舞踏会の野獣と呼ばれた私の縁談相手は、前世メイドだった頃にお世話していた子でした 〜縁談そっちのけで騎士になるのを目指します〜

無月兄

第1話 婚約破棄? その前に言うことがあるでしょう!

「リリア=ベルナール! お前との婚約を破棄する!」


 華やかな舞踏会の最中、その空気を一変させるような怒声が響き渡ります。


 怒りの言葉を浴びせられたのは、この私。

 リリア=ベルナールは、たった今、婚約破棄を突きつけられたのです。

 顔をボコボコに殴られ、鼻血を吹き出した婚約者によって。


「だいたい、私は前から不満だったのだ! お前ときたら、毎日毎日剣の稽古をし、体を鍛えまくっての武術三昧! 女のくせにはしたない! 挙句の果てに夫になる相手に暴力を振るうなど、やってられるか!」


 涙目になって叫ぶ、私の婚約者デューイは、叫んだ後に、腫れた顔を押さえながら、「いててて」と言っていいました。


 その言葉通り、私が殴った痕はとても痛々しく、周りにいる舞踏会の参加者たちは、それを見て引いていました。

 もしかすると、私のことを酷いやつだと思っている人もいるかもしれません。


 だけど、私にだって言い分があります。


「それが、さっきあんなことをしていた理由ですか? 私があなたの婚約者として相応しくないなら、あんなことをしてもいいと?」


 そう言うと、デューイはギクリと体を震わせました。


 そもそも、なぜこんなことになったのか。

 元々私は、用事があってこの舞踏会には不参加。デューイだけがこの舞踏会に来る予定だったのです。

 だけど色々あってその用事がなくなり、私も急遽、舞踏会への参加が決定。

 しかし私は、デューイにはそのことを伝えませんでした。

 決して意地悪をしようとしたわけじゃありません。むしろその逆です。


 デューイとは、今から少し前、私が18歳の誕生日を迎えた時に正式に婚約したのだけれど、元々家同士の都合のみで結んだもの。お互い、特に強い思い入れなどありませんでした。

 けれど、だからこそなんとかして、仲良くなっていきたい。そう思って考えたのが、サプライズ作戦でした。


 婚約者のいない舞踏会。一人寂しくしているところに登場して、驚かせやるのです。それから二人で、ダンスを踊ります。

 上手くいけば、今よりもっと仲良くなれるかもしれません。


 そんな計画を立て、デューイに内緒でやってきま舞踏会。

 だけど、そこで私は見たのです。

 彼が、私以外の女性に迫り、よからぬことをしようとしている現場を。

 サプライズを受けたのは、彼ではなく私でした。


「き、君があまりに魅力なく、私を蔑ろにしていたのが悪いのだ。ガキで色気もなくて、やることといったら武術ばかり。他の女にフラッと行ったとしても、それは君の努力が足りないからだ!」


 デューイの言葉に、会場のいたるところから、「えっ……」という声が漏れます。

 さっきまでボコボコにされたデューイに同情的だった人たちも、この発言はないわと思ったみたいです。

 だけど私は、ここにいる全員に言いたい。このヤローのしでかした所業は、みんなが今思っているような生ぬるいものではないということを。


「他の女にフラッと行ったですって!? あなたがしたのは、メイドの子に自分の立場を使って脅して、無理やり体を触ろうとしただけでしょう!」

「ひぃっ!」


 悲鳴をあげて後ずさるデューイ。

 そう。彼がしたのは、浮気ですらない。ただの痴漢。無理やりの狼藉でした。


「しかも、その相手がこんな子なんて、どういうことですか!」


 実はさっきから、私のすぐ後ろには、隠れるように一人のメイドの子がしがみついています。

 この子こそ、デューイが狼藉を働こうとした子です。


 歳は、私と比べてもずっと幼く、十四・五歳といったところ。

 おそらくメイド見習いで、この舞踏会のために駆り出されたのでしょう。


 そこでデューイに声をかけられ、強引に人気のない場所に連れていかれ、言葉にするのも嫌なことをされかけたのです。

 可愛そうに、今も涙目になって震えています。


「さっき私のことをガキと言いましたが、あなたは、それより更に子供相手に狼藉を働こうとしたのです。恥を知りなさい!」

「め、メイドは別腹だから……」

「あぁっ!?」


 この後に及んで、わけのわからない言い訳を。ごめんなさいの一言すらありません。

 私だって、彼が私に対して深い愛情など持っていないのはしっていました。これが、浮気とか他に想い人がいたとかなら、まだ自分を納得させてたかもしれません。


 だけど、これはダメです。最低すぎます。

 何より、ここでコイツを断罪しなければ、このメイドの子があまりにもかわいそう。


 今や舞踏会の空気は完全に凍りつき、誰もがどうしようもないクズヤローって目でデューイを見てます。


 私は一度デューイから視線を外すと、後ろにいるメイドの子に声をかけました。


「ねえ、君。こいつをどうしてほしいかな?」

「えっ?」

「大丈夫。決して悪いようにはしないから、遠慮なく言ってみて」


 その子の頭を撫で、涙を拭います。

 それで、少しは落ち着くことができたのかもしれなません。

 しゃくりあげながら、それでもなんとか言葉を紡いで、私に言ってくれました。


「うぅ……この変態クズヤローを、ギッタギタのメッタメタにしてほしいです」

「えらいえらい。勇気を出してよく言えたね」


 そうと決まれば、善は急げです。

 もう一度その子の頭を撫でた後、デューイに向き直り、手をポキポキと鳴らします。

 それを見たデューイは、腰を抜かし地面を這いつくばって逃げようとするけど、もちろん逃がしてなんてあげません。


 今は剣などの武器は持っていないけど、こいつ程度なら素手で十分です。


「覚悟っ!」


 さっきデューイは、私が武術を嗜むことに文句を言っていたけど、習っていてよかったです。

 そのおかげで、メイドの子の願いを聞いて、この変態クズヤローをギッタギタのメッタメタにすることができるのですから。


「ぎゃぁぁぁぁぁっ!!!!」


 舞踏会の会場に、たった今まで私の婚約者だった男の悲鳴が響き渡りました。

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