第52話
クリスが犬の事を人間のディヴィットと見做す事が多かったからだろうか?
春のある夜、クリスは夢を見た。
ディヴィットの夢だ。
クリスは裸でディヴィットに抱きしめられている。
ディヴィットが服を着ているのは旅の途中と同じ。
違うのはクリスが布団に包まっていない事と、二人とも横になっている事。
宿では壁に背を付けて座って眠っていたから、ディヴィットの腕枕で横になっているなんてヘンな感じだ。
「ディヴィット」
クリスは目を開けながら、ディヴィットを小声で呼ぶ。
目を開ける前から自分を抱きしめているのがディヴィットだと分かっている所が夢っぽい、とクリスは思う。
「ディヴィット、寝てるの?」
「ん?あぁ、寝てた。眠れないのか?クリス」
ディヴィットはクリスの腰に回していた腕を動かし、眠そうに目をこする。
「起こしちゃって、ごめんなさい。今まで眠ってたんだけど………」
クリスの言葉にディヴィットは、ふっと笑った。
「いいや、いいさ。起こしてくれて嬉しい位だ、クリス」
ディヴィットはクリスの頬に手を当てた。
その手が大きくて温かくて、クリスは嬉しくなった。
なんて素敵な夢なんだろう。
まるで本物そっくり。
「でも、まだ夜中だ。だからもう少し寝ろ。俺がここにいてやるから。な」
途端にクリスは胸が潰れそうな悲しみに襲われた。
クリスは頬に置かれたディヴィットの手に自分の手を重ねた。
夢だと分かっている。
でも、だからこそ、眠ってしまったらもう会えないかもしれない。
「目を閉じたらいなくなるでしょう?あの人の所に戻ってしまうのでしょう?」
ディヴィットはゆるゆると頭を振った。
「いかない。何処にも行かないさ。いつだって俺はあんたの傍にいる。分かってるだろ?」
「分からないわ。私の傍にいるのはあなたじゃない。大きくて黒い犬よ」
ディヴィットは切なげな表情で、クリスをぎゅっと抱きしめた。
「クリス、もう寝ろ」
ディヴィットはクリスの耳元で囁いた。
「嘘じゃない。俺はいつでもあんたの傍にいるから。あんたが望むだけ傍にいるから。だから寝てくれ」
ディヴィットの声が震えているような気がして、クリスは驚いた。
驚いたから、頷こうとした。
だけど。
「寝るわ。でも、寝る前に一つお願い」
ディヴィットはふぅっと大きく息を吐いて、それから体を少し離し、クリスの顔を見た。
「なんだ?」
「キスして。おやすみなさいのキス」
どうせ夢なんだから、とクリスはキスをねだった。
実際には絶対に口に出来ない言葉だが、夢なんだから空だって飛べるはず。
だが、ディヴィットは小さく頭を振った。
「出来ない。それが約束なんだ。俺はあんたにキス出来ない。許されているのはこうして傍にいる事だけ。願いを叶えられなくてすまん」
クリスは切なくて堪らなくなった。
夢でも触れてもらえないなんて。
腹立たしくもなった。
私の夢なのに!
だからクリスは手を伸ばし、ディヴィットの首に腕を回すと、体を上に向かって伸ばした。
ディヴィットはクリスを避ける様に頭を後ろにずらした。
でも、クリスの唇に柔らかいものが触れた感覚はあった。
それはすぐに離れてしまったけれど。
クリスはふふんっと鼻を鳴らした。
「私の夢なんだもの。私が私の望みを叶えて悪い事はないと思うわ。おやすみなさい、ディヴィット」
クリスはそれだけ言うと、ディヴィットの胸に顔をくっつけた。
「まいった………意外と大胆なんだな、クリス。知らなかった」
頭の上からディヴィットの声がする。
「だって夢なんだもの。起きてる時には絶対出来ない事も、夢の中では出来るようになるものよ」
クリスはそう言って目を閉じた。
とくん、とくん、とディヴィットの鼓動が耳に優しい。
「ディヴィット、好きよ、大好き」
クリスは呟いた。
ディヴィットがぎゅっとクリスを抱きしめる。
「俺もだ、クリス。あんたを愛してる」
クリスは嬉しくなってディヴィットの体に腕を回した。
夢はこうでなくっちゃね。
クリスはすっかり満足して、眠りに引き込まれていった。
「不可抗力だって事を分かってくれればいいが………にしても、ヘビの生殺しってのはこの事だな………」
耳に届いたディヴィットの呟きとため息を不思議に思いながら。
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