ずっきゅ’n’はぁと~1%の誤算~

さとみ@文具Girl

第0話 前日談~恋は情熱と勢いがすべてだぜ!~


「梅雨が明けたとたん、これだからイヤになるな」


 僕はそうつぶやいてコンビニのドアを引いた。


 中学校からの帰り道。コンクリートからユラユラと陽炎が見えた。


 衣替えで半そでのカッターシャツになっても、風が通らないし蒸れてばっかり。とても暑くて敵わない。


 僕と親友の乾善次郎は、通っている中学校から徒歩数分にある最寄りのコンビニで涼みながらおやつを探していた。


 梅雨明けで暑い今日のデザートに、僕はカップタイプのミルクアイスを選んだ。我ながらナイスチョイスだと思う。


 ひと足先にレジで会計を済ませると、善次郎を探した。こいつは相変わらずイチゴジャムパンを手に持って、ポケットから財布を取り出したところだった。


 善次郎は夏でも冬でも寝ても覚めても家でも学校でもイチゴジャムパンを食べている。どんだけ好きなんだ、イチゴジャムパン。というか、飽きないのか?


「よく飽きないな」


 僕の口は思わず尋ねていた。善次郎はニヒルに笑って見せる。


「飽きないな。それにこういうのは〈一途〉って言うんだぜ」


 善次郎も会計を済ませると、二人でイートインスペースに腰かけた。店内もイートインスペースもガラガラ。店員さんはバックヤードに行ったことだし、僕はだらしなくイスに腰かけるとアイスのフタをとってペロッと舐めた。


「なあ、幸喜。お前本当に良いのか?」


 となりでイチゴジャムパンをほおばる親友が、僕を憐れむように言った。


「何がだよ」

「分かってんだろ? 宇佐美先輩のこと」


 僕は〈宇佐美先輩〉の名前に顔がカッと熱くなった。


 善次郎は「分かりやすいなあ、お前は」とため息をついてジャムパンと一緒に買ったミルクティーをごくごくと飲んだ。


「このままだと片思いのまま終わるんだぞ? だったら玉砕覚悟で告白しろよ」

「片思いのままだと限らないし、玉砕するとも限らないだろ?」

「確率、どんぐらいなの?」

「……三十パーセント?」

「ひっく」


 善次郎はしばらくムシャムシャとパンをほおばっている。合間にゴクッとミルクティー。


「夏休みに入ったら、その三十パーセントも無くなるんじゃね?」

「こ、怖いこと言うなよ」


 僕はそう言ってアイスの硬い表面に木のスプーンをプスプスと差した。表面をほぐしながら思い浮かべるのは、宇佐美先輩のほほ笑む顔だった。




 宇佐美先輩は僕の一学年上、二年一組の図書委員だ。ちなみに僕と善次郎は一年一組。


 そして僕は運悪く図書委員に選ばれてしまった。本なんて読まないのに、図書委員。善次郎が悪いんだ。こいつが図書委員の選抜のときに僕の脇をくすぐったから、思わず両手を上げた僕が図書委員に立候補したと思われて、イヤだっていうヒマもなく選ばれてしまったんだ。


 あのときは本当に善次郎を呪った。


 でも、図書委員の集まりで宇佐美先輩と出会った瞬間、図書委員に選ばれたのは運命で、善次郎に心の中で(ありがとう)と三回は言った。


 宇佐美先輩は長い黒髪ストレートに、メガネが似合うキレイな先輩だった。スカートは他の生徒たちより長いし、春先の四月だというのに厚手の黒いストッキングを履いているのが妙に僕をどぎまぎさせた。


「猪野幸喜くんね。よろしく」


 鈴が転がるような落ち着いているけど凛とした声に、僕は「よろしくお願いします」と言うのが精一杯だった。


 僕の初恋で一目惚れだった。


 週に一日、月曜日の昼休みと放課後に図書委員の仕事で顔を合わせては、少しずつ話せるようになった……と僕は思っている。少なくとも宇佐美先輩には彼氏がいないことを聞きだせるぐらいには。


 そして三か月。あと一週間で夏休みに入ってしまう。


 夏休み中は図書委員の仕事がないし、帰宅部の僕とサッカー部のマネージャーの宇佐美先輩とでは出会えるタイミングがない。宇佐美先輩は塾とかに行っているわけじゃないし、休みの日はどう過ごすのか尋ねても「家でのんびり読書かな」って答えだった。色白の宇佐美先輩に「一緒に海でも行きませんか!」なんて逆立ちしても言えない。プールなら誘えるかな? いや、ムリだ。もちろん、宇佐美先輩の水着姿が見たいけど……。




