第14話 姉と兄


「ゼロスお坊ちゃま、レーナお嬢様よりお手紙が届いております」


「ああ、ありがとう」


 【棘針の巣窟】を攻略した翌日早朝、使用人から手紙が届けられた。

 差出人は王都のアカデミーに通う二つ上の姉、レーナだ。


(このタイミングで、何の用事だろう?)


 疑問に思いながら、俺は手紙を開く。

 そこにはギッシリと直筆の文字が書かれていた。



『愛する弟、ゼロスへ。


 ゼロスが紋章天授を終えたと聞きました。

 アカデミーのクエストと被ったせいで行けずにごめんなさい。

 本当は抜け出してでも行こうと思っていたのですが、パーティーメンバーから止められ一夜を通した戦闘になりました。

 こちらが一人なのに対し、相手は全部で五人。全員が私とゼロスの姉弟仲を引き裂こうとしていたのです。ひどいと思いませんか?

 戦闘にはなんとか勝ったのですが、荒れた肌をゼロスには見せたくなかったので泣く泣く諦めました。とても悲しいです』



「長い、そして怖い。てか勝ってるのかよ」


 手紙の途中だが、俺は思わずそう呟いた。


 姉の愛情表現は相変わらず激しい。

 家にいた時の過剰なスキンシップを思い出しつつ、続きを読む。



『紋章天授に話を戻します。

 ゼロスが授かったのは【無の紋章】だと聞きました。

 世間一般ではスキルの一つも覚えられず、無能と言われている紋章ですね。

 ――どうやら、世の中にはバカしかいないようです。

 私の愛するゼロスに与えられた紋章が無能? そんなはずがありません。

 きっと【無の紋章】には、この世の誰もが知らない特別な力が秘められているのでしょう。

 それを使いこなすゼロスの姿をこの目に焼き付ける日を、今か今かと待ち望んでおります。なんなら今すぐにでもそちらに向かいたいくらいです。

 そうです、学院長に直談判して来ようと思います。待っていてください。

 倒してでもすぐに向かいます。


 貴方の愛するお姉ちゃん、レーナより』



「…………」


 これで手紙は終了のようだった。

 何か最後に怖い一文があったが、さすがにレーナとはいえには勝てないだろうし気にしないでおく。


 それにしても既に紋章天授のことを知っているとは、情報の入手が早い。

 誰か屋敷内の使用人にでもお願いし、結果を知らせるよう頼んでいたのだろうか?


「それにしたって、まだ三日しか経ってないぞ? 普通なら手紙が往復する時間なんてないはずなんだが……」


 一応この世界には魔法速達という、シルフィード領から王都まで一日程度で情報を届けられる手段も存在する。

 それを使えばこの速度も納得だ。

 ただ、魔法速達はかなり高額なはずだが……それだけ一刻も早く、この内容を伝えたかったということだろう。


「……?」


 思わず出た感想を、俺は一旦忘れることにした。


 手紙の内容で痛いほど分かることだが、姉のレーナは昔から俺に対する愛情がやけに重く、それだけが唯一の欠点だとよく言われていた。


 ちなみにレーナの紋章はかつての俺と同じ【剣の紋章】であり、実力はアカデミーでも飛びぬけているとのこと。

 容姿端麗の見た目も相まって、同級生たちからは男女問わず人気らしいが、浮いた話はこれまで一つもないらしい。

 不思議なことだ。


「……っ」


 なぜか俺の背筋がゾクリとしたが、それはさておくとして。


 ここでふと、俺は冒険者ギルドから呼び出されていたことを思い出した。


「せっかくだ、行くついでに冒険者登録でも済ませておくか」


 ダンジョンの中には、冒険者登録を済ませていないと挑めない場所が幾つかある。

 今すぐに登録しなければいけないわけではないが、早く済ませる分には問題ないだろう。


 俺は装備を整えると、自室を出て屋敷の玄関に向かう。

 そのまま外に出ようとしたその時だった。



「これはこれは! 無能がいっちょ前に装備を整えてどこに行くつもりだ!?」



 声がした方向に視線を向ける。

 するとそこには金髪の少年――俺の腹違いの兄、ディオンがいた。


(面倒な奴に見つかった……)


 平静な顔を装いつつ、俺はとりあえず質問に答える。


「ただ町の方に出かけようと思っただけだ」


 俺の返事を聞いたディオンは「ハッ」と鼻で笑った


「なんだ、装備からして魔物と戦いに行くとでも思ったぞ。まあそんなわけないか、何せお前は無能なんだからな!」


 嘲笑うディオン。何か言い返してやりたい気持ちと、面倒だから無視して離れたい気持ちが混在する。

 とりあえず、ため息交じりに応対することにした。


「そういうお前は、確か魔物と戦った経験があるんだったか?」


「当然だ! 既にレベルも40を超えている! お前のような無能には一生たどり着けない数値だ!」


「……ふむ」


 思ったより高かった。Dランク冒険者に相当する数値だ。


 ディオンは俺より半年近く誕生日が早く、その分だけ早くに紋章を受け取った。

 さらにはシルフィード家の護衛付きでダンジョンに行っているという話を噂に聞いたことがある。

 それゆえ、かなりのハイペースで高レベルに到達しているのだろう。


(まあ、【全の紋章】が厳しいのは、初心者域を超えたこの辺りからなんだが……)


 わざわざそれを伝える必要もないだろう。

 いきなり激昂されると面倒だし……


 そんなことを考えていると、ディオンがさらに笑みを浮かべる。


「なにはともあれ、お前のような奴じゃ王立アカデミーの入学試験には通らない……いや、そもそも父様に試験を受けさせてもらえるかどうかか」


「…………」


 アカデミー。

 その単語を聞き、真っ先に思い浮かんだのは既に通っている姉の姿――って、そうじゃなくて。


 切り替えて、俺はその単語について知っている情報を思い出す。


 王立アカデミー。

 それはここアレクシア王国に存在する世界最高峰の教育機関。

 約150年前に作られた学院であり、クレオンの舞台であった1000年前には存在すらしていなかった場所だ。

 貴族にとって王立アカデミーを卒業するのは最高の名誉であり、貴族社会で生きていく上で最大の武器となる。


 とはいえ正直なところ、強くなるだけなら効率よくダンジョンを廻ってスキルを獲得すればいい。

 ゲーム知識のある俺にとっては、無理に通う必要のない場所なのだが……


(できれば、アカデミーには少しでいいから通いたいんだよな)


 前世の記憶を取り戻した後、色々と調べる中で、アカデミーに関してがあった。

 三年まるまる通うのはあれだが、ひとまず入学だけはしておきたい事情がある。


 そして、そのための入学試験はもう間もなくに迫っていた。


(どう転ぶかは分からないが、とにかく急いで実力だけはつけておかないとな)


 そう決意した俺は、悪態をつき続けるディオンをいなし屋敷を後にした。

 後ろから怒声が聞こえるが、無視だ無視。


 屋敷からある程度離れたタイミングで、俺は改めて姿勢を整える。


「よし、それじゃ行くとするか」


 目的地は当然、冒険者ギルドだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る