19:かっこいいパパと娘
俺はハゲている。唯一の欠点だ。
三十五を超え、それなりの役職にもつき、素敵な奥さんとかわいい娘がいて。家も最近買ったばかり。
自分の人生としては順風満帆だと思っている。髪以外はな!
今日はかわいい娘の授業参観。教室中央、前から三列目のツインテールの女の子が俺の娘、リカだ。かわいいだろう。
授業ではなんと作文を発表してくれるらしい。
奥さんにも「今日はかっこいいパパのことを話すらしいから行っておいでよ」と送り出された。
家族がテーマの作文で、俺の事を書いてくれたんだってさ。知ったときは感動して泣いちゃったね。
娘の晴れ舞台だ。娘の期待に応えるべく、お洒落にも気を遣った。
ビシッと決めたスーツ姿。整えられた髪。溢れ出す清潔感。それなりに長身で、良い意味で目立っていると思う。
発表順が最後とは驚いたが、楽しみは後にとっておくタイプ。聞く準備は完璧だ。さあリカ、パパのかっこいいところを聞かせてくれ!
「今日は、わたしのパパのことを発表します。パパはとてもかっこいいです」
作文の冒頭から身震いする。泣いちゃったらどうしたらいい?
リカが生まれてからというもの、世界の中心はリカになった。
赤ちゃんの時はおむつ替えだって夜泣きだってへっちゃらだったし、離乳食だって作った。食べさせるのには苦労したっけな。
少し大きくなってくると、休みの日には一緒にお出かけしたり、おままごとやお絵かきをしたり、ゲームをしたり、あとはママには内緒なって言ってお菓子を買いに行ったりした。まあ本当は筒抜けだけど、子供は内緒話が好きだからな。
「お仕事で大変だと思うけど、家に帰ってくると一緒にあそんでくれます。ご飯はママが作ってくれるけど、お片づけはパパが担当で、」
リカのパパ自慢作文は続く。
リカにはどうしても好かれたくて、だらしない姿を見せていない。下着姿で歩き回ったりもしていないし、髭だってリカが起きる前に剃っている。髪もセット済みだ。
学生だった頃はそれなりにモテる方だったし、おじさんになってもたるんだ身体になりたくなくて筋トレだって続けてる。
見た目はやっぱり大事だと思うから。パパ汚いなんて言われたくないし。
わからない宿題があれば丁寧に説明するし、しては駄目なことには駄目と言う。もちろん褒めるときはちゃんと褒める。
立派なパパを目指して、目下奮闘中だ。
今の夢は、友達に自慢できるかっこいいパパなのだ。
それなのに、髪だけはどうにもならない。抜け落ちる髪には絶望する毎日だ。
かっこいいパパがハゲていると知れば、リカはショックを受けてしまうかもしれない。
だからハゲていることは、我が家のトップシークレット。
「──パパは隠しているようですが、パパの頭はハゲているみたいです」
喉が変な音を出し、一瞬、心臓が止まった。
リカの可愛い鈴のような声を聞いて、こんな衝撃を受けたことがあるだろうか。吹き出す汗が止まらない。
幻聴か? 我が家のトップシークレットだぞ。
しかし衝撃を受けたのは俺だけじゃないようで、クラス全員──生徒のみならず親御さんたちももれなく、俺を……いや、俺の頭を見る。おい、先生もか。
生徒にはにやっとしている子もいるけれど、大人は全員、青ざめている。
どうしたらいいのかわからないんだろう。俺もだ。
凍りつく教室で、リカは楽しそうに作文を読み上げた。
「ママにこっそり教えてもらいました。パパは、私にだけは知られたくないみたいですが、私がまだ小さい時に言った理想のパパに、なろうとしてくれているらしいです」
心の内で奥さんを罵った。家を出るときの顔が思い出された。
知っていたな? だからあんなにニヤニヤしていたんだな!?
自分が今、一体どんな顔をしているのか想像もできない。
リカが一度後ろを振り向く。目が合った。
「私は、私のことを大事にしてくれるパパが、私のパパでよかったと思います」
作文はそう締めくくられた。前を向いてお辞儀をしたツインテールがぴょこんと跳ねる。
パパは心の整理ができませんよ。
先生ははっとしたように慌てて拍手する。大人たちは気まずさを隠すように力いっぱい手を叩いてくれた。校内に響き渡るような大喝采で授業参観は幕を閉じたのだった。
『どう? 私の娘、かっこよかったでしょ』
文末にはにやにや顔の絵文字付き。スマホにきていた通知を眺めて、独り言ちた。
「俺の娘だよ。ったく、俺の長年の秘密、簡単にバラしてくれちゃって」
なんだか疲れた。
いろんな方向に感情が動いた気がする。短時間にいろいろありすぎだろ。
放心したまま、頭頂部に手をやる。そこには慣れ親しんだニセモノの髪。
溜め息とともに、無表情でむしり取った。
剥き出しになった頭皮が涼しく、清々しかった。
まあ、つまり、だ。
──欠点がなくなった俺は、完全無欠のかっこいいパパってことだろ。最高だね。
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