第58話 王立アカデミー入学試験

 王都の中心に位置する王立アカデミーの正門前。

 その場所は、大勢の若者たちで溢れかえっていた。


 その様子を見たシュナが、驚きの声を漏らす。


「すごい熱気だね……」


「ああ。ここを突破できるかどうかで、人生が大きく変わるからな。みんな必死なんだろう」


 周囲を見渡すと、緊張した面持ちの者、自信に満ちた表情の者、不安そうに周りを窺う者など、様々な表情の受験生たちが目に入る。

 貴族の子弟が多いが、一発逆転を狙う平民の姿も少なくない。


 人が多いため、当然周囲からは様々な会話が聞こえてくる。

 そのほとんどが試験への不安や緊張といった内容だが、中には変わり種も存在し――



「ねえ、聞いた? 今年は学院長が来ないんだって」


「えー、マジで? せっかくだし一目見たかったのに……」


「アカデミーの優秀な生徒数名と一緒に、長期クエストに出かけているらしいよ」


「学院長って、だよな?」


「そうそう、約150年前に突如として表舞台に現れて、このアカデミーを設立したっていう……」



 そんな会話が、俺の耳に飛び込んできた。


「…………」


「どうしたの、ゼロス?」


 その話に耳を傾けて沈黙する俺を疑問に思ったのか、シュナが不思議そうに声をかけてくる。

 俺はそんな彼女に笑顔で応えた。


「いや、何でもない。それより俺たちの試験中、シュナは別行動なんだよな?」


「うん。従者の皆は、アカデミー内の見学をさせてもらえるみたい。入学してから苦労がないようにってことだろうね」


 というわけで、ここからはシュナと別行動だ。


「そうか。それじゃ――」


 いったん別れの言葉を告げようとした直後、俺は発言を止めた。

 見覚えのある人物が、こちらに向かって歩いてくるのが見えたからだ。


 そこにいたのは金髪の少年――俺の腹違いの兄、ディオンだった。

 遅れて向こうもこちらに気付いたようで、苦虫を嚙み潰したような表情になる。


「久しぶりだな、ディオン」


「黙れ! 無能が話しかけてくるな!」


「……ふむ」


 いつも通りの暴言を吐いた後、ディオンはとっとと正門をくぐっていく――かと思えば、突如としてピタリと立ち止まった。

 そして、


「そうだ。この俺がお前のような無能に負けたなど、やっぱり何かの間違いだったに違いない。それをこのアカデミーで証明してみせる! 首を洗って待っていろ!」


 そう言い残し、今度こそ立ち去っていた。

 ディオンの後ろ姿を眺めながら、俺は小さくため息をつく。


「……相変わらずだな、アイツは」


「でもさ、ゼロス。今のって捉えようによっては、ゼロスがアカデミーに受かるって確信してるからこその言葉じゃないかな?」


「…………」


 確かに、そうとも受け取れるかもしれない。

 まあ、実際の意図は本人のみが知るところだろうが。


 と、ここで俺はある重大なことを思い出した。


(そうだ。試験を受けに来たってことは、アイツも従者を見つけたってことになるけど……)


 いったいどんな奴がディオンの従者になったのか、疑問に思った直後だった。


「お久しぶりです、ゼロス様」


「ん?」


 後ろから声をかけられ振り向くと、そこには茶髪の青年が立っていた。

 従者らしい服装に身を包んでおり、その立ち姿は芯が通っている。

 というかそもそも、俺はソイツに見覚えがあった。


「えっと……確か、ベリルだったか?」


「はい。覚えていてくださったのですね」


 そう言って、青年――ベリルは丁寧に頭を下げた。

 すると、隣にいるシュナがきょとんした表情で話しかけてくる。


「ゼロス、こちらの方は?」


「うちのシルフィード騎士団に所属している騎士、ベリルだ」


 簡単に紹介した後、俺は改めてベリルに向き合った。


「けど、どうして貴方がここに?」


「実はこの度、私がディオン様の従者を務めることになりまして」


「……そういえば、元々ディオンのレベル上げに付き合っていたのって……」


「はい、それも私です。その縁もあって騎士の身ではありますが、ディオン様から直々に従者に選んでいただいたのです」


 シルフィード騎士団には貴族出身の者も多く、確かベリルもその一人。

 シュナと同様、貴族としての教養もあるため(騎士だし実力は言うまでもない)、デュークが許可したと言ったところか。


「そうか……でも、それは大変そうだな」


「いえ、私にとっては光栄なことです。それにディオン様もあの決闘以降、少しずつ変わってきておられるのですよ。先日はともにDランクのダンジョンにも挑んだほどでして……これもゼロス様のおかげです」


「……そうなのか」


 どうやら知らないところで、アイツも少しは心を入れ替えたらしい。



 ゴーンゴーン



 と、そんな会話をしていると、大きな鐘の音が鳴り響いた。

 試験開始の合図だ。


「それじゃ、そろそろ行ってくる」


「行ってらっしゃい、ゼロス!」


「ご健闘をお祈りします」


 二人と離れ、俺は試験会場へと向かう。

 こうして、王立アカデミー入学試験が始まるのだった。

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