第9話


「いやぁ、今日はラッキーだったぜ。まさかあんなでかいゴブリンの巣穴を潰せるとはな」


 革鎧を身につけ、盾と槍を背負っている青年は、その名をロックという。

 彼は冒険者――主に魔物の討伐による魔石の収集を生業としている。


 帝都にはたくさんの仕事があるが、その中でも学や人とのコネがなくてもなれる仕事というのは案外少ない。

 そしてその数少ない例外が、冒険者という職業であった。


 ロックのランクはDで、F~Sまである等級の中では下から数えた方が早いが、既に駆け出しは卒業しており、魔物との戦闘も安定してこなせるようになっている。

 彼くらいの実力があれば、魔石の需要が常に供給を上回っている帝都で食っていくのに困ることはない。


「ふわぁ……疲れたし、換金したらさっさと寝ちまうか」


 帝都の街は、非常に暮らしやすい。


 下水道もしっかりと整備されており、指定された場所であれば無料でトイレを使用することもできる。

 衛兵達が仕事をしてくれているおかげで犯罪率も低く、治安もかなりいい。


 ただ暮らしやすいというのはすなわち、それだけ人の手が加わっているということでもある。

 人件費というものが存在する以上、あらゆる物価は地方都市と比べても高くなる。

 結果として帝都で最低限の暮らしをするのには、ある程度の額を稼がなくてはならない。


「さて……いくらで売れるかな」


 ロックが腰に提げている巾着に触れる。

 その中には、今日討伐したゴブリン達の魔石がどっさりと入っていた。

 これだけあれば、二三日は何もせずに過ごすことができるだろう。


 帝都において魔道具は生活必需品であり、その使用にはほとんどの場合魔道具が必要だ。


  一応魔石がなくても動く魔道具も存在するが、それらは大した効果が出ないか高すぎるかのどちらかなので、平民の手に行き渡ることはほとんどない。


 彼の魔石の買い取り先は、主に魔術師ギルドが認可した魔道具店である。

 魔道具店に直接卸した方が、仲介業者がいない分、冒険者ギルドで売るより多少は高値で買い取ってもらえるからである。


「ここは……魔道具店、なのか?」


 ロックはいつもの魔道具店に行こうとして、あるところで足を止めた。

 今から数年前、ロックがひいきにしていた魔道具店の跡地に、新たな魔道具店ができていたからだ。


「『アリスの変な魔道具ショップ』か……」


 商売柄だまされることのないように字が読めるロックは、その店名のうさんくささに眉間にしわを寄せる。


 なぜこんな珍妙な店名にしたのか。

 そもそも変な魔道具なんかを売っていたら、売り上げが立たないのではないか。


 いくつも疑問が噴出してきて流石に気になってきたので、気付けばその足は店の方に向いていた。

 中に入ってみると、赤の右目と青の左目をした店主とおぼしき女性が座っていた。


「い、いらっしゃいませ!」


「あ、ああ……」


 ロックは急に立ち上がり声を上げた彼女に引き気味に、とりあえず店内を見渡してみる。

 並んでいる魔道具の数は非常に少ない。

 というか、五つしかない。


 通常魔道具店は、客の気を引くために大量の魔道具を所狭しと並べることが多い。

 ものが少ないという一点を見ても、たしかにここは変な魔道具店だった。


 だがそれよりももっと変なところがある。

 置かれている魔道具が、変なのだ。


(というかこれ、本当に魔道具なのか?)


 竹冠に、カトラリーを入れるための木製の箱、鍋の上蓋に何に使うかわからない両手サイズの巨大な石……。


 ロックが知っている魔道具とは、使われている素材からその形状まで、まったく違っている。

 どれもこれも、普通の雑貨にしか見えない。

 というか最後の石に関しては、どこからどう見てもただの石なので、雑貨ですらない。


 興味を失ったロックはさっさと出て行こうと、そのまま店を後にしようとするが……


「ちょ、ちょっと待ってください!」


 店主のオッドアイの女性に呼び止められてしまった。

 くるりと振り返ると、すぐ近くにまで立っていた。


 こうして改めてみると、恐ろしいほどに整った顔立ちをしている。

 思わず言葉を失うほどの美しさだ。


(もしかするとこれは新手のロマンス詐欺か……?)


 そんな疑念が内心で渦巻いているロックに、その女性は何かを手渡してきた。

 見ればそこにあったのは……竹細工の冠だった。


「あの、お客さんって冒険者の方ですよね?」


「あ、ああ、そうだが……」


「でしたらこれ、使ってみてください! お代は使ってみて納得できたらで結構ですから!」


 魔道具の代金を……後払い?

 そんなことは聞いたこともなかったが、なにせここは変な魔道具店だ。

 そういうこともあるのかもしれない。


 まずはお代は要らないということだったので、ロックはとりあえず竹冠をもらっておくことにした。


 向こうから言ってきたのだから、お金を払う必要もないだろう。

 何か言われても、使ってみたが納得できなかったと言えばいいだけだ。


 そんな風に軽い気持ちでロックは『薬効上昇の竹冠』を魔物との戦闘の際に携行するようになった。

 皮のベルトにひっつける形で持ち運ぶのは若干手間だったが、もし本当に『薬効上昇』の効果があるのならつけておいた方がいい。


 ロックとしてはもしもの時の転ばぬ先の杖くらいの気持ちで持っていたのだが……使う機会は、彼が想像していたよりもずっと早くやってきた。



 食肉としての需要も高いオークを討伐している際、大きな怪我を負ってしまったのだ。


 オークの上位個体であるオークソルジャーがいることに気付かず、いつものように一撃で仕留めようとしたところに手痛いカウンターを食らってしまったのである。


 冒険者は身体が資本だ。

 怪我が悪化してしまえば、ロックに明日はない。


 彼は藁にもすがる思いで、ベルトに手をかけた。

 妙にかわいらしい竹細工の冠を頭にかぽっとはめてから、患部に低級のポーションをかける。

 そして……


「な……なんじゃこりゃああああああああっっ!!」


 自分が大怪我をして痛みにうめいていたことも忘れ、そう大声で叫んだのだった――。

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