第56話 融合

 勝利を確信した直後、予想外の展開が起きた。

 幻影が一瞬で距離を詰めてきたのだ。

 まるで遠距離戦では、自分に勝ち目がないと学習したかのように。


「――――ッ!」


 想定外の動きに、俺は思わず唾を呑み込む。

 なんとか紙一重のタイミングで敵の攻撃を躱すと、俺は再び距離を置いた。

 そして僅かに眉をひそめる。


(なんだ? この対応の早さは……)


 AIではとても再現不可能な適応力。

 まるで闇纏いの魔導霊ダーク・ソーサラーのように、知性を得た存在のようだ。

 

「【冥府めいふ霊廟れいびょう】の経験があった以上、そう簡単にいかないだろうと警戒自体はしていたが……まさかこんなところまで、現実になった影響が出てるのか」


 俺は冷や汗を流しながら呟く。

 仕組みは不明だが、狼狽えている暇はない。このまま戦うしかないのだ。


『――――!』


「――ッ」


 幻影の猛攻が始まる。

 剣戟の音が激しく響き渡る中、俺は必死に押し切られそうになるのをやり過ごすことしかできなかった。


「くっ……!」


 剣をぶつけ合うたびに、腕を伝わる衝撃が全身を貫く。距離が離れれば、互いにスラッシュやマジック・アローを撃ち合う。

 この世界に来てからの経験も加味し、技量としては俺の方が優っているはずだ。

 だが、やはりステータスの差は大きかった。


「チッ!」


 攻撃力の違いにより俺と幻影では【パリィ】の難易度が桁違いとなり、スラッシュ同士がぶつかれば一方的にやられる始末。

 さらに極めつけとして、驚くことに幻影は現在進行形で成長を続けていた。

 徐々に洗練され、攻撃のタイミングも絶妙になっていく。


(まずいな。このままだと、ジリジリと押し切られるぞ……)


 必死に頭を回転させ、何とか対抗策を考える。

 しかし、考えれば考えるほど袋小路に入ってしまう感覚があった。


 今の俺には、幻影が使えないスキルが幾つもある。

 にもかかわらず、追い込まれるとつい頼ってしまうのは、前世でもっとも馴染みのある剣のスキルばかりだった。

 せっかく【無の紋章】を得られたというのに、その恩恵を全く活かせていない。


 紋章には獲得できるスキルの違いの他、該当武器の装備時、僅かとはいえ一部パラメータに補正がかかるという特徴がある。

 そして【全の紋章】や【無の紋章】の場合、様々なスキルを扱える代わり、その補正が低く設定されている。

 剣だけを手にして戦うなら、【剣の紋章】持ちの方が有利なのだ。


 こんなことなら初めから、前世と同じ【剣の紋章】を与えられた方が、よっぽど良か――


(――いや、違う)


 俺は浮かび上がった不安を一蹴し、集中を深める。

 あるはずだ。ただの付け焼刃ではない、【無の紋章】を与えられた俺にしかできない戦い方――前世の俺ゼロニティを超えるための方法が、何か。


 何か――――



『すごかったよ、ゼロス! 敵の魔法を次々と落とすだけじゃなく、最後のトドメまで……何て言うか、すっごくかっこよかった!』

『……それこそまるで、ゼロニティ様みたいだったよ』



 ――刹那、脳裏に浮かんだのは、大切な友人からかけられた言葉の数々だった。


(どうしてこのタイミングで、シュナの言葉を思い出す……?)


 それも自分の紋章を疑い始めたこのタイミングで思い出すにしては、あまりに皮肉すぎる内容。心のどこかで、俺は勝利を諦めてしまったのだろうか?

 ……本当に? 俺は諦める理由として、シュナを思い出すのか?


 いや、違う。そんなことはないはずだ。

 俺にとっての彼女は、いつだって顔を上げ、まっすぐと前だけを見続けて勇気を与えてくれるような――

 


「…………あ」



 ――その瞬間。

 俺の脳裏に、シュナと共に戦ってきた記憶が駆け巡った。

 それに影響されるようにして、ある一つの閃きが舞い降りる。


 それは、あまりにも突拍子もない方法。

 しかし理論としては成立している。

 成功するか失敗するか、確率は五分だが、試す価値は十分にあるはずだ。


(そのためにも、まずは……)


 俺は素早く後方へ跳躍し、幻影との距離を広げる。冷や汗が背中を伝う中、俺は幻影の次の動きを注視する。

 幻影の目が鋭く光り、両手で剣を掲げる。

 眩い光が刃を包み込み、空気が震え始めた。


「来る……!」


 次の瞬間、幻影が勢いよく剣を振り下ろすと、力強い斬撃が放たれる。

 それは空間を切り裂き、轟音と共に俺へ迫ってきていた。


 このまま斬撃を浴びれば敗北は必至。

 通常なら絶望感に襲われるはずの状況。

 だが、不思議と俺の心に迷いはなかった。


(俺にはまだ、この手段が残されている!) 


 俺は胸中に生じた確信に従うように、その言葉を叫んだ。


「ダーク・エンチャント!」



――――――――――――――――――――


【ダーク・エンチャント】Lv.1

 ・魔導のスキル

 ・属性:闇

 ・追加でMPを50%消費することで、自身の魔力に闇属性を付与する他、威力を30%上昇させる。


――――――――――――――――――――



 これは本来、魔法に闇属性を付与するためのもの。

 しかし厳密なスキル効果としては、魔力に闇属性を付与し、威力を30%上昇させるとしか書いていないのだ。


(なら、魔導以外のスキルであろうと、その効果は成立するはずだ!)


 魔力にダーク・エンチャントを使用すると、予想通り剣が黒く染まっていく。

 俺は確信の中、力強く剣を振るう。


 そう。これはいわば、剣と魔導の融合スキル――




「――――【ダーク・スラッシュ】!」




 俺の叫びと共に、漆黒の斬撃が剣から放たれた。

 闇そのものを切り取ったかのような黒い刃が、空間を裂くように飛んでいく。


 幻影の放った斬撃と、俺の漆黒の一撃が激突する――かと思われ直後、黒い刃がまるで飢えた獣のように、一方的に幻影の斬撃を呑み込んでいく。

 漆黒の斬撃はそのまま、幻影の体を深く斬り裂いた。


『っ……!』


 幻影が苦悶の声を上げる。

 その様子を見た俺は、小さく口の端を上げた。


(幻影のステータス上昇が10%なのに対し、こちらは【ダーク・エンチャント】によって30%の威力上昇――このまま押し切れる!)


 剣を振るう度に、一撃、また一撃と、まるで止まることを知らない黒い刃の連鎖が幻影に襲いかかっていく。

 幻影は必死に防御を試みるが、もはや無駄だった。

 漆黒の斬撃は幻影の防御を易々と突き破り、次々と命中していく。


 そして、



「これで、終わりだぁぁぁぁぁッ!」



 俺の雄叫びと共に最後の一撃が放たれ、漆黒の斬撃はそのまま幻影を真っ二つに切り裂いた。

 まるで闇に飲み込まれるかのように、幻影の姿が徐々に消えていく。

 最後の瞬間、幻影の顔に微かな笑みが浮かんだような気がした。


 そんな幻影を見つめながら、俺は安堵と達成感の中で小さく息を吐く。


「……勝てたか」


 それにこれは、ただの勝利ではない。

 【無の紋章】を持つ俺が最強に至るための道筋となる、確かなきっかけでもあるのだった。

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