第14話


 帝都は元は三方を山に囲まれていた峻険な地形の上に築かれている。

 周囲から攻撃をされても耐えることができるよう、高地に集まって都市ができたという経緯があるためだ。


 そのため帝都を一歩出て南へ出れば、そこには魔物の跋扈する地域がある。

 南にあるカバラ草原に、アリスとラインハルトの二人はやってきていた。


(一体どうして公爵がわざわざ同行を……)


 事前に下調べはしているが、カバラ草原はそこまで危険な魔物が出てくるような場所ではない。

 そもそも同行に公爵をつける意味も不明だ。

 アリスは自分の前で颯爽と歩きながら魔物を倒していくラインハルトの背中を見つめていると、ここにいない皇帝の意味深な笑みが浮かんでくる。


「なんでラケルが僕を呼んだか、そんなに不思議かい?」


 くるりと振り返るラインハルト。

 先ほどから大量の魔物を切り伏せているはずなのに、彼には返り血の一滴もついていない。

「……はい、正直なところ、とっても」


「ラケルは昔から、好きな食べ物はしっかりと最後まで残しておくタイプだったんだ。そして要らないのかと思ったそれを僕が食べようとすると、ものすごく怒る」


「なるほど……?」


 なぜ昔話をされたのかはよくわからなかったが、とりあえず適当に頷くアリス。

 それを見たラインハルトは、はぁと小さくため息を吐く。


「なんだよあいつ、話と全然違うじゃないか……学院生の頃と何も変わってない……」


「何か言われましたか?」


「……いや、なんでもないよ。先に進めば良いんだよね?」


 アリスの目的の品は平原を超えていった先にある断層地帯にある。

 こくりとうなずき、彼女はラインハルトの背を追って進んでいくのだった。




 アリスの魔道具作りにおいては、直感が何より大切だ。

 そして彼女の場合、その素材が採取される前の、ありのままの状態である場合にもっとも閃きを得ることが多い。


「うーんと……これもダメ」


 断層地帯にやってきたアリスは、断層でテキパキと動き回っていた。


 既にここにある石の中でも、世間一般的に価値のある宝石や鉱石の類いは大抵が持ち出されてしまっている。

 なのでここにあるのは、どちらかといえば持ち運ぶに値しないと考えられている屑金属や重すぎるものが多い。


 アリスは土を掘り、石を見聞してはそれをぽいっと地面に投げ捨てていく。

 傍から観察しているラインハルトからすれば、奇行にしか見えない。

 ただ背中を見ればわかるが、今の彼女は真剣そのものだった。

 それをラインハルトは元の糸目を更に細くして、面白い物をみるような目つきで見つめていた。


(ラケルがご執心と聞いていたから来てみたけど……なるほど、変わってるね)


 公爵家でありながら家を出て帝都にやってきた変わり者。

 物知らずでお人好しなくせに考えなしなところがあり、どうにも放っておけない女。

 ラケルのアリス評は、なかなかに的を射ているように思えた。


(でもこれだと二人の仲が好転するのは何時の日になるか……)


 ちなみにラインハルトは当然ながら公爵当人なのだが、比較的時間的な余裕はあったりする。

 政務は未だ父である前公爵が取り持っているし、彼に求められている役目は有事の際の戦闘指揮だからだ。

 そのためあらかじめ時間を決めればこんな風にわりと気軽に出てくることができる。


「よし、それなら少し焚きつけてみるか」


 そう言ってニヒルな笑みで笑うラインハルト。

 彼としても親友であるラケルの恋路は応援している。

 けれど恋とはすなわち戦争。

 アリスが誰かに奪われてしまわないうちに、我が皇帝には頑張ってもらう必要がありそうだ――。



 ラインハルトとアリスはその後も何度も共に各地を探索しながら、彼女が魔道具に使えそうな素材を集めていった。当然ながらアリスが単身で向かうことの方が多かったし、なぜか時間を作ってラケルが一緒に来てくれたことも何度かあった。


 時折魔道具店を開いては探索に精を出す、そんな日々が一月半ほど続いた時のこと。

 アリスはようやく自分が求めていたものの手がかりを手に入れることに成功する。


 彼女が作成できたのは『弱体の首飾り』――装備している者の各種能力を落とすことのできる魔道具だった。

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