第50話 悪魔は死んでいない・11
「アリス。そいつの義手に気をつけろよ。ま、この瞬間だけお前は誰よりも強いから、心配ねぇかぁ。平民なんかじゃあ、お前はヤれねぇよなぁぁぁああああ」
レオナルドが面白がって、ふらつきながら歩いてくる。
ヨタヨタと情けない歩き方をしている。
それに今更ながらの、新情報が手に入った。
要らないけど
男は魔力を出す。そして女はそれを受け取る。
女を殺すには性交中を狙わなければならない。
オーガズムに達した瞬間なら尚のこと良い。
だから、アリスを殺せる瞬間も存在した。
こんな童貞の平民にアリスを殺すなんて、不可能だろうけれど。
——もう、いいよ。
「なんとか言ってよ!ボイル! 私が憎いんでしょ?その剣でいつものように殺せば? 殺すの大好きなんでしょ? 私はねぇ、…傷ついている貴方が好きだった。そして貴方を想いながら、ご主人様に跨るのが大好きだったの…」
もう、無理。死にたい。
動かない。なにも喋らない。
放心状態?
ショック状態?
本当に何も考えられない。
「利用されるだけ利用されて…、本当に情けない男。貴族の道具に過ぎない男。良かったわね。公爵様のおぼっちゃんに気に入られて。ギロチンに細工をしてもらって…」
そして一歩ずつ、アリスが短剣を持って近づいてくる。
確かに魔力が漲っている。そういう原理もあったのか。
どうして貴族が妹たちを犯すときに、半殺しにしていたのか。
男の魔力が女に宿るから。だから、中途半端に弱い貴族はそれを恐れていた。
あぁ、違う。男にも同じことが言える。流石はロドリゲスの男色家。
アリスは無傷。本当に良い家にいけたのだ。
「なんとか言って?その声を聞かせて?だって…、今日が最期なんでしょう?」
早く殺せと思う。
でないと……
どういうわけか……
意志とは無関係に、陰茎に魔力が集中し始める。
どうして?
こんな思いをしたのに?
なんで、こいつは……、なんで俺は……
——立とうとしている?
分かる。
心の底から煮えたぎる、欲情と愛情と劣情と憎悪。
凄まじい殺人衝動。臓腑が沸騰しそうになる。
あぁ、そうだよな。お前がいるんだったな。
悪い。…忘れてた。
「えっと…」
「へ…?」
そして陰茎は自らのローブを剥ぎ取った。
間違えた。ボイルは自らの服を剥ぎ取った。
王の血を引くアリスに、ただ一本の竹槍で立ち向かう平民。
「あれ…。こんなだっけ」
違う。
こんなにも雄々しく逞しいソレを、俺は知らない。。
「へ、へぇ。あれで興奮してたんだ…。やっぱ、マゾ…。私、マゾって嫌い」
その瞬間に振り下ろされるアリスの短剣。
そして切り落とされる男の竿。大出血を伴う、見事な切り落とし。
見ていて、本当に心を抉る。他人のでも。
「お、お、お、お、お前‼何やってんだぁぁぁぁああああああああ‼」
可哀そうに。レオナルドは竿を根元から失っていた。
そして侯爵家の長男はそのまま倒れた。
死んではいないだろうが、魔力が放出された状態だ。
あの出血で意識を失ったのだろう。
「え…。あれ?私…、どうしてレオナルド様のを…!?……ボイル、貴方ね。貴方、私に、それにしても……なんて立派なの?どうしてソレを私に早く…見せて…くれ……なかったの?」
短剣を持ったアリスが再びボイルのところへ。
だが、ボイル自身は考えることを止めている。
だから、アリスはそのままボイルを押し倒した。
「アリス、そのままそいつを殺せ!レオナルドなら助かる!もう少し回復すれば……、回復魔法で繋げられる…」
壮年のジジイがベッドから何かを言っている。
まだ、動けないとか。マジ?
「やっぱ若くねぇとな」
「アリス‼早くやれ‼」
「ねぇ、ボイル。私、思ったの……。今から私を貴方の色に染め直したら、全部、全部幸せになれるんじゃないかって!今ならまだ間に合うと思うの!」
女が何か言っている。
貴族の女が何か言っている。
女は俺の陰茎を掴み、汚物まみれのポケットに入れてようとした。
いやいや。
「なんで!? なんで、小さくなっていくの!?私が汚れているから?たった……たったそれだけで? 私のこと、あんなに好きって言ってくれたのに? 」
「あ?お前、誰だよ」
「はぁ?誰って、アリスよ‼貴方の大好きなアリスよ‼プロポーズしてくれたじゃない」
え、そうだったっけ?
