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かながた
第1話 A子の怪談
これは私のお姉ちゃんから聞いた話なんだけど。
悔しいけど、私のお姉ちゃんは私と違って綺麗なのは知ってるよね?
ってちょっとー、そこは突っ込んで慰めてよ。
いいや、続けるね。
一つ一つのパーツは一緒のはずなのに、微妙に配置がずれるだけで、こんなに顔の造形が変わるなんて、神様ってホント罪深いわ。
おかげで、子供のときからいつもお姉ちゃんと比べられて、「妹の方は器量がね」なんて言われちゃってさ。
本当に酷くない?
それに顔が良いいお姉ちゃんは、水商売でもいい線いってるし。
正直うらやましい。
なんでよねー。
神様ってホント罪深いわ。
ちょっと話がずれちゃったけど。
そのお姉ちゃんの元カレのことで、気持ち悪い話があってさ。
お姉ちゃんが言うには、別にタイプでもなかったらしいんだけど、その男がもう、とにかくとにかくしつこくてさ、押しに押されて、付き合うことになったらしいの。
でもそいつ、かなり嫉妬深くてさ。
勝手にスマホを見て、連絡先のリストをチェックしようとするし、一時間に一回は何してるか報告しろって言ってくる。
あるとき、その約束の時間を二分過ぎちゃっただけで、めちゃくちゃキレちゃったらしくて。
ヤバいよね。
最初は、私も「はいはい、のろけね」なんて思って、聞き流してたんだけど。
でもいくらなんでも束縛激しいし、美人のお姉ちゃんにはもっと良い男がいくらでもいるんだから、別れたらって言ったのよ。
お姉ちゃんも、相当ストレスが溜まってたみたいで。
そのあとすぐにその男を振ってやった。
「中身が伴わない口だけの男」って。
だからお姉ちゃんも、特段そいつに思い入れはないしさ。
いい思い出より悪いことの方が多かったから、そんな覚えてもないわけ。
でも、一つだけ、鮮明に覚えてることがあって。
その男の腹にある、
北海道みたいな形の、
赤黒い痣。
それからしばらくして、お姉ちゃんは別の男に告白されて、付き合いはじめたの。
結局のところ、お姉ちゃんに言い寄る男はいくらでもいるってわけね。
お姉ちゃんも、「とりあえず付き合う」みないな性格だから、軽い女に見られちゃってるだけな気もするんだけど……。
だけど、この男は、前の男と違って優しい大人って感じで。
私も電話で報告を受けたとき、「いい奴そうじゃん!」って言ったの覚えてる。
最初の方はね。
でも、そのうちだんだん嫉妬深くなってきて、お姉ちゃんを束縛するようになって。
ま、イイ女だから束縛したくなるのも理解できなくもないんだけどさ。
だけどやっぱ、酷いよね。
それに、会うと毎回、訊いてくるんだってさ。
「俺の顔どう? 俺の顔好き?」って。
何回も何回も、それもしつこくしつこく。
「俺の顔どう? 俺の顔好き?」
「俺の顔どう? 俺の顔好き?」
「俺の顔どう? 俺の顔好き?」
それにやたらと、鏡で自分の顔見てるんだよね。
こう、色んな向きに顔を変えてさ。
鏡ばっか見てるの。
それで嫌気が差して、お姉ちゃんから結局振ることになったの。
でも、偶然なのかなんなのか、この男の腹にもさ、あったんだ。
北海道みたいな形の、
赤黒い痣。
それから、ちょっとの間、お姉ちゃんはフリーだったんだけど、今度はお客できた男と付き合い始めたの。
この人は仕事ができる男って感じで、中身もしっかりしてそうだから、お姉ちゃんも喜んでたわけ。
私も、やっと良い男ができたかーって、思ったわけ。
でも、やっぱり、今までと同じパターンで、そのうち嫉妬深い本性が出てきて。
嫌気が差して、結局振っちゃった。
それにそいつ、やたらと自分の顔を触らせてくるんだって。
眼から鼻から、耳やら頬っぺた。
最初はちょっと可愛いなんて思ったりもしたらしいんだけど。
毎回毎回しつこく、時も場所も関係なく触らせてようとしてくるの。
「鼻さわって。いい鼻だろ?」
