【短編ミステリ】二コマコス愛憎学
霜月夜空
#1 名前のない死神
明け方から降り出した雨は、もう少しで正午をまわろうとする時になっても、その勢いをとどめることを知らない。むしろ、地面を叩きつける雨音は、時間が経つにつれて大きく、激しくなっていた。
『六月四日、お昼のニュースの時間です。今日午前、X県Y市内の路上で、軽トラックと歩行者が接触する事故が起こりました。歩行者の命に別状はなく、雨で見通しが悪かったことが事故の原因と…』
1LDKのマンションの一室に、テレビの音が響いていた。
「……」
薄暗いリビング。そこには、ひんやりとした床に体操座りをして、一人テレビを眺める女性がいた。その瞳はどこか虚ろで、慌ただしく切り替わるニュース映像を、流れるように映していた。
明瞭なアナウンサーの声と、その隙間を埋めるように鼓膜を揺らす雨音。生の躍動を失ったかのように空虚な部屋も、この音たちのおかげでなんとか息継ぎができていた。
しかし、この部屋の住人たる女性の耳には、何も届いていなかった。ニュースの音声も、雨が奏でる即興曲も、質感を伴わないまま彼女の両耳を通り抜けていった。
その時、ニュース映像が新たに切り替わった。アナウンサーの表情が、どこか重たいものとなった。
『今日午前、X県Y市内のマンションの一室で、男性の遺体が発見されました。警察の調べにより、この遺体は市内の広告代理店に勤める、
「!」
女性は、ビクッと肩を震わせた。先ほどまで生気を失くしていた瞳が、食い入るようにテレビ画面に向けられていた。
『遺体の発見者であり、森下さんの同僚である男性は、六月三日から森下さんとの連絡がつかなくなったと話しています。遺体には、刃物のような鋭利なもので刺された跡が複数あり、警察は殺人事件として捜査を進めています』
「……」
女性の視線は、テレビ画面にがっちりと固定されていた。やがて画面が切り替わり、アナウンサーが次のニュースを始めても、しばらくはそのままだった。
女性は、ふと窓を見た。無数の水滴に覆われた窓。その向こうから、雨の音に混じってパトカーのサイレンが聞こえた気がした。
瞬間、女性の背を冷や汗が伝った。鳥肌が立ち、何かに怯えるように唇を震わす。
そしてその恐怖は、すぐに現実となって彼女に襲い掛かった。
彼女の部屋のインターホンが鳴らされたのだ。
「…っ」
女性は短く息を詰まらせた。迷ったように視線を左右に動かしてから、ゆっくりと玄関に目をやった。
そして、意を決したように立ち上がった。
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