13:まあ、こんな日々も悪くにゃい

 人間の愚かさもここまで来れば滑稽だなと、私は呆れてため息を吐いた。


「あはは! 見て見て優くん、シロにこのカツラ超似合うんだけど! あははダメだお腹痛いっっ」


「適当にしとけよー美憂みゆ。猫って構われすぎるのストレスになるらしいぞー」


「え〜いいじゃんいいじゃん。写メってSNSにあげたらバズるかなぁ? ほらシロ〜、こっち向いて〜〜」


 舐め腐ったバカみたいな声で私の名前を呼ぶ人間のメス。

 それを見てオスの方がまた苦笑。

 パシャパシャ。ひどく不快だったのでめつけると、メスが嬉しそうにバカな声をあげて再びパシャり。


「撮らせてくれてありがとね〜」


 そう言って今度は頭を撫でられる。

 ……。まあこいつは私の下僕なので当然の行為ではあるが? それなりに気持ちいいので今回は見逃してやろうぐるぐる。

 まあ次やったら寝てる最中にお前の髪を毟り取るけどな。あれ楽しいんだ……。


「にゃー(おい人間)」


「ん〜? どうしたの〜シロー?」


「にゃーーー(お前らはいつになったら繁殖するんだ?)」


「ん〜? ご飯なら夜にね〜」


「にゃぁ(言葉も分からんのかお前は)」


 ふと気になった事を尋ねてみたが、やはり私の下僕はバカだった。


 それにしてもこいつらは本当にいつになったら繁殖するのだろう。私がこの家の主として迎えられてからもう何度も満月を見ているが、今のところ繁殖どころか発情の気配すらない。

 特にメスの方は全くだ。匂いで分かる。


「あ! そういえば優くんに言っておくことがあったんだった!」


「どした?」


「んとね、この間話してた二匹目のことなんだけど──」


「んなぉ」


 ばっっかお前、二匹目の前にまず一匹目を増やしなさいよ。思わず変な声が漏れちゃったじゃないか。ホントに繁殖する気あんのかコラ。

 ここは一発「シャー!」と叱咤を浴びせてやろうか。

 そう思って喉に力を込める。


「ん゛ん゛な゛ぉ゛お゛お゛お゛お゛!!」


 ……。

 びっくりしたぁ。なんか変な声出た。

 失敬失敬。これはあれです。あの、さっき頭以外にお尻も撫でられたせいでつい私の発情スイッチがオンになっちゃっ「ん゛ん゛ん゛な゛ぉ゛お゛お゛お゛お゛!!!」


 * * *


 数日が経ち、私の発情期が終わった。

 結局彼女らに一匹目の気配はなく、相変わらずメスの方に発情の様子はない。

 それでも朝イチで私を見つけるや否や「中世ヨーロッパの音楽家みたいだギャハハ!」とか言いながら何やら毛を被せてくるので元気ではあるのだろう。よく分からないがバカっぽいこと言ってるし。

 ……というかこの鏡に映った美の化身のような生き物は誰だよと思ったら私だった。


「シロ〜、帰ったよ〜〜ただいま〜〜」


「ただいまー」


「にゃー(入っていいぞ)」


 自分の姿に見惚れていると、下僕たちが狩りから帰ってきた。オスの手には私への献上品であるご飯の袋が握られているじゅるり。


「……?」


 不意にピクン、と私の鼻が反応した。

 同類の匂い。


「シロ、今日から新しい家族が増えるよ!」


 そうメスが言い、手に持っていたカゴを床に下ろした。ニヤニヤ私のことを見ながらメスがカゴの中から一匹の猫を取り出す。


「ほらシロ。クロにご挨拶してあげて!」


 クロ。

 黒い毛並みに小さい体躯。

 匂いからしてオスではあるが、そう呼ぶにはまだまだ幼すぎる。


「…………みーー(ここはどこ?)」


 くんくんくん。ぷるぷる。


 部屋の匂いを懸命に嗅ぎながら、クロは震える脚で立っていた。

 ちょいちょい手で叩いてみるとクロはこてんと転がった。


「あ、こらシロ、攻撃しちゃいけません!」


 ……久しぶりに怒られた。

 攻撃しているつもりはなかったが、ならばと今度はクロのことを舐めてやる。


「みーーー(やめてよぉ、くさいよぉ)」


「……(あ?)」


「……みーー(ごじゆうにどうぞ)」


 とりあえず口の利き方を教えた。

 ぺろぺろ。がじがじ。

 固まっている毛までしっかりほぐしてやっていると、次第にクロは落ち着いてきた。


「みーー(おばさんのけ、ながい!)」


「にゃぁ?(誰がおばさんじゃコラ)」


「みーーー(きれい!)」


「……フッ(だろ?)」


「みゃ!(えい!)」


 そいやとクロの手が私の頭に伸びてきた。

 じゃれあいたいのだろうか。仕方ない、付き合ってやるかと思っていると、ボサっと大量の毛が床に落ちた。……え?


「みーーーー!!(うわああああああああ)」


「ぷっ、あはは! 見て見て優くん! この子、シロのカツラを本物の毛だと思って怖がってる! 可愛いなぁ〜〜っあいたぁっ! こらシロ〜!」


 私を笑い物にした罰だ。甘んじて殴られろ。

 ……そしてクロは私の本当の姿を見て目を見開くのをやめなさい。今晩の餌にするぞ、人間の。


 はぁ。


 私はもう疲れた。寝る。


 あんな子猫じゃ私を傷つけることなどできまい。警戒するだけ無駄だ。……視線は痛いのでやめてね。


「ねえ優くん、楽しい家族になりそうだね」


「だな」


「……ごめんね、私が子供作れないから、こんな形で」


「バカ。気にしてないっての」


「……優くんっ」


 あ。

 メスの発情の匂い。

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