第六章 ブラジャーフッド 8
双葉はおれに気づくと意外そうな表情になった。
「わたしの出番はなかったわ」
「そうか、よかった」
「よくはない。わたしの仕事にはならなかったもの」
「トクトクポイントがつかないのか?」
「そうよ」
「トクトクポイントが貯まると景品でももらえるのか」
「……死ねるようになるの。人間みたいに」
見た目は普通の女の子なのに、双葉は死ぬことができないのか。やはり死に神なのだろうか。そこでおれはトクトクポイントの意味に気づいた。
「徳を積まないと死ぬこともできないほど、なにかものすごい悪事を働いたんだな」
「……そういうこと」
双葉はそのままおれの横を通り過ぎていく。と思ったらくるりと振り帰ってこう言った。
「最後に伝言を頼まれたのを忘れてた。あなたに会えたら伝えてって言われたの。でもどうせ会えないからテキトーに聞いていたんだけど、えーと……」
上を見上げて懸命に思い出そうとするようすに呆れてしまう。
「おいおい」
「『ふたたび巡りあったときの合言葉は、ブラジャーフッド』」
「? どういう意味?」
「さあ。ブラジャーの絆とか? 生まれかわったらそういう名前のサークル作るからよろしくって。残念ながら生まれかわりはそう簡単ではないんだけどね。では、さよなら」
「あ、待ってくれ。おれを見てくれ。前とどこか変わったと思わないか」
双葉を通せんぼするように両腕を左右に広げる。派手な柄のシャツとデニムはおれの趣味だ。
「コーヒーくさい」
「コーヒーのいい香りがするって言ってくれ。いま焙煎の研究にはまってるんだ」
「もしかしてまたブラつけてんの?」
「メンズブラだ。男の体型に合わせて作られているからフィット感抜群だ。ぱっと見じゃわからないだろ。しかもフェミニンなレースとリボン付で、ショーツとお揃い!」
「はあ……」
「ブラをつけていると気持ちが楽になることに気づいたんだ。男はこうあらねばならないって枷を自分で自分にはめて、雁字搦めになってたことに気づいたんだ。ばあさんのおかげだな。ブラとパンティをつけてると枷から解放されるんだ。って、おーい」
双葉は溜息をつきながら、すたすたと歩いていってしまった。まあいい。おれの個人的な問題を押しつける気はない。
スマホの着信履歴を開いて一番上をタップした。
一度フラれて惨めな思いをした相手をデートに誘うという、人生史上もっともかっこわるい真似を、めちゃくちゃ心躍らせながらすることにしよう。
( 第六章 了)
いらない魂、回収します あかいかかぽ @penguinya
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