宿

第11話


そうして始まった二人旅の初日。

夕暮れ迫ってやっとたどり着いた村の宿で。

ディヴィットは宿の主人にこう言った。


「親父、部屋あるか?」

「えぇ。もちろんございますよ。お客さん達お二人ですか?」


主人はディヴィットの後ろにいるクリスに目を向けた。

クリスが何か言う前にディヴィットが口を開く。


「一部屋で良い。ベッドも一つで良い」

「はぁ?違いますよ、御亭主。僕はこの人の連れではありません」


クリスは慌ててディヴィットの前に出た。


「では二部屋のご用意で?」

「そうです」

「いや、一部屋だ。俺は床で寝るから」


主人の問いかけに二人の声が重なる。

主人は顔をひきつらせた。

どっちだよ?とその顔が言っている。

クリスは主人にちょっと待ってくれるように頼むと、ディヴィットの腕を引いてカウンターから離れた。


「どういうつもりですか?」

「あ?一人一部屋なんて、もったいないだろ?」

「もったいなくありません。僕はあなたを信用していません。泥棒かもしれない男と同室だなんてごめんです」


泥棒と言われ、流石にディヴィットはむっとしたらしい。

だが、ディヴィットは諦めなかった。


「だったら寝る前に俺の手と足を縛ればいい。そうすれば安心だろ?」

「………どうしてそこまで同室にこだわるんですか?」


まさか女だとばれた、とか?

私を好きにしようって事?


「まさか、僕を手ごめにする気ですか?」


クリスは剣に手をかけた。

ディヴィットは、ぷっと噴いた。

それから腹を抱えて笑う。


「ないない、それはない。俺、女にしか興味ないから」


ってことは、女だとばれてはないって事ね。

クリスは一先ず安心する。

でもだったら目的はなんなの?

笑いが治まると、ディヴィットは小声で言った。


「あまり金を使いたくないんだ。あんたと同室なら半額で済むだろ?」

「たくさんの金貨をお持ちではありませんか」


つられてクリスも小声で反論する。


「あれにはなるべく手をつけたくないんだ。分かるだろ?」


クリスは首をかしげる。

ディヴィットは、はぁ、と息を一つ吐いて口を開いた。


「あのな。あの金は結婚資金な訳。俺が命をかけて稼いだ金な訳だよ。それを宿賃に使いたくない」

「つまり婚約者に、俺はこれだけ稼いだんだって見せたい訳ですね?」


ディヴィットは頷いた。

婚約者からの称賛の言葉を得るには、少しでも多くの金貨があるほうがいい。

それでなくても約束の時を2年も過ぎているのだ。

許してもらうにはそれ相当の“詫び”が必要になる。


クリスは一応納得した。

だが。

クリスはディヴィットと同室なんて絶対に嫌だったし、ディヴィットの理論の穴も見付けた。


「だったらあなたは野宿すればいいではないですか。そうすれば食事代だけで済む。更に言えば、僕にペースを合わせる事なく先に進めば早く着き、食費さえも浮くではないですか」


クリスはディヴィットが自分に合わせて歩いている事に気付いていた。


「なぜそうしないのですか?」


クリスの言葉にディヴィットは頭を振った。


「この季節、俺は野宿したくないし、宿賃はケチりたい。そうなるとあんたと一緒に行動した方がいいんだ」


宿代が半分になれば、食費が多少増えた所でおつりがくる。

同道してくれる相手を探していた。

ベッドに寝たい訳ではなく、屋根のある温かい所で寝たいのだ、とディヴィットは続けた。


「俺、寒いのは嫌いなんだ。どうしてもの時以外、野宿はしたくない」

「僕だってあなたと同室なんて絶対に嫌だ。火を焚いて野宿なさったらどうですか」

「頼むよ、クリストファー。俺達道連れじゃないか」

「あなたが勝手に言っているだけです」


クリスはそう言ってディヴィットをそこに置き、主人の所に戻った。


「御亭主、僕に一部屋。あちらは食事だけで良いそうです」

「本当に良いんで?」


主人がちらりとクリスの後ろに目を遣る。


「いいのです」


クリスは宿代をカウンターに置いた。

主人はそれを見て、部屋の鍵を渡す。


「食事はすぐに?」

「部屋に荷物を置いてからすぐに来ます」


クリスは鍵を持ってディヴィットの元に戻った。


「では、失礼します」

「なぁ、頼むよ」


ディヴィットの懇願を振り切るようにクリスは踵を返した。

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