もう、よく分からない。
ってか、片手に短剣を持ったまま。
「あぁ、あの豚王の子か。…入れる」
「それじゃ…」
「…価値もない」
「はぁ?な、何よ、この臆病者‼」
ロナウドやどこかに隠れていたグレイシール侯爵派の誰かが、俺に短剣を突き刺そうとしている。あぁ、この女の狙いは——
ボイルの意識は下腹部にある。
だから、勝手に動いている。
因みに、ここで童貞を失ってしまったら、その瞬間に死ぬ。
散々、やって来たこと。つまり腹上死。
「邪魔だな」
ドン‼と突き飛ばす。
「ひゃ」と変な声を出す金髪の女。
短剣をボイルの首に突き立てている誰か。
そいつの首を刎ねる。
ここでボイルは少し意識を取り戻していた。
「あ、そか。殺さないと。えっとレオナルドと、ロナウドと、あとそこのおっちゃん。俺、その為に来たんだった」
「ちょっと君、調子に乗って…な」
だから、ロナウドの首を刎ねた。
中途半端な男の短剣など、ボイルの首の皮一枚ですら通らない。
「アイザック様‼この男、貴族ですよ‼」
「そんなわけあるか。…ボイルはただの平民だ。だが…」
男二人、女二人の首も刎ねた。
誰かは知らない。もしかしたら彼らの親戚かもしれない。
「レオナルド、目を覚ませ‼
「いやいや、どう考えても遅いって。腹上死、させてやれって」
そして地面に転がっていたレオナルドの頭を踏み潰す。
簡単に目玉って飛び出す。不満そうな顔をしていた癖に、思いっきり淫欲を楽しんでいたらしい。
「アイザック様‼お助けを‼」
「ま、待ってくれ! 交渉させてくれ。殺さないでくれ!わしは息子を二人も失った。もう、全て失った。そ、そ、そ、そうだ。ワシはお前の腕と足を」
「いや、オジサンは関係ないよね?俺はアダムとの約束で腕と足を取り戻すんだって」
義手と義足が取れていないってのが証拠だ。
ってか、なんでマチルダがいるんだ?
「だから、その腕と足を持っているのがワシ」
「ん?よく考えたら、そうだな。あの男…、これって詐欺じゃん」
「頼む!話を聞い」
アイザック・グレイシールの体はペーパーナイフでも切れるんじゃないかと思うほど、サクサク切れた。
ほんと、何がしたかったんだっけ、こいつら。
「ひ…。違う。ワシの腕じゃない」
「そんなの分かってるよ。詐欺かもしれないけど、念の為にやってるだけ」
「何だ、こいつ。お願いだ。命だけは」
そして、その時。
後ろから聞き慣れた声がした。
「おやおや。これは珍妙なことですね」
「グランスロッド‼お前…」
「あれ、もう来たのかよ。まだ、途中…」
「助けてくれ。ワシはお前の」
「あのグレイシール家が平民出身の彼に皆殺しにされているとは」
「まだ、ワシは死んで」
「なるほど、なるほど。やはり…、こうなるんですねぇぇぇ。面白い‼」
その言葉は流石にカチンとくる。
だから、オジサンの首を刎ねた。
「面白くなんかない。お前は俺がこうなることも知ってたんだろ」
「勿論、知っていましたよ。グレイシール家は寝取りが大好きな一族ですからね」
そしてボイルは半眼。
つまり、この男は。
「でも、その事実を先に教えていたとして。君たちの会話をしっかり聞いていたとして、君が大切に思っている彼女が既にこんな状態にあると教えたとして、…状況は変わりました?」
やっぱり聞いていた。知っていた。知っていて放っておいた。
よく考えなくても、今なら分かる。それくらい頭がピンクに染まっていたってこと。
義手と義足には音を送る能力もあった。全部筒抜けだった。
そして、言う通り。
「…いや。悔しいけど、教えないのが一番都合が良い。俺にとっても」
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