第19話
食料は、パンやチーズを村人から分けてもらったり、買ったりした。
時には干し肉が手に入る事もあったが、もちろんそれらは十分な量ではなかった。
「さて、と………腹が減ったが、飯、どうする?」
「今朝食べたパンとチーズでなくなっちゃったから………狩りでもするしかないわね」
辺りに村はなさそうだ。
街道の片側は森。
もう片側は草原。
「川で釣りもいいけれど、川は見当たらないわ」
あるのは街道横を流れる小川だけ。
クリスは肩を竦めた。
「でも、道具ないだろ?」
「作ればいいじゃない」
クリスはそう言って、ポケットから小さなナイフを取り出した。
それから街道を逸れ、森に入っていく。
クリスは辺りを見回し、細く湾曲した木の枝を拾った。
荷物の中から細い紐を出し、枝の上下を紐で結ぶ。
あっという間に簡素な弓が出来た。
出来具合を確かめるように何度か弦を鳴らす。
その出来に満足したのか、クリスは他にも細い枝をいくつか拾い、ナイフで先を尖らせた。
「それが矢?」
「えぇ、そうよ」
ディヴィットが見てる間に、クリスは矢を5本作った。
「まっすぐな枝を見付けるのがポイントなの」
クリスは荷物の中から今度は鳥の羽根を出し、矢の先端に紐で括りつけた。
「さぁ、出来た。これで鳥を撃つの」
「鳥を?ウサギや鹿じゃないのか?」
ディヴィットは出来上がった矢を1本手に取るとクリスに問いかけた。
クリスは顔を顰めた。
「私達が騒いでいたから、獣たちは森の奥に逃げてしまってる。鳥なら森の外でも撃てるわ。ウサギなら草原にいるけれど……ウサギを狩るのは難しいの」
それでなくてもディヴィットがいるから魔法を使えないのだ。
魔法なしでは鳥を撃つのも難しい。
なのに草原を素早く動くウサギを狩るのは至難の技だろう。
こんな事なら魔法なしでも狩れるように練習するべきだった。
「ふ~~ん………何だか分からんが、クリスの言う通りにしよう」
クリスの気持ちを知らないディヴィットは、感心した様に矢を見ている。
ディヴィットに褒められた気がして、クリスはほんの少し気分が良くなった。
その気分のまま街道に戻り、今度は草原の方に歩く。
少し歩くと、クリスは足を止めた。
「止まって!静かに!」
手を広げ、後をついて来ていたディヴィットを止める。
クリスは一人そろそろと前に進むと、弓を構えた。
矢を番え、草むらに向かって放つ。
矢は一直線に飛び、ぱっと草が飛び散った。
足を射られたウサギが跳ねたのだ。
「当たった!」
ウサギは足を引きずりながら逃げようとした。
クリスはすぐに走り、ウサギを捕まえた。
とても得意な気分だった。
今までもこんなに上手くウサギを狩れた事はない。
魔法も掛けていないのに。
パパがいたら、きっとすごく褒めてくれたはずだわ。
クリスは振り返って、ディヴィットにウサギを見せた。
ウサギは耳を持たれ、力なくもがいた。
「見て」
「あぁ、すごい。大物じゃないか」
ディヴィットも追いついた。
「でしょう?」
クリスは嬉しくて、笑顔になった。
褒められた。
すごいって言われちゃった。
嬉しい。
クリスを褒めてくれるのは、父や母だけだった。
他の大人たちは……子どもも、クレアが頑張っている所を見ても、可哀想に、としか言わなかった。
呪われた娘だ。
持たぬ者の真似をして。
男の真似をして。
なんて可哀想なんだ、という目で見たし、それを口にもした。
だからクレアは村の人が嫌いだった。
可哀想に、と言わないディヴィットに褒められる事は、クレアの心を弾ませた。
もっと褒められたい。
だからクリスは手早く処理を始めた。
ナイフで首を切り、血抜きをする。
ウサギは息絶えた。
クリスはディヴィットに火を熾すように言うと、自分はウサギを
皮を剥ぎ、
血抜きが上手に出来たので、手を汚す事もほとんどない。
どう?
すごいでしょ?
