第18話


ディヴィットは、胸元ですぅすぅと寝息をたてて眠るクリスの重さにふっと息を吐いた。

こいつ、やっぱり女なんだな……

軽いし、腕の中にすっぽり収まった。

男相手じゃこうはいかない。

ディヴィットは戦場での事を思い出した。


眠りで体力を回復させる為に、寒さは大敵だ。

寒いと眠りは浅くなるし、体が縮こまってとっさに動けなくなる。

だから眠る時は抱きあうのが一番なんだ、と上官は教えてくれた。


「男同士じゃ気分も良くはないだろうが、想像力を駆使しろ。抱いてるのが女だと思え。もしくは女の腕に抱かれている、とな。そのうち慣れる」


だからディヴィットはリタの事を想って寝るようにした。

程なくして、ディヴィットは上官の言葉が真実だったと知った。

戦いに疲れていれば、相手が男だろうが眠れるものだ。

むしろ寒さに身を震わせる事がないので、良く眠れた。

男好きな男に当たった奴は可哀想だったが。


それに慣れていたからだろうか。

帰還の旅は一人旅。

野宿だと良く眠れなかった。

火の傍で横になっていても、寒さに体が震えるのだ。

だから宿に泊るようにした。

金を使いたくはなかったが、眠りが浅いと昼間も動けなくなる。

そんなだったから。


あの宿で、何気に耳に入ったクリスと主人の会話を聞いた時、ディヴィットは喜んだ。

この男と同道すれば、金の減りは抑えられる。

野宿も苦ではなくなる。

なにがなんでも道連れにしよう、と決めていた。

それなのに………


女だったとはなぁ。


昼間、旅の最中は忘れていた。

女だとばれたからか、ディヴィットの前での口調は変わってしまったが、クリスの歩き方や身のこなしは女を感じさせない。

それ程にクリスの“男ぶり”は堂に入っている。

今だって体中を布で巻いているので、女性にある“柔らかさ”はない。

それでも、この小ささは、細さも、男にはないものだ。


ディヴィットはこっそりクリスの寝顔を盗み見た。

安心しきって眠っている。

きれいな顔してんだよなぁ。

前に遭った山賊が、滅多にない上物だ、と言った意味が分かる。

あれは男の割にきれいな顔をしている、という意味ではなかった。

性別を超えた次元で、きれいだ、という事だ。


もしクリスが男だったら、間違いなく男娼として男にも女にも受けただろう。

高く取引されていたはずだ。

では女だと価値が下がるかというと、それはない、と断言できる。

美しい娼婦は望まずとも国を傾ける事すらあるのだ。

クリスがそれにならない理由は何処にもない。

なにしろ体だって………


そこまで考えて、ディヴィットは頭を振った。

ぃや、思い出すな。

それは拙い。

己の下半身が制御できなくなる。

ディヴィットは急いで別の事を考えようとした。


だが。


目の前にはクリスの四肢をなげうった姿が浮かぶ。

幸いな事に、それは芸術品のそれだった。

均整のとれた美しい肢体の彫刻。

柔らかさとしなやかさを併せ持つ筋肉。

クリスが自分自身をどう思っているのかは分からない。

だが他人の目から見れば、一級品の顔と体。


中身は………もう少し話してみなければ分からない、か。

良い奴なのは間違いないし、かなりの世間知らずなのも分かった。

それ以外の事を知りたくて何度か話しかけたが、クリスは口が重たかった。

余り自分の事を話そうとしない。

でもまぁ、まだ先は長い。

おいおい知ればいいさ。

ディヴィットはクリスの頭を撫でた。







どのくらい眠っただろうか。

クリス、と呼ぶ声で目を覚ます。


「悪い。そろそろ代わってくれ」

「うん」


少し眠り足りない気がしたが、短い時間だと考えたら十分だった。

それだけ眠りが深かったのだ、と考えて、クリスは恥ずかしいような気になった。

男の人の腕の中でぐっすり眠るって、意外と気持ち良いのね。

次は私がディヴィットにそんな眠りをあげなくちゃ。

クリスはそんな事を思いながら、眠そうな目をこするディヴィットと交代した。

クリスが毛布を被り、ディヴィットを抱えようとする。

が。

体格差はいかんともしがたい。

ディヴィットがしたように、クリスには出来ないのだ。


「あ~~じゃぁ、こうしよう」


ディヴィットはクリスを後ろの木にもたれかからせる。


「んで、足を広げて」

「足を?」

「そう。で、俺がここにこうするっと」


ディヴィットはクリスの足の間に横向きに座るとクリスにもたれかかった。


「重くないか?」

「えぇ」


クリスはディヴィットの体に手を回し、自分ごと毛布でくるんだ。

肩に乗ったディヴィットの頭を撫でようとしたが断念し、代わりに腕をそっと撫でた。


「重くなったら起こしてくれ」

「分かった」


耳元の声に返事すると、すぐに、すぅっと寝息が聞こえ始める。

よっぽど眠たかったんだろう。

クリスは空を見た。


「ぁ………」


クリスは慌てて口を閉じた。

今寝たばかりなのに!

まだ起こしたくはない。

そっと目を動かすと、ディヴィットはぐっすり眠っている。

良かった。

クリスはほっとして、もう一度空を見た。


月が。


クリスが眠ろうとした頃に上り始めていた月が、今はもう沈みかけている。

まだ明るくはないが、ほとんど一晩中、ディヴィットが寝ずの番をしてくれていたのだと分かる。

起こすのを躊躇った訳ではないだろう。

クリスを寝かせてやろうとしたのだ。

優しい人なのね。

クリスは胸の内側が温かくなっていくのを感じた。

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