第15話 ギルドマスター

 冒険者ギルドに到着すると、すぐにギルドマスターのもとへと案内された。

 職員はそのままギルドマスター室のドアをノックする。


「ギルドマスター、ゼロスさんがいらっしゃいました」


「どうぞ、中にお入りください」


 入室の許可が出たので扉を開けて中に入る。

 すると、そこにいたのは予想外の人物だった。


 まず第一印象としては綺麗な女性だった。

 ブロンドに近い茶髪を首元で揃え、落ち着いた雰囲気を漂わせている。

 年齢は20代中頃だろうか。ギルドマスターとしてはかなり若い印象だ。


 彼女は優雅に立ち上がり、柔らかな微笑みを浮かべて俺に向き直った。

 その仕草には気品が感じられ、まるで貴族のような佇まいだ。


「はじめまして、ゼロスさん。私は冒険者ギルド、シルフィード支部のギルドマスター、アリサと申します」


 その声は澄んでおり、耳に心地よく響く。

 柔和に細められたその瞳には、知性の輝きが宿っていた。


 そんな彼女はゆっくりと俺の前まで移動すると、深々と頭を下げた。


「この度は、ギルド所属の冒険者がご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」


 誠実さを感じる謝罪だ。

 とはいえ、罪を犯したわけでもない彼女から謝れるの少し居心地が悪い。


「頭を上げてくれ。貴方のせいじゃないのは分かっている」


「……ありがとうございます、ゼロスさん」


 アリサは柔らかい笑みを浮かべて感謝を口にした後、すぐにキッと真剣な表情になった。


「ゼロスさんが捕まえてくれた彼らですが、あれから余罪も幾つか見つかり、犯罪者として領主様に引き渡されることとなりました。今後は一生、生きるのを辞めたいと思うほどの重労働が課せられることでしょう」


 そこまで言い切ると、アリサは机の引き出しから金貨の袋を取り出し、そのまま俺に差し出してきた。

 見るからに大量の金貨が入っていそうだ。


「こちら、今回のお礼となります」


「助かるが……報奨金としては、かなり多いんじゃないか?」


 そう疑問を尋ねると、アリサは「実は……」と説明を切り出す。

 

「少し前にイルさんがいらっしゃいまして、自分は何もやってないからと報奨金を辞退されたんです。それで、できれば自分の分も貴方に渡してほしいと」


「……なるほど」


 そういうことだったのか。

 どうやらイルの奴が気を利かせたようだ。


「なら、ありがたくいただこう」


「はい、そうしていただけるとギルド私たちとしても助かります」


 俺はアリサから金貨の袋を受け取る。

 なかなかの重さがある。ショートソードを除き、ここまで家からの支援はなしでやってきたが……これだけあれば、装備やアイテムがかなり揃えられそうだ。


 そんなことを考えている俺に、ふとアリサが切り出す。


「ところで、ゼロスさんはこちらの所属冒険者ではないのですか? 名前を確かめてみたところ、該当する方がいらっしゃらなくて」


 アリサの声には好奇心が滲んでいた。

 その表情は、新たな才能を発見したかのように輝いている。


「ああ、これまでは所属無しでダンジョンを回っていたんだ。だけど、せっかくだから今日登録しようと思っている」


「本当ですか!? それは助かります! 実力者が一人でも増えてくれると、ギルドにとってもありがたいですから!」


 アリサの笑顔が一層明るくなる。

 彼女は優雅な動きで登録書類を取り出すと、俺に渡した。


「問題ないようなら、ぜひこちらに記入をお願いします」


「ああ、分かった」


 登録書類を受け取り、俺はまず一通り目を通す。

 注意事項や規則については特に問題ない。


 そして記載項目は名前、レベル、紋章名の三つになっていた。

 名前と紋章名は必須。レベルについては任意らしいが、まあ特に隠すことでもないだろう。


 むしろそれで言うと、隠しておきたいのは名前の方だ。

 俺が貴族――もっと言うと領主の息子であることがバレたら、面倒ごとに巻き込まれる可能性がある。

 冒険者として活動する上で、できれば家名は明かしたくなかった。


(……一応、家名は省略しておくか)


 記載中、アリサは静かな雰囲気を避けるように口を開いた。


「そういえば取り調べ中、彼らが奇妙なことを口走っていまして」


「奇妙なこと?」


 俺が顔を上げると、アリサの瞳に好奇心の光が宿るのが見えた。


「はい。何でも、ゼロスさんが【無の紋章】持ちであるにもかかわらず自分たちを圧倒した。それもスキルを使って――こう言っていたようなんです。ふふっ、さすがに無茶がありますよね」


「………………」


 どうやら、イルの危惧通りの事態が発生していたらしい。

 まあ、予想通り冗談として受け取ってるようだから問題はないだろう。


 そのタイミングで、俺は記載を終える。


「書けたぞ」


「ありがとうございます……あれ、【無の紋章】なのは本当だったんですね」


 アリサの声には驚きが滲んでいたが、それ以上に興味深そうな様子だった。


「それだと登録できないか?」


 【無の紋章】はこの世界では無能の証明らしいため、一応の確認として尋ねる。

 だが、アリサはすぐに首を振った。


「いえ、問題ありません。少し驚いてしまっただけです。スキルもなく彼らを圧倒したということは、さぞ実力者なのだろうと思いまして――」


 なぜか、突如としてピクリと動きを止めるアリサ。

 いったいどうしたのだろうか。


 しばらくそのままでいたかと思ったら、彼女はゆっくりとこちらに顔を向ける。

 その表情には、驚きと困惑が入り混じっていた。


「あ、あの、レベルが16と書かれていますが……」


「ああ、そうだけど」


 頷くと、アリサがバッと立ち上がる。


「ちょ、ちょっと待ってください! 昨日ゼロスさんが捕えた彼らは平均レベル20越えのEランクパーティーですよ!? それをレベル16の【無の紋章】持ちが一人で倒しただなんて、とても信じられません! ……本当は歴戦の戦士とかだったりしませんか?」


「………」


 歴戦の戦士と来たか。

 クレオン時代ならともかく、少なくとも今のゼロスは違う。

 ので、正直に答えることにした。


「違うな。そもそも紋章を得たのだってたった三日前だし」


「みっ!?」


 許容量が限界を迎えたのか、それを最後に言葉を失うアリサ。

 彼女の表情は固まり、まるで芸術作品のように動かなくなった。


 ……そこまで衝撃的だっただろうか?

 クレオンではこれくらい普通だった。

 いや、なんなら今の俺はスキルの習得を優先していることもあり、かなり遅いくらいだろう。


「…………(ぽかーん)」


 しかし、アリサにとってはかなりの衝撃だったらしい。

 彼女が現実に戻ってくるまでもう少しかかりそうだった。


 アリサの驚きようを見ていると、この世界での常識と俺の感覚のズレを改めて実感する。これからはもう少し気を付ける必要がありそうだ。

 俺は一瞬だけそう思うのだった。

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