第2話
女性が立っていた所には一枚の紙が落ちています。
手紙のようです。
部屋に残った女性はそれを拾い上げ目を通すと、もう一度ため息を吐いて夫婦を見ました。
「ごめんなさい。さっきのは私の双子の姉、グレナダよ」
夫婦は驚きました。
特に驚いたのは亭主です。
亭主は“グレナダ”の事をその弟である、自分の父親から聞いた事があったからです。
「グレナダ伯母さんは遠い国にいる、と聞いていましたが………」
グレンダは頷きました。
「確かに、その通り。ではどうして遠い国に行ったのか理由は?」
亭主は頭を振りました。
その理由を聞くと、彼の父は口を閉ざしたからです。
「グレナダはこの国を追放されていたのよ」
「え?」
亭主は驚きました。
「どっ、どうしてでしょうか?」
「分かると思うけれど、グレナダは私と同じように強い力を持つ魔女なの。彼女はその力を利用して、“持たぬ者”に悪戯していたの。ぃえ、意地悪ね。それで、彼らは魔女を厭うようになってしまった。彼らと私達の関係を悪くしたのは、グレナダなのよ」
“持たぬ者”とは魔法を使えない人達の事を指します。
まだグレナダが若かった頃にしでかした数々の意地悪の所為で、持たぬ者が魔法使いを嫌いになり、その所為で“魔女狩り”が行われるようになったのだ、とグレンダは説明しました。
「もちろん魔女狩りで酷い目に遭うのは、濡れ衣を着せられた持たぬ者であって私たちではなかったけれど、それでも嫌な目に遭うことだってあったでしょう?身分を偽って暮らすのは面倒だし、人前で魔法を使えなくなった。それで、グレナダを追放しようって、そう決まったのよ」
亭主は驚くばかりでした。
亭主が住む村は魔法使いばかりが暮らす村です。
もともとここは土地の持つ魔法の力が強い場所でした。
そこに“魔女狩り”の所為で普通の村に住み難くなった魔法使いが、移り住むようになったのです。
持たぬ者はここに村がある事に気付きません。
彼らの目には深い谷が見えるよう、魔法がかかっているからです。
だからこの村の中では自由に魔法が使えます。
この村で不自由な事はありません。
みんなこの村が大好きで、ここでの暮らしに満足しています。
ただ、昔住んでいた村が時々恋しくなるお年寄りを除いては。
そんな“魔女狩り”の、いえ、この村が出来るきっかけを作ったのが自分の伯母だったなんて、亭主は想像もしていませんでした。
そして、そんな大変な事をした人が今さっきまでこの家にいた事が信じられませんでした。
「ぁの、伯母様は
おかみさんがグレンダに尋ねました。
「そうよ。追放されてから40年。持たぬ者に魔法をかけない、という宣誓をしてから戻ってきたわ。先週から私の家に住んでいるの。それで、私に来た手紙を見てしまったのよ。私が居間に置いたままにしておいたのが間違いだったわ」
グレンダは、ごめんなさい、と頭を下げました。
亭主は慌ててしまいました。
「ぁ、伯母さん、グレンダ伯母さん。そういうのは止めて下さい。確かに伯母さん違いでグレナダ伯母さんが来たのは驚いたけれど、でも、娘にクリスティーナって名前も付けてくれたし、祝福だって………どうしたんです?」
亭主はグレンダが悲しそうな顔をしたので、更に慌てました。
急にどこか具合が悪くなったのかと思ったのです。
でもグレンダはもう一度謝ってから、先程拾った紙を亭主に見せました。
「グレナダは祝福なんかしてないのよ、ベンジャミン。彼女はクリスティーナが一生独身でいるようにって呪いをかけたの」
亭主はその言葉を聞きながら、紙に目を走らせました。
『クリスティーナは一生独身で過ごす。私のようにね。でも私のように復讐に一生を捧げるよりは、随分と幸せだと思わないかい?』
亭主はごくりと唾を呑みました。
「伯母さん、クリスティーナは結婚出来ないのですか?ぃや、結婚しないという選択をするのはありだと思います。ですが、選択する事を許されないなんて、そんな………」
「グレナダは昔、ある男に恋をしてこっぴどく振られた。その復讐に男と同じ持たぬ者に意地悪したの。意地悪したくらいで失恋の痛みが消える訳はないし、その所為で一生のほとんどを失意の中で過した。だからクリスティーナには失恋の痛みを味あわせたくない、と考えた様ね。グレナダのかけた魔法は恐らく、“恋心を奪う”魔法。クリスティーナは一生恋を知らずに生きるのよ」
亭主は自分のおかみさんを見ました。
おかみさんは震えていました。
それから16年後。
物語の扉は開きます。
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