第26話
クリスの寝顔を見ながら、失敗したな、とディヴィットは思った。
なにをどう失敗したかって、つまりはクリスを抱きしめて寝る事に決めた事を、だ。
確かに一人で野宿する時に寂しいような気がしていた。
だから道連れを探した。
それでもベッドで寝る時、俺は平気だった。
むしろ心地いい位だった。
でも。
クリスはそうじゃなかった。
本人は違うと言っていたが、腕の中のクリスは母親の腕の中で安心して眠る赤子を思い起こさせた。
なにしろ本当に気持ち良さそうに眠っているのだから。
こいつ、これからひとり寝の時は、さっきみたいになるんだろうか?
ディヴィットは考えた。
そして息を吐く。
あるな。
少なくとも慣れるまでに数回ありそうだ。
かといって、ディヴィットが毎晩寝かしつけてやる訳にはいかない。
何故って、俺達は“道連れ”で“友達”であって、親子じゃない。
この旅が終われば、滅多に会う事はないはずだ。
それに………
ディヴィットは顔を顰めた。
この状態で毎晩過ごすなんて、流石にしんどいからな。
野宿の時と同じ体勢であるとはいえ、決定的に違う事がいくつかある。
一つ目は火の番をしなくていいと言う事。
二つ目は辺りを警戒しなくても良いと言う事。
それはつまり、この状態で気を抜いても心配ないと言う事だ。
でも、ディヴィットには気の抜けない理由がある。
それはクリスの格好。
薄い布団一枚外せば全裸の美女が腕の中で眠っている、というのは、男にとってそれはもう夢のような事態で。
更には記憶の中の体を重ね合わせれば、興奮しない方がおかしい。
布を巻いていない所為か服を着ていない所為か、(どっちもだろうけれど)クリスの体の柔らかさはダイレクトにディヴィットに伝わっている。
布を巻いていない所為で、それと分かる腰のくびれ。
服を着ていない所為で、出ている華奢な肩と細く白い腕。
そして。
布団を巻いている所為で、ぎゅっと寄せられた胸。
そのどれもがディヴィットの理性の箍(たが)を外そうとする。
ディヴィットはその箍を外すまいと努力しなければならない。
ディヴィットは目を閉じ、リタの事を想う。
リタ、リタ。
これはあれだ。
クリスの為なんだ。
決して俺が女を抱きしめたかったと言う訳じゃない。
そもそもクリスは友達だから、厭らしい気持ちになんかならないんだ。
と、目の前にリタの顔が浮かんだ。
久しぶりに現れた、とディヴィットは思った。
戦場では毎日のように現れてはディヴィットを励ましてくれていた。
いつも『待ってる』『愛してる』とリタは言った。
一体いつから現れなくなっていただろう?
他にもディヴィットは気になる事があった。
リタがほんの少し怒っているように見える。
いつも必ず笑顔だったのに。
なんでだ?
ディヴィットは首をかしげる。
リタは口を開いた。
『約束を2年も過ぎて、あげくに女連れで旅をしてるってのは、どういう料簡なんだい?』
ディヴィットは心臓が飛び跳ねたと思った。
待て待て。
これは俺の想像のはずだ。
本物のリタは、今頃家で俺の帰りを待ってるはずだ。
俺の心の中のリタが何故こんな事を言う?
―――どうしたんだ?リタ。そんな事を言うなんて
愛してると言ってはくれないのか?
待っている、と。
俺が望んでいるのはその言葉なのに。
だが、リタは腕を組んだ。
『質問に答えるんだよ、ディヴィット。その腕に抱えてるのは、何処からどう見ても女だよねぇ?あたし以外の』
ディヴィットは慌てた。
―――だからクリスは女じゃない。ぃや、女だけど、友達なんだ
『へぇ。ディヴィット、女と男の友情なんてものが、この世にあると思ってるのかい?』
―――あるさ。俺とクリスがそうだ
リタは意地悪そうな目を向けた。
『おめでたい人だね。でも、まぁ、いい。ディヴィット、あんたは誰を好きなんだい?』
―――そんなの!聞かなくても分かってるだろ?
『分からないねぇ。女は言葉にしてくれないと満足しないものなんだよ』
―――分かったよ、リタ。俺が好きなのはリタ、お前だ。お前を愛してる
リタはくすくすと笑った。
『あたしも愛してるよ、ディヴィット。早く帰っておいでな。あたし達、結婚するんだろう?』
―――あぁ、そうだな
リタはディヴィットの頬を軽く撫でると姿を消した。
ディヴィットは何故か、リタが消えてほっとした。
今までのリタじゃなかった。
リタは自分の想像のはずなのに、自分ではコントロールできなかった事にディヴィットは驚いていた。
ディヴィットは目を開けて、腕の中でぐっすりと眠るクリスを見た。
何故リタがあんな事を言ったのか?
それを考える事は恐ろしい様な気がして、ディヴィットは頭を振った。
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