「なあ、幸喜」

「っな! ななな、なんだよ善次郎」


 うっかり宇佐美先輩の水着姿を想像していたのがバレたのかと、思わずアイスのスプーンを取り落としてしまった。しかし善次郎はただ僕を呼んだだけみたいで「なに慌ててんだよ、ヘンなヤツ」とだけ言って、ジャムパンの最後のひと口を食べた。


「こないだも言ったよな? 魔の中二夏休みがあるって」

「あ……ああ。中二の夏休みになるとあちこちでカップルができるって。でも宇佐美先輩はそんな軽くないよ」

「分かんねぇぞ。サッカー部は校内屈指のイケメン揃いだしな」


 僕はその言葉にグッとうなった。たしかに一年生のサッカー部だってみなイケメンがそろって入部しているし、二年生三年生だってなかなか有名なイケメンが所属している。そして宇佐美先輩はモテる。僕が知っているだけでも、この三か月で二回告白されている。


「三か月で二回、告白されてて、夏休みはもっとプライベートに踏み込んでく男があらわれるぞ」

「まさか」

「おいおい、幸喜。お前も男だろ? オオカミだろ?」

「オオカミと言うか、イノシシな」


 僕の名前は、猪野幸喜。オオカミと言うよりイノシシだ。


「そんなこと言ってんじゃねえよ」


 そう言って善次郎は僕のアイスを奪って大きなひと口を食べてしまった。


「あっ!」

「いいか? 中一の夏はまだ右往左往している時期だ。中三の夏休みは受験勉強の過渡期だ。じゃあ中二の夏は? 唯一の自由で青春謳歌の時期なんだよ!」


 善次郎はそう言ってアイスを僕に押しつけるように返した。見ればほとんど残りは溶けていた。


「だからって、告白して付き合ってもらえるかな?」

「ひよってるなあ」


 善次郎は僕を憐れむように見ると、小さくため息をついた。


「俺のアニキを知ってるな?」

「彼女が途切れたことがない高校二年生の?」

「ちがう! それに途切れたことがない、だと語弊があるだろ? 一途に交際続けて、今年で三年目!」

「それはすごいな」


 僕はアイスのカップ口を曲げて残りを飲み干した。


「で? そのお兄さんがどうした?」


 善次郎がもったいぶるようにニタニタ笑いながら小声で話し出した。


「アニキの受け売りだ。俺たちの学校の裏手に、小さな石屋があるだろ?」

「石……ああ、天然石とかだっけ? 女子が好きだよな」

「そうそれ。そこに〈恋愛運爆上がりの石〉っていうのが売ってるんだって」


 石? 石ってその辺にあるような石だろうか? それとも、母さんがよくうでに着けているようなビー玉のような石のことだろうか? しかし、そういう石は高いと母さんが言っていた。


