周辺に惑星はなく、救難信号はどこにも届かず食料もすでに尽きている。

 もはや冷凍睡眠装置に入って運任せに漂うくらいしか、生き残る手段はなかった。


「ライク先輩、チェックメイトです」

「ほんとだよね」

「そっちじゃなくてチェスの話です」

「もう? ラブくん強すぎない?」


 後輩のラブハーロは仏頂面で、


「先輩が弱すぎるんですよ。他にゲームないんですか?」

「もうあらかた遊び尽くしたよ」


 遭難してすでに十日。

 親の趣味でデバイスに搭載されていたレトロゲームで時間を潰していた。ちなみにライラックが勝てたのは〝TAKOYAKI〟というトランプゲームだけ。

 ラブハーロは退屈そうにモニターをスライドさせながら、


「この麻雀っていうのはどうです? 僕はやったことないですけど」

「それ四人用のゲームだよ。AI混ぜてもいいけど、役とか知らないと勝てないよ?」

「ルールは……よし、いま覚えました」


 あっけらかんと言うラブハーロだった。

 ライラックは笑った。


「相変わらず秀才だね」

「じゃあやりましょう」

「いいよ。せっかくだし何か賭けない? 麻雀は賭けてこそのゲームっていうからね」

「そうですね……じゃあ、生き残る権利はどうです?」


 ラブハーロが指さしたのは、部屋の隅にある冷凍睡眠装置。装置は一人分しかないため、どちらか片方が犠牲になる必要があった。

 ライラックは肩をすくめた。


「いいね。じゃあこの〝脱衣麻雀方式〟ってルールにしよう。最下位になるごとに一枚服を脱いでいって、全部脱いだら負けで」

「いいんですか先輩、そんな自信満々で」

「僕は経験者だよ。ラブくんのほうが不利さ」

「そうじゃなくて裸の話です」

「ラブくんよりはムキムキだよ」


 そう言って二の腕にコブを作ってみせるライラック。

 ラブハーロはクスリと笑った。


「いいでしょう、勝負です」


 こうして、男ふたりと美少女AI二体で脱衣麻雀を始めたライラックたち。

 すでに最後の食事から三日が経っていた。飢えに気づかないフリをしながら、二人は和気あいあいと最後のゲームにいそしんだ。


 そして結果は――。


「あらら。負けちったね」


 全裸のライラックがおどけて言う。

 全戦全敗だった。かなり僅差の戦いだったが、あと一歩のところで最下位になり続けたのだ。ラブハーロやAIたちは一枚も脱いでいない。


「残念だけど勝負は勝負。ラブくん、お別れの時間だね」


 微笑むライラック。

 ラブハーロは俯いて表情を曇らせていた。


「そんな顔しないでくれよ。さあラブくん、装置に入るんだ」

「……先輩。ありがとうございました」

「こちらこそ」


 二人は、手を固く握り合わせた。

 その瞬間、ライラックの手のひらにチクリとした痛みが走る。


「え」


 体がぐらりと傾き、すぐに意識を失ってしまった。

 ラブハーロの手には睡眠剤の入った容器が握られていた。


「では先輩、お別れの時間です」


 後輩ラブハーロは、騙された先輩ライラックに横たえる。

 本当にバカなひとだ。

 先輩がわざと負けたことくらいわかっている。先輩は麻雀の試合、そのすべてを最小点差の500点差で負けていたのだ。本気を出していれば軽く全勝することもできただろう。


「ほんと、お節介なひとですね」


 幼い頃から天才と呼ばれ、飛び級で大学に入ったラブハーロ。年上の同級生たちから妬み嫉みを受けて孤立し、人間不信に陥ってしまった彼をいつも笑わせようとしてくれたのはライラックだった。

 ずっと気にかけてくれていた。

 その彼の優しさに、恩を返したかった。


「これで、貸し借りなしですよ先輩」


 ラブハーロは睡眠装置を閉じる直前、名残惜しそうに先輩の頬を撫でた。

 すると先輩の頭が落ちてきた。

 ……いや、アフロだ。アフロが落ちてきた。


「ぷっ。先輩、これ、カツラだったんですね」


 ラブハーロは驚いて――腹を抱えて笑った。


 出会った頃、暗い顔をしたラブハーロを笑わせようとアフロを虹色に染めてやってきたのが先輩だった。

 あれからずっと先輩はアフロだった。ラブハーロにとって、先輩のアフロはたったひとつの最高の髪型だった。

 カツラだったのは驚いたが、それでも気持ちは変わらない。


 ラブハーロは涙を拭くとアフロをぎゅっと抱きしめ、装置にもたれかかった。装置が鈍い音を立てて動き始めていた。


 船の外は果て無き宇宙。

 でも、一人じゃない。


 冷たい装置の向こうには静かに眠る先輩がいる。

 ラブハーロは微笑むと、ゆっくりと瞳を閉じた。

 そして最期に一言、つぶやいた。

 

「おやすみなさい、先輩」

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