「眼さわって。いい眼だろ?」
「頬さわって。いい頬だろ?」
挙句の果てには鼻の穴の中まで触らせようとして。
気持ち悪すぎでしょ。
それにそいつのスマホもさ、自撮り写真ばっからしくて。
これでもかってぐらい、自撮り写真ばっかでさ。
北海道の時計台の写真なんて、そいつの顔で時計台隠れちゃってたんだって。
だけど今回は、それ以上に他に原因があってさ……。
この男の腹にもさ、あったんだ。
北海道みたいな形の、
赤黒い痣。
さすがに、お姉ちゃんもここまで来ると、ただの偶然とはもう思えなくて。
で、最初に振った例の元カレが、振られた腹いせに仕返ししてるんじゃないかって思い始めたの。
元カレが友達連中に北海道みたいな痣を描いてさ、嫌がらせで自分に近寄らせてんじゃないかって。
それで、お姉ちゃんが計画通りにその新しい男と付き合ったら、少しして嫉妬っぽさを出させて、わざと別れるように仕向ける。
その元カレは、いいとこの坊ちゃんらしくて無駄に金持ちだったから、友達に金渡して嫌がらせすることくらい屁でもないからって。
私も「まさか、そこまでする?」とは思ったけど……
でも、ストーカーになって殺人までする人間が世の中にはいるんだもん。
あり得なくはないなって思うようになってさ。
女の時間は有限だからね。
変な男とばかり付き合ってたら、それこそ婚期を逃すじゃない?
元カレの狙いはそれじゃないかって。
お姉ちゃんもだんだんノイローゼ気味になってきてさ。
とうとうキレて、その元カレの家に乗り込んでやったの。
合いカギは「いつか戻ってきてくれると信じてる」って元カレに言われてそのまま持ってたから、とっ捕まえようとそのカギで玄関をブチ開けたの。
そしたらね、元カレがいたんだよ。
いたんだよ、その元カレ。
いたんだけどさ。
元カレ、みたいのが。
そいつ…………。
ないんだよね、
顔が。
顔、なくて。
口しか、ないんだよね。
首から上がさ……。
そんな男とも言えない生き物が、突っ立ってたんだ。
首から上、
口だけが生えてる生き物が、
突っ立ってたんだ。
そいつの周りにはさ、顔がいくつも置かれてて……。
どれも、鼻から上だけの顔が。
その中にはさ、見覚えのある顔がいくつか。
そう、元カレのあとに付き合ってた男の顔が、いくつかあったの。
あの、北海道みたいな、
赤黒い痣のある、
男達の、
顔。
お姉ちゃんもびっくりして、立ちすくんでたらさ。
そいつが、床の顔をいくつか抱えだしてさ。
腕いっぱいに、顔を抱えて。
お姉ちゃんに気づいて近づいてきたの。
カチカチカチカチ、歯の音を立てながら、
腕いっぱいに顔を抱えて、近づいてきたの。
その、口だけ生えた男が。
お姉ちゃんは怖くて、もう動けなくってさ。
でも、口だけ生えた男が迫ってくるの。
たくさんの顔を抱えて。
そいつが、躓いて転んだんだよね。
躓いた時、顔のいくつかがこぼれてさ。
そのひとつが、勢いよく姉の足元に飛んできて。
床に落ちて潰れたんだ、ぐちゃっ、て。
トマトみたいに、ぐちゃって。
眼だけはこっち向いてさ。
倒れたそいつがさ、残った顔を片手に抱えて。
腹ばいでトカゲみたいに体くねらせながら、
近寄ってくるんだよ。
そいつが持ってる顔、皮膚が床に擦れて、
べろべろと剥がれてるの。
ずずずずずるーって、その皮を引きづりながら。
体をくねらせて、近寄ってくる。
相変わらず、カチカチカチカチ、歯の音を立てながら。
そいつが、姉の足首を掴んだんだ。
もうお姉ちゃん、失禁ものだよね。
そいつ、お姉ちゃんの前にある潰れた顔も拾ってさ。
不器用に立ち上がって。
お姉ちゃんの目の前で、口だけの首を回しながら、
カチカチカチカチ、歯の音をたてて、
抱えた顔を、すーって差し出してきたの。
カチカチ音を立てる口から、漏れ出たんだよね。
「ねえ、どの顔が良い?」
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