04:事実は小説より”輝”なり

 事実は小説より奇なり。そして、何より残酷だ。


 完璧に変装を決め、そこそこ知名度のあるアイドルという仮面をかなぐり捨てた私は、時々自分の姿を確認しつつ、そして周りには悟られないよう周りを確認しつつ、彼と約束していたホテルに入った。


「……私の仕事は、現実を見せること」


 時代を作る一流のトップアイドルは、世界中の人々に希望を与えるのが使命。反対に地道にドサ回りを続ける地下アイドルは、より距離の近いファンに夢を見せるのが仕事。だとすれば、その真ん中に位置する私のようなアイドルには、希望も夢も関係ない。アイドルと呼ばれていながらも、あくまでどこにでもいる一人の人間なんだということを、見せればよい。殊に私の場合は、仮面をかぶり、偶像であり続けることに疲れてすらいた。


「もう、いいのよね。嘘をつき続けなくても」


 かつてきらびやかなトップアイドルを目指していたのが懐かしい。地下アイドルをやっていた頃は、本当にできることなら何でもやった。のし上がるために、知名度を上げるために手段は選ばなかった。ゴシップ好きな週刊誌には散々書かれたし、そのうちいくらかは事実だったけれど、ノーコメントを貫いたり反論したりでかわしているうちに、何も言ってこなくなった。これでようやく、私らしく生きることができる。ずっと私のマネージャーを務めてくれている彼と、近々結婚、そして同時に妊娠の発表もできればいいななんて思っている。それを免罪符に、私は普通の女の子になれる。女の子なら誰だって、普通に生きてみたいと思うのだということを、私はこの歳になってようやく実感した。


「返事がない……お風呂、入ってるのかな」


 もちろん世間には一切公表していないが、彼とはもう何年も付き合っている。今さらお互いの裸を見ても特に何とも思わないくらい、深い関係にある。マネージャーとしてしっかりしている彼のことだから、しばらく返事がなければ手の離せない用事があるのだろう、と察するくらいのことは私にもできる。彼もそろそろいい歳、方々への打ち合わせの後に私と会うのであれば、きれいにしておきたいという気持ちがあるのだろう。お互い長くなってもそのあたりが気にできて、敬意を持てるあたり、やはり彼とのゴールインの時は近いのかなと思ってしまう。


「1105号室……ここね」


 フロントでスペアキーを受け取って、部屋に入る。シャワーの音がして、やはりやむを得ない事情があったのだと再確認した。明日の移動に向けての前泊でしかないというのに、なかなか雰囲気のあるホテルを選ぶあたり、彼もしゃれている。ベッドに腰かけて、彼を待とうとスマホを取り出した、その時だった。


「……えっ」


 ふさっ、と手に当たる感触。どんな羽毛布団でもそんな触り心地のものはない。振り向くとベッドの上には、明らかに男性もののカツラ。ぎょっとして手に取ると、潰れていたその形がはっきりと、彼の普段の髪型そのものになった。いやいや、そんなまさか。


「まさか……ね?」


 では今お風呂に入っている彼の髪は? いったい何がどうなっているというのか。カツラがほんのり温かいという、逃れようのない証拠を手中に収めながら、私はだんだんと混乱してゆく。

 これだけ長く一緒にいて、全く知らなかった。いったいいつから?私に隠れて?お風呂から出てきた彼に、私は何と声をかければ?



がちゃん



 シャワーの音が止んで、ドアが開く。ただの一枚も服を身にまとわぬ彼が姿を見せた。しかし私が注目したのは、彼のたくましい筋肉や、男性の身体であることを示すそこ、ではない。


「「あ…………」」


 たちまち彼との間に流れたことのない空気が、その場を支配した。

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