平安助産師の鬼祓い
木之咲若菜/富士見L文庫
第一章 助産師と陰陽師①
寝殿造りの
その
「もう少しですからね、
そう声をかけて妊婦の向かいに寄り添うのは、二十歳前後の女性だった。
魔を避けるために白い
北の方とは、貴族の妻を表す呼び名で、蓮花は彼女の担当助産師として訪れたのであった。
蓮花は妊婦である北の方の手を握りながら、反対の手で彼女の腰を擦る。
「あと、どのぐらいでお生まれになるでしょうか……」
蓮花より少し年上と
「子宮口は既に全開になっております。以前にお産の経験もありますから、もう一刻(三十分)もかからないでしょう」
知識と経験から基づいた目安の時間を、蓮花ははきはきとした口調で答えた。
時刻は既に深夜で、辺りは高灯台で照らされている。霜月の夜は冷えるが、これから産まれる子が冷えないよう、室内には
北の方は座った状態で、親族の女性の肩に手をかけて、痛みに耐えながら必死に息を吐く。
蓮花は子宮口から見えてきた児の頭を左の手の平で支えた。
「上手に呼吸が出来ておりますからね。次は、いきむように力をおかけ下さい」
北の方は
そして彼女のとりわけ強いいきみと共に、児の頭部が出てきた。
「もう少しです、今赤様も頑張っていますからね。あと少し……」
緊張の一瞬だった。蓮花は回旋して現れた赤子の肩と脇の部位を、付着した体液で滑らないようしっかりと
室内に赤子の
皆は
「おめでとうございます。元気な姫君でございます」
蓮花は
「良かった……」
彼女は、荒く息をつきながらも、ようやく出会えた我が子を抱えて涙を滲ませた。
「前は男の子だったから、女の子は初めてなんです……。早く殿にお
そう言って、幸せそうに赤子を抱きしめた。
「さすがは、
「きっと、健やかにお育ちになるでしょうね」
周囲の者が口々に子が無事に生まれたことを祝う中、蓮花は次の準備にとりかかった。
赤子が生まれても、後産が終わるまで安心出来ない。
「北の方様?」
彼女の息は荒いままだ。赤子を乳母となる女性に預け、ゆっくりと横になる。
拭いても拭いても、汗が引くことはなく、頰の紅潮は増していく。出産後に熱が出るのは珍しいことではない。だが、蓮花の助産師としての直感が警鐘を鳴らした。
北の方の子宮口から胞衣が出てきた。視線をめぐらせて胞衣の状態を確認する。通常、出たばかりの胞衣は臓器の一部であるため、赤々とした見た目をしている。そのため、見るのも苦手だという者が多い。だが蓮花は目を
それは小さな鬼であった。丸い形に小さな突起のようなものがある。手足は丸い体幹の大きさに対して極端に短い。きょろりとした目があり、色は人の臓と同化するような赤だ。突如として、鬼が口を開ける。そしてくわりと牙を剝いて、胎盤に突き刺した。他の鬼も同様に口を開け、次々と赤い胎盤を突き刺していく。活性化した彼らはその身に炎をまとわせた。
次の瞬間、北の方は手足を
「あああああ――――っ…………!」
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