エンジェルシティの伝説
國橋佐良
第1話 Angel City/天使の街
ここは二十二世紀のアメリカ、エンジェルシティ。
昔はニューヨークと呼ばれていたこの都市では、民間軍事会社(PMC)のアトラスが政府をも凌ぐ力を持って支配し、巨大企業の蔓延る混沌とした電脳都市となっていた。
そんなエンジェルシティの港地区の路地で、二人の青年が息を切らしながら走っていた。
「クソっ、あの改造屋、当局にチクリやがったな!」
走っている青年の一人が焦りながら声を出す。
青年たちは長時間の逃走で、足が棒のようになっていた。
「だからフェイズシフトの移植はやめた方がよかったんだ。違法インプラントの移植を信用出来ないヤツに任せるから、こうなった。お前が移植すればよかったんだ」
もう一人の青年は冷静に答えた。
「ちくしょう、俺の人生こんなところで終わるわけには...」
最初に声を上げた青年が喋る終わる前に、数発の銃弾が首と胸を貫いた。
撃たれた青年はゴボゴボと音を立てて血を流しながら地面に倒れた。
「おい、ケイジ...ウソだろ...?」
空き缶や紙類などのゴミが散乱した路地に倒れた、ケイジと呼ばれた青年のもとへもう一人の青年が駆け寄る。
周囲のアパートやビル群のネオン看板は変わることなく光り輝き、エンジェルシティの夜を残酷なまでに明るく照らしていた。
「なあ、ケイジ...起きろよ...」
青年は唖然としながらもケイジの体を揺すっていた。
しかしすぐにも追手の撃った銃弾が頭をかすめ、青年はその場を立ち、懐からモーゼルM712拳銃を取り出した。
銃弾の飛んできた方向へがむしゃらに撃ち返し、また走り出した。
アトラス治安部隊。エンジェルシティの治安維持を目的とする、警察のような存在。
通常五人一組で班を形成し、「脳」と呼ばれるリーダーと「脳」と神経や思考を共有した四人がいる。
思考共有し軍隊以上に高度に組織化された治安部隊は、一切の無駄や隙なく最善の動きを取り標的を追い詰める。
一度追われたら逃げ切るのは不可能だと言われていた。
「アレを使うしかないか...」
青年は出来ればアレを使いたくは無いと思っていた。
青年の脊髄に埋め込まれた妖しく緑に光る精密機器、
軍用インプラント「フェイズシフト」。
「軍用」とついている通り、このインプラントはアトラスの正規兵のために作られたもので、使用すると数秒の間亜空間へ逃げ込める。
しかし強力なインプラントゆえに使用者への心身の負担は測りきれず、適合性のない者なら一度や二度使用するだけで体や精神に異常をきたす。
青年はそのような危険なインプラントを盗み出し、自身の体に移植していたのだった。
路地を出て大通りへ入り、また路地へと逃げ込む。
更に走ってまた路地から出ようとすると、回り込まれていたのか、治安部隊の兵士の一人が目の前に立ち、こちらへ散弾銃の銃口を向けていた。
制服の肩には「ATLAS」の文字が入っており、兵士はどことなく虚ろな目をしていてひどく不気味だった。
『武器を捨てて、投降してください。投降しない場合、命の保障はありません。繰り返します...』
兵士が合成音声のような声でこちらに投降を促す。
兵士の一人に見つかったと言うことは、他の兵士にも居場所がバレているということだ。
このままでは完全に包囲され逃げ場がなくなるだろう。
「そう簡単には諦めねえよ」
青年はそう声を出し、目の前へ向かって勢いよく地面を蹴って走り出した。
相手が撃つ態勢に入ったのを見てすかさず下にかがむ。
0.1秒前まで頭を上げていたところを数発の銃弾がかすめた。
兵士に近付いたところで、今度はスプレーの下品な落書きだらけの壁を蹴って敵の後ろへ倒れ込む。
そのまま兵士の頭へ拳銃の銃口を向け、素早く三発の銃弾を発射する。
三発全ての銃弾が兵士の後頭部へ当たり赤い血を飛び散らせて倒れた。
こんなヤツでも血は赤いのか、と青年は思ったが、またこちらへ向かう複数の足音と聞いて急いで走り出した。
車の行き交う大通りへ出て、青年はひたすらに走った。
行くあては無いがどこかでヤツらを撒けるだろうと考えていた。
ネオンに照らされたエンジェルシティは、星空は隠れて昼間と遜色ない明るさだった。
またビルの間の路地へ入る。
今度は目の前に二人の治安部隊兵士が立っていた。
全員もれなく銃を構えていた。
一体どこから、と青年は思い後ろを向くと、後ろにも二人兵士が立っていた。
青年は囲まれてしまったのだ。
『武器を捨てて、投降してください。投降しない場合、命の保障はありません。』
先ほど青年が殺した敵と全く同じ声で兵士はそう言った。
銃口を向ける目の前の二人の兵士を一瞥する。
それぞれが統制された動きで、完璧な姿勢で銃を構えていた。
手にはFAL 50.63を持っている。
青年の持ってるモーゼルM712では敵いそうもない。
『武器を捨てて、投降してください。投降しない場合、命の保障はありません。』
兵士は微動だにせず同じ言葉を繰り返す。
車の音が微かに聞こえる路地で、その様子を見れば誰もが不気味に感じる光景だった。
しかし青年は投降する気などさらさらなかった。
「大丈夫、大丈夫。俺なら出来る」
そう自分に言い聞かせるように青年は声を発し、深呼吸した。
額には汗が滲んでいたが、夜風が体に当たって気持ちがよかった。
狙うなら「脳」だ。
「脳」を殺せば指揮を失った部隊は動けなくなる。
しかし動き出した瞬間に敵対行為とみなされてハチの巣にされるのは明白だった。
「フェイズシフト」を使うしかない。
体にどんな副作用が現れるかは分からない。
しかし窮地を脱するため青年の頭にあるのはその考えだけだった。
「フェイズシフト」を発動する。
発動と同時に脊髄に埋め込んだインプラントが激しく緑に発光しだし、青年の視界を青白い光が包んだ。
青年に見えているものはモノクロのエンジェルシティの路地だけだった。
敵の姿は視界に無い。
どうやら亜空間に入ったようだった。
青年はそのまま歩き出し、兵士が立っていた場所の後ろに回り込んだ。
回り込んで後ろを向くと同時に意識が飛びそうな感覚に襲われ、モノクロに染まった視界に色が入った。
そこにはさっきまで青年のいた場所に変わらず銃を構える敵の姿があった。
青年は「脳」にM712の銃口を向け、トリガを引いた。
胸、首、頭の順番で銃弾が「脳」の体を貫き、前に倒れた。
他の兵士は青年の方を向いたが、指示を出す「脳」を失った班は何も動かなかった。
青年はまた走り出した。
亜空間から抜け出した青年を覆ったのは、苦しみではなくどうしようもない快感と興奮だけだった。
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