「でも僕、お金ないよ」


 そう言って財布を取り出した。今のアイスが百八十円。一枚だけあった千円札で買ったから、残りは八百円少々。


「大丈夫だって。アニキが言うには五百円ぐらいで買えるって」

「本当? なら僕でも買えるか」


 僕は〈恋愛運爆上がり〉という親友の受け売りに早速心が揺らいでいた。


「でも石を買ったぐらいでうまくいくか?」

「神社で縁結びのお守りをもらうのとどう違う?」


 善次郎の言葉に僕は納得した。


「じゃあ今から――」


 僕は立ち上がってリュックを背負うと、善次郎が「げ」と顔をゆがめた。目線の先には窓ガラスの向こうに仁王立ちしている女子中学生の姿――。


「あんたたち! 買い食いは校則違反よ!」


 根津だった。


 根津美々子。


 一年一組の学級委員。


 鋭い目つきが怖い女の子。


「おい、幸喜。二手に分かれて逃げるぞ」

「う、うん」


 僕と善次郎はゴミ箱にそれぞれゴミを放り込むと、コンビニを出てすぐ二手に分かれて走った。


 根津はどちらも追いかけなかったが「明日、岸先生に言いつけるからね!」と怒鳴っている。根津の大迫力の声に押されるように、僕はまっすぐ家路についた。




「じゃ、帰りに寄ってみろよ」


 翌日の放課後。


 職員室を出た僕と善次郎は、くつを履き替えて校門に向かって歩いていた。ちなみにたった今、担任の岸先生に買い食いを注意されたところだった。


「さすがに今の今ってダメじゃないか?」

「買い食いがダメなんだろ? 石は食い物じゃない」

「屁理屈だな」


 僕はクスッと笑う。善治郎はケロリとしていて僕の肩をバシバシと叩いた。


「俺はプログラミングの塾があるから帰んないといけないけど、お前は今日行け。明日の放課後は委員会の集まりだろ?」

「そうだけど……まあ、見てみるよ」

「がんばれよ」


 善次郎はニッとはにかむと、リュックを右肩に背負って駆けて行った。


「がんばる……しかないよな」


 僕は通学路を逆に歩き始めた。


 学校裏は意外とおしゃれなお店が数軒に渡って並んでいて、カフェや雑貨屋に並んでその石屋があった。


「よかった……今日は生徒が少ないや」


 もし女子生徒がわんさかいるようだったらやめようと思っていたけれど、むしろ客の一人もいなかった。


(本当に効果があるのか?)と思わず不安になるぐらい、人気がない。


「あ、お客さんだ、こんにちは。いらっしゃいませ」


 人気がないと思っていたら、あごひげをまだらに生やした三十そこそこのおじさんが顔を出してきた。


「こ、こんにちは」


 僕は軽く会釈すると、そっと店内に入った。それから目のはしでおじさんを観察してみた。


 ポロシャツにジーンズのラフな格好をしているけれど、シャツの胸元には〈石屋エンジェル〉と刺しゅうがあるのに気づいた。


(この人がお店の人?)


 余計に恋愛運が上がらなそう、と僕は感じた。


「キミは何を探しに来たの?」


 その人は人のよさそうな笑顔を浮かべてたずねた。


 僕は言おうか迷いながら「あの、恋愛運が上がる石があるって聞いて」と小さな声で答えた。


「うん?」


 おじさんは首を傾げた。


 もしかして僕の言葉が聞き取れなかったのだろうか――と思っていると「ああ、天使の石ね」と合点したようにうなずいた。


「天使の石?」

「そう。恋愛運爆上がりで有名な石だよ」


 そう言うと、おじさんは僕をレジ横に連れて行った。そこにはたくさんの石がジャラジャラと積まれているカゴが置いてあった。


 どれも大きさはだいたい、ウズラの卵ぐらいだろうか。


「一個五百円。好きなの選びな」

「好きなの?」


 中の石は乳白色から淡い色んな色の石がいろいろとあった。どれもパステルカラーでキレイだと思った。少なくとも僕が知っている水晶とか、そういう石とは違って見えた。


「直感で選びな。キミの相棒になってくれるかもしれないんだから」

「直感」

「悩んだら目をつぶって、くじ引きみたいに選ぶのもありだよ」


 そう言ったきり、おじさんは店の奥に行ってしまった。僕が石を万引きしちゃうかもなんて露にも思っていないんだろう。


(まあ、盗む度胸があれば宇佐美先輩に告白してるよな)


 僕はジャラっと手を石の中に突っ込んだ。そしていろんな石を触ってみた。でも目をつぶらなかった。


「あ」


 僕は次の瞬間、吸い付くように手の中におさまった石を拾い上げていた。イエローとピンクがマーブル模様を描いている不思議な石だった。


「はい、五百円ね」


 おじさんはいつの間にか僕の背後に立っていた。僕は一度、石をおじさんに預けてから、財布を広げ、五百円玉を差し出した。


「ねえ、なんで天使の石っていうか教えてあげようか?」

「え? あ、はい」

「それはね」


 おじさんは五百円玉と交換するように僕に石を返した。


「百個に一個は本物の天使が石に宿っているからだよ。まあ、キミのに宿っているかは知らないけどね」


 にっしっし、とおじさんは笑う。僕も引きつるように笑いながら店を出ようとした。


「ま、ハズレても落ち込むなよ。天使の石はどれも恋愛運に効果ありの石だからさ!」


 僕は店先を少し進んでから振り返った。おじさんはニコニコと笑いながら手を振っている。僕は会釈すると、石をにぎって駆けだした。


 ヘンな店だ。いつからあったんだろう。


(善次郎のアニキが三年前、今の彼女と付き合うために石を買ったんだって言っていた。なら、三年前にはもうあったんだろう)


 その割にはくすんだ内装の店だったと僕は思った。


「効果、あるのかな」


 信号で立ち止まるたびに僕は手のひらを広げて石を眺める。ただただ陽の光を浴びてキラキラとしている。僕の汗ばむ手ににぎっていたのに、いつまでも冷たいのが不思議だった。


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