第6話 冒険の始まり


 幾重にも重なる野鳥の鳴き声が、旅立ちを彩るファンファーレの様に耳を楽しませる。ユーゴにとってゴルドホークは、18年過ごした故郷だ。しかし未練は特に無い。信頼する仲間との冒険の始まりに、逸る気持ちを抑えられないでいる。


 レトルコメルスまでは徒歩でおよそ一週間の道のりだ。

 貴族等は飼い慣らしたスレイプニルで移動するらしいが、ゴルドホークの様な田舎町ではレース用のスレイプニル以外見た事がない。馬での移動も考えたが、餌の事もあるうえに、魔物に食い殺される事もある。荷物はエミリーの空間魔法があるので荷馬も要らない。徒歩で移動する事にした。

 

 不揃いの石畳で舗装された街道は、馬車が行き違っても余裕がある程に広い。行き交う人々は商人や冒険者。街道沿いでも魔物は出る。盗賊の類もいる為、商人は冒険者を雇って町を移動するのが普通だ。

 

「トーマスはここに来て三年だったっけ? 『ノースライン』出身だったよな?」

「うん、この町に着いて少ししてユーゴと出会ったんだよね」


 ノースラインは、ウェザブール王国の最北端の町だ。ゴルドホークの北西にある。らしい……さっきトーマスに教わったところだ。


「エミリーは? そういや聞いたことなかったな」

「私は四年くらいになるかな。過去は……あんまり話したくないかな……」

「あ……いや、無理に話す必要ないよ。ごめん」


 いつも明るいエミリーが、珍しく顔を曇らせて俯いた。ユーゴは急いで話題を変える。

 

「Bランクの試験も三人で受けたんだよな。懐かしいな、二人と出会えて良かったよ」


 昔話をしながら、真っ直ぐに伸びる街道を進む。歩を進めるにつれ、エミリーはいつもの笑顔を取り戻し、二人はホッと胸を撫で下ろした。


  

 日が暮れる前に、野営の準備をしなければならない。まだ日が高いうちにちょうどいい河原を見つけた。

 川のせせらぎが耳に心地よい。川で汗も流せるし、衣類も食器も洗える。水辺は野営に最適な環境だ。


「オレ、薪になるような物見てくる。トレントがいれば良いけどな。晩飯も良いのがいたらゲットしてくる!」

「私も行くよ! 薪と食料運びするよ!」

「じゃあ、僕はテント張って準備しとくかな」


 トーマスは盾役だが、ユーゴと出会う前は一人でも依頼をこなしていた。片手剣で攻撃するし、魔法も使える。街道の魔物くらいなら一人でも問題ない。


 森に入って割と歩いたが、獲物はいない。迷わないように気をつけて進む。

 ガサッと何かが動いた。周りを注意深く見渡すと、周りの樹木とは少し違う低い木見つけた。

 Dランクの木の魔物、トレントだ。周りの木に同化して、近づいて来た獲物を襲う。ただ、すこぶる弱い。わざわざ薪を持ってきてくれるとは、手間が省けていい。


「私に任せてよ! 新しい杖試したいし」

「よし任せた、間違っても火魔法ぶっ放すなよ」

「そこまで馬鹿じゃないし!」


 エミリーは回復補助役に回っているが、魔法アタッカーとしても優秀だ。


『火魔ほ……』

「ぅおーい!!」

「いらないこと言うから釣られちゃったじゃん!」


 エミリーは息をフゥと吐き出し、気を取り直して杖を構える


『風魔法 殺戮の斬風ウインド オブ スレイ!』


 無数の風刃が、風切り音と共にトレントを襲う。 あっという間に薪サイズに切り刻まれた。


「Dランクに対してえげつない魔法使うんだな……」

「あっ! あっちにイノシシいるよ!」


『風魔法 風の矢ウインドアロー!』


 風の矢がイノシシの頭を貫通し、少し走って倒れた。


「うん、威力も精度も上がってる!」

「オレ何もしてねーよ……」


 トレントの薪とイノシシをエミリーが異空間に収納し、傷を付けた木を頼りに慎重に引き返す。 

 

 トーマスの元に帰ると、テントの設営、かまどと鍋料理の準備、食器の配膳まで全て終わっていた。

 何かの肉まで準備してある。


「さっき野生のスレイプニルが近くを通ったから、狩ってある程度処理しといたよ。イノシシは早く血抜きしないと臭みが出るから処理してくるね。火を起こして鍋を煮ておいてくれるかい?」


