第39話
食堂で。
二人はラルフの舅と姑が作った料理を食べた。
ラルフも同席する。
クリスの前で、二人は会わなかった時を埋める様にたくさん話した。
と言っても主にラルフが話し、ディヴィットは酒を飲みながらその話を聞いていたのだが。
クリスはその様子を見ながら、食事を続けた。
「あぁ、そう言えば」
何かに気付いた様にラルフが言った。
「トッドがお前の怪我の事を教えてくれたんだが、お前のお姫様は相変わらずあいつを良い様に使ってるぞ。何とかしてやれ。気の毒で見ておられん」
「あ~~そうか………」
ディヴィットはゴブレットの酒が途端に不味くなったような顔をした。
それだけ言ってゴブレットを置き、俯く。
クリスは首を傾げた。
トッドというのはディヴィットの親友の一人。
お姫様はリタの事を指すんだろう、と思う。
リタがトッドを良い様に使ってる?
「俺が言ってもあいつは諦めない。自分の気の済む様にさせてくれって、そう言うだけ。リタに名を呼ばれるだけで幸せなんだと抜かしやがる。どうして俺がトッドからお前の怪我の話を聞いたと思う?」
ディヴィットは俯いたまま頭を振った。
答えを知っているのに知らないふりをしているようにクリスには見えた。
もしくは答えを聞きたくないという風に。
「お前が帰って来るって手紙をリタが読んだからだ。トッドはお前の帰りを見て来るようにリタに言われたんだよ。お前が帰って来て俺に顔を見せないはずはない。だから奴は俺の所に来た。リタの伝言を持ってな」
「伝言?」
ディヴィットが少しだけ顔をあげた。
ラルフが忌々しそうな顔をした。
「『待たせすぎだよ。何様だと思ってんの?さっさと帰って来なさいな』………なぁ、本気でお前リタと結婚する気か?」
クリスはリタの伝言に驚いた。
とても尊大に聞こえたのだ。
でも一方で、そういう事を言いながら待っているんだな、とも思う。
3年の約束が5年になったんだもの。
そりゃぁ、待ちくたびれてこの言い方にもなるわよね。
その一瞬だけクリスはリタに同情した。
ほんの一瞬だけ。
なぜならディヴィットがそこを拾ったからだ。
「俺を待ってるって言ってんだ。結婚するに決まってるだろ」
ラルフは一層嫌そうな顔をした。
どうやらラルフはリタの事が嫌いらしい。
クリスはラルフに今まで以上に親しみを覚えた。
それはクリスもリタの事を嫌っているからだったが、本人はその事に気付いてはいない。
ただ何の根拠もなしに、ラルフは話の分かる良い人だ、と思ったのだ。
「前から言ってるが、あの女は止めとけって。トッドの気持ちが自分にある事を知ってて利用する様な女だぞ」
ラルフの言葉でクリスは事情を察した。
つまり、トッドとディヴィットはライバルで、ディヴィットが勝った。
でも諦めきれないトッドは、リタの使い走りのような事をしているんだろう。
もしかしたらリタの気持ちが自分に向くかもしれない、と思っているのかもしれない。
そしてそんなトッドの気持ちをディヴィットは知ってるんだ、と。
「うるさい。トッドの事は俺も考えた。戦場で俺が死ねばいいんだって思った事もある。でも、リタは俺を待ってるんだ。トッドがいるのに俺の帰りを待ってる。それはリタの気持ちが俺にあるからだろ?」
ディヴィットは自分の正当性をラルフに話す。
クリスは胸がずくずくと痛んで、席を立った。
「疲れたので先に休みます」
クリスの言葉にディヴィットは顔を顰めた。
クリスにはそれが不思議だったが、ディヴィットは何も言わなかった。
クリスは二人にお休みなさいと挨拶して部屋に戻った。
さっきと同じようにベッドに身を投げ出す。
ただ。
さっきと違って、クリスの頭の中には赤い髪の女が立っていた。
ディヴィットの話を聞いてクリスが創ったリタだ。
返してよ、とリタが言った。
『ディヴィットは私の物なんだ。あんたになんかやらない。だから早く返しなよ』
クリスは頷くしかなかった。
リタは笑い声を上げた。
その横には、卑屈な様子で跪いている男がいた。
その目は高笑いするリタを見ている。
うっとりと、麗しいものを見るように。
そしてクリスは、そんな二人を惨めな思いで見続けた。
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