15:広げた腕に飛び込んで

 太陽が降り注ぐ広場の中央、噴水に囲まれて立つのはアジレイア国を治める王の像。

 年中からりと乾いた気候の首都では、色鮮やかな織物とフルーツの屋台が多く立ち並んでいた。


 観光客向けに整備された区画の少し奥まったところ。一日で一度も太陽の当たらない日陰にエイミーの働く店はあった。

 量より質がモットーの店主は、今日も透明な瓶に高純度の回復薬を詰めている。


 エイミーは店主が詰め終えた瓶に、指示された通りのリボンをゆわいていった。

 体力の回復薬には赤のリボンを、魔力の回復薬には青のリボンを、両方を回復できる万能薬には緑のリボンを。

 もう何千回と繰り返したリボンを結く作業は手慣れたもので、周りの店が開店準備をしているのを眺める余裕すらある。


 そんなエイミーの目の前に、銀色の髪束が垂れ下がった。


「よう、元気してたか?」

「サヴィア!」


 小麦色の肌に、銀の髪をひとつに括った彼は、エイミーの友人だ。

 数年前、街中で迷子になっているところを助けてから、こうして度々エイミーの元を訪れるようになった。


「今手元にある分が仕上がったら出ていいぞ」

「はーい」


 サボりに厳しいはずの店主が、サヴィアには優しい。本当なら仕事をしているはずの時間でも、サヴィアが来るとエイミーの外出を許してくれるのだ。

 だからエイミーはサヴィアが来る日を楽しみにしていた。彼が来る頻度は決して高くないが、毎日だって来てくれていいと思っていた。


 サヴィアが来てくれると嬉しい理由がそれだけではないことに、エイミーは気付かぬフリをしている。

 長い睫毛まつげに守られた宝石のような蒼い瞳。人懐っこく笑うと見える白い歯。鼻筋が通って芸術品のように整った顔が自分を見る度に心が躍るのは、彼の外見が良すぎるせいだと言い聞かせて。


「今日はどこ行く?」

「行きたいところはないの?」

「エイミーの行きたいところ」

「またそういうこと言って」

「なんだよ、お前にしか言わないから安心しろって」

「そ、それも!」


 真っ赤になって叫ぶエイミーの気持ちなど、いくら本人が自覚することを拒否したとて意味がないくらいにダダ漏れだ。そんなエイミーの反応に満面の笑顔を浮かべたサヴィアは、彼女の手をとって歩き出した。エイミーの歩幅に合わせて歩くことも忘れない。


 街の人々はそんな二人を見ていつだって嬉しそうに笑う。そして花の冠や焼き串、カットしたフルーツなんかを次々に差し出してくるのだった。

 目的地を決めないままに歩き出した二人が中央広場に着く頃には、全身飾り立てられてお腹がいっぱいになっていた。


「いつも思うけど、サヴィアって有名人なの? みんなサヴィアに物をあげたくてしょうがないみたい」

「んー、まぁ、そうだな」


 エイミーがこの手の質問をするのは初めてではない。だがいつだってのらりくらりとはぐらかされてきた。そろそろ正体を明かしてくれてもいいのにとエイミーが唇を尖らせると、サヴィアは声を上げて笑ったあと、エイミーの頬に触れた。


「俺は「キャアアアァァ!」


 サヴィアの言葉を悲鳴がさえぎった。


 声のした方を見れば、店先に並ぶ商品を乱暴に奪う男たちの姿。手には大ぶりの刃物が握られていて、周囲の人々は混乱し逃げ惑っている。

 サヴィアが立ち上がり、男たちの方へと駆けていく。エイミーも慌ててそれを追い掛けた。


 近付いてくる銀髪の男に気付いた彼らは、顔をニヤけさせて刃先をサヴィアの方へと向ける。


「金目のものは全部置いてきな」

「嫌だと言ったら?」

「そりゃ、実力行使だろォ!」


 男たちがサヴィアに斬りかかろうとした時、エイミーは腰のポーチから真紅のリボンが付いた瓶を二つ取り出し、男たちに中身をぶちまけた。


「サヴィアに何するの!」


 真紅のリボンは体力回復効果が通常より強化された薬の証。過剰に回復された肉体は、癒しを通り越して彼らに苦痛を与えた。


「ぐわぁぁぁ……ッ!」


 男たちがもんどりうつ中、サヴィアが髪に手を掛けた。

 ばさり。

 銀の髪の下から、艶のある漆黒の髪が現れる。編み込まれて結われたその黒髪は、王族の血統だけが持つもので。


「サヴィア、王様なの?」

「驚いたか?」


 目をぱちくりとさせたエイミーに、サヴィアは悪戯いたずらが成功したみたいな顔をして笑った。


「そりゃ、驚くでしょ! え、待って、もしかして気付いてなかったの私だけ?!」


 周囲を見渡すと、みんなが頷く。倒れた男たちを拘束していた守護兵の隊長がサヴィアの元へ来た。


「彼女が?」

「強いだろ」

「そうですね、色々な意味で」


 サヴィアはエイミーの手を取り、甲にそっと口付けた。上目遣いで見つめられては固まるしかない。


「エイミー、俺と暮らそう。相手が俺では嫌か?」

「い、嫌とかじゃなくて……私一般市民だし、親もいないし」

「夢があっていいじゃないか。俺のこと、好きだろ?」

「す、きだけど」

「なら何の問題もない!」


 既に手回しを全て終えていたらしいサヴィアと、国を挙げての盛大な結婚式を行うのは、もう少し先の話である。

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