 トーマスに言われた通り、河原の石で作ったかまどにトレントの薪をやぐら状に組み、火魔法で着火する。

 

 鍋が煮えた頃トーマスが戻ってきた。


「鍋の中は馬肉のポトフだよ。馬系の魔物は体温が高くて、雑菌が繁殖しにくいから生でも食べられるんだ。お皿の生肉は塩で食べてみてよ。生レバーも美味しいよ」


 ポトフは馬肉と野菜の旨味がスープに溶け込んで、すごく美味しい。

 生の馬肉は初めて食べる味だった。さっぱりとした良質な脂がほんのり甘い。生のレバーもクセがなく食べやすい。

 これ程の料理が野営で食べられるのは、間違いなくトーマスのお陰だ。

 

 ユーゴは、ただ食べているだけの自分を客観視し、情けなくなってきた。


「おいしー! 野営のご飯じゃないね! スレイプニルってお金賭けるだけじゃなかったんだ!」

「エミリーのお陰で、野菜も調味料も大量に持ち運べるからね。栄養が偏らずにありがたいよ」


「てか、なんでユーゴは落ち込んでんの?」


 エミリーのその言葉でハッと我に返った。

 露骨に落ち込みすぎたらしい。


「いや……トーマスは盾役をこなしながら一人でも魔物を倒せるし、野営の知識や料理の腕もある。エミリーの魔法も強力だし、回復、補助は完璧だ。空間魔法もすごいよ。オレは今日何もしてないし役に立ってない。二人より優れてることが見当たらなくてさ……」


 トーマスとエミリーは、首を傾げて目を見合わせた後、ユーゴに向き直った。


「何言ってんの? ユーゴがいなかったら、誰がAランクの魔物なんて斬り倒せるのさ。Bランクでも私達だけじゃきついよ」

「そうだよ。ユーゴほどの剣士、探したってそう見つかるもんじゃないんだから。僕達二人はラッキーなんだよ」


 二人はユーゴが思うよりもずっと彼を信頼していた。それを聞いて安心したユーゴの目から、ツーっと涙がこぼれ落ちた。


「あー! ユーゴが泣いてるぅー!!」


 エミリーが腹を抱えて笑っている。

 だが、悔しいことに涙は止まらない。


「トーマス……野営の方法や料理、オレにも教えてくれよ……」

「そんな事気にすることないのに……。分かったよ、明日から一緒に準備しよう。食材は十分にあるからね」


 美味しい料理を腹いっぱい楽しんだ後、お姫様を一人テントに寝かせて、ユーゴとトーマスは交代で見張りをした。どんな魔物に襲われるか分からない。街道沿いとはいえ見張りは必須だ。

 

 特に何事もなく朝を迎え、旅を再開する。

 次の日も順調に旅を進めた。


 

 しかし、三日目の夜だった。

 ユーゴが見張りの番の時に、周りに多数の気配を感じた。


「おいトーマス、お客さんだ。エミリーは起こさなくてもいい」

「魔物かい?」

「いや、盗賊か何かだろう。弓兵が伏せてる。エミリーのテントごと盾を張れるか?」

「分かった」

 

『守護術 シールドシェルター』


 トーマスが気力のバリアを張り巡らせる。 

 思ったより大人数だ、魔法で応戦する。


『火魔法 火炎殺ブレイズキル


 先制攻撃だ。

 ゆっくり近づいてきていた剣士達を、火魔法で炙る。


「「「ギャァァァ!」」」


 その声で、バラバラに四方から気力を帯びた矢が飛んできた。が、トーマスの守護術が全てを防ぐ。


『風魔法 魔の暴風エビルストーム


 中距離魔法で、弓の出処に攻撃する。

 魔力の嵐が弓兵達を巻き上げた。


 炎で炙られた者、嵐で地面に叩きつけられた者、盗賊全員がうめき声を上げてのたうち回っている。

 ユーゴはゆっくりと歩いて近づき、静かに声を掛けた。

 

「まだやるか?」


「「「ひぃー!」」」


 盗賊達は、バラバラに逃げて行った。

 瀕死の者はいるだろうが、恐らく殺してはいないだろう。

 

「オレ、人族の相手なんて初めてしたよ」

「この暗い中でよく全滅させたね……」


 エミリーは朝までぐっすり寝ていた。

 お金は銀行に預けているとはいえ、割と持っている。気を引き締めなければならない。


 その後は実に平和な旅路だった。

 そして、ゴルドホークを出て一週間、予定通りに次の町に到着した。

 

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