世にも奇妙なショートショート集。

不感症

#001 脚本家

M氏の仕事は、脚本家であった。

脚本家と言っても、映画やTVドラマのほか、舞台、バラエティ番組、ゲームなど、さまざまな種類の仕事がある。

そんななか、M氏の脚本家としての仕事は一風変わっている。

その仕事というのは、人にどんな夢を見せるか、つまり、「夢の台本」を書くことだった。



夢。それは、現実と非現実の曖昧な境界線上の空間。

そこでは、様々な不思議な体験が出来ると言われている。

溜まった過去の記憶や直近の記憶が結びつき、それらが脳で処理され、ストーリーとなって映像化したものが夢である。



M氏が書いた台本は業者へ渡される。

眠りにつき少し時間が経った頃に、業者が脳に直接指示をして、1日の出来事や脳に蓄積したあらゆる情報を整理させる。

業者に渡されるカルテをよく見て、その日良い行いをした者には良い夢を、悪行を働かせたような者には悪夢を というような単純な仕事ではない。

例えば、昨夜酷い夢を見た社長が、翌朝からその日の夜まで機嫌が悪く社員に強く当たった。そのようなことが起きてしまうと脚本家としてやはり責任を感じるし、本望ではない。

1ヶ月間その人の夢を担当するのだが、その人の「昨夜見た夢と翌日の行動の関連性」を把握できていない月の初めは、特に難しい仕事である。



「あー、むしゃくしゃする」

その日のM氏は、機嫌が悪かった。ずっと好きだった人に振られ、それを親友であるS氏に伝えると笑われたのである。お前には釣り合わない、と。

「6月に入ったので、名簿が新しくなりました。今日のカルテ50人分です」

「はい。ありがとうございます」

仕事にもなかなか本腰が入らない。何となくモヤモヤした気持ちのまま台本を書いていたのだが、ひとつのカルテがM氏の目を丸くさせた。

S氏のカルテである。偶然とは思えなかった。




「できた」




 ◇◇◇



あなたの親しい友人も、帰宅したら夢を書いているかもしれない。


あいつと喧嘩した日に限って悪夢を見る。


果たして本当に偶然だろうか。

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