クレアは得意だった。
こんなに上手に出来るのよ。
「………鮮やかなもんだな」
ディヴィットが呟いた。
クリスはその一言に一瞬手を止めた。
でも、すぐに続きを始める。
「仕込まれたから………針仕事よりも得意かもね」
ディヴィットの声に、呆れたような響きを感じた。
そんな事が良く出来るな、と貶すようにも聞こえた。
もちろんディヴィットはそんな事は思っていなかった。
クリスの手さばきに感心していた。
だがクリスの心の内にある“自分を貶める”部分がそう受け取らせた。
最初から褒めてなんかなかったんだわ。
クリスは思った。
だって普通の女の人はこんなことしない。
狩りをするのに弓矢を作り、ウサギを射て、捌くなんて猟師の仕事だもの。
誰だって引くわよ。
実際、リンダがそうだったじゃない。
私がウサギや鳥を捌いている時、あの子は血を恐ろしがって近くに来ようとしなかったわ。
「ふ~~ん」
ディヴィットの興味なさそうな相槌が耳に入る。
これもディヴィットの興味がない訳ではない。
むしろ興味深々で、ただしその興味の対象は次々と出来る食料に、だったが。
とにかく今、ディヴィットは腹が減っていたのだ。
頭の中で、肉、肉、肉、と、久しぶりに口に出来る“肉”を連呼していた。
クリスは手を動かしながら、お腹の中で自嘲した。
バカらしい。
一体何を得意になってたのかしら?
こんな事が出来てもディヴィットは褒めてはくれないわ。
彼が褒めるのは彼女の事だけ。
そうよ、クリス。
パパが言っていたじゃない。
こんな事までしなくちゃならんお前が不憫だって………
普通の女の人は家で家事をして暮らすのよ。
お針子や、店のおかみさんや、小間使いをするの。
間違っても猟師なんかにならないわ。
クリスは胸が一杯になってきた。
このままじゃ泣いちゃいそう。
クリスは最後の肉を急いで枝に突き刺すと、立ちあがった。
「ディヴィット、私の荷物の中に塩の入った袋があるの。水色の紐で口を結んである袋よ。それを少し肉に振って焼いて。私、小川で手を洗って来るわ」
「あぁ。水色の紐な」
ディヴィットはクリスの荷物を漁り始めた。
クリスは走って小川まで行った。
手を洗い、ついでにナイフも洗う。
何度か深呼吸して、暗い気持ちを吹き飛ばした。
肉の焼けるいい匂いが小川の方にまで漂って来る。
とたんにお腹がくぅと鳴る。
クリスはくすっと笑った。
「お腹が空くのは元気な証拠。良くママが言ってたわ」
クリスは母親の口癖を真似して、それから歩きだした。
「どんな感じ?すっごくいい匂いがしてるんだけど」
焚火の周りには肉を刺した枝が突き立てられ、肉がじゅうじゅうと音を立てて焼けている。
ディヴィットは肉を刺した枝をくるくると動かしながら、焼き具合を見ていた。
そのお腹から、ぐぅっと音がした。
クリスはディヴィットもお腹が空いているんだと分かって、楽しい気分になった。
「ん~~もう少しだな。俺、料理は得意なんだよ」
「料理?これが?塩を振って焼いただけでしょう?」
クリスが驚いたような声を出すと、ディヴィットは、ちっちっち、と指を振った。
「分かってないな、クリスは。その塩加減と焼き加減が重要なんだぞ。せっかくの美味い肉もその二つがダメなら不味くなるんだ」
ディヴィットは、クリスを見上げた。
「座れよ。出来たら一番にあんたにやるから」
「一番に?」
自分のお腹の音が聞こえなかった訳でもないでしょうに。
クリスは座りながら首を傾げた。
「あぁ。どう考えても、あんたがいなくちゃこの御馳走にはあり付けなかった。俺一人なら、今頃腹を減らしてくたばってたさ」
「それはどうかしら?今頃次の村に入って宿で昼食を食べている頃かもしれないわ」
「そしてあんたはこの美味い肉を焼き過ぎて硬いと言いながら食ってたかもな」
そう言いながらディヴィットはクリスに枝を渡した。
クリスはありがとう、と言って、それを頬張る。
「ぁっつ!!でも、美味しいっ!!こんなに柔らかいウサギの肉は初めてよ」
今まで何度も焚火で焼いて食べてきたけれど、今まで食べた事がない。
「これ、塩だけ?私が持ってきた塩で、こんなに美味しくなるものなの?」
炙られて解けたウサギの脂と塩が絶妙に美味しい。
ディヴィットはニヤッと笑って、それから自分でも肉を口にした。
「うん………美味いな。流石、俺」
「流石って………でも、本当に美味しいわ」
クリスはたちまち一つ目の肉を食べてしまった。
ディヴィットは新しい肉をクリスに渡す。
自分でも新しい肉を手に取って、ディヴィットは話し始めた。
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