第41話 悪魔は死んでいない・2
「体が…」
「え…。胸も?」
「いいから、体を洗え。血の一滴も残すなよ」
家を出た後、近くの家に不法侵入した。
殺害現場で悠長には出来ない。とは言え、傷は治してあげたかった。
そのままやっちまおうぜ、と下半身は訴えてくるが、それは無視。
ただ、その家で服は頂いた。上流貴族の家だから、とても良い感じの服だ。
「これを着ても宜しい…のですか?」
「多分、従者用だ。着ても問題ない」
三人の扱いに迷っていた。
そこで考えたのは…
元々貴族と平民に大きな差はないとマリアが言っていたではないか。
性器の違いでしかない、と。だが、実際は性行為の差。性欲の差。
でも、元を辿ればどうか。間違いなく、根本は同じだ。
ならば、彼女たちにも魔力を授けるべきだろう。
「…まだ、大丈夫だ。三人とも綺麗な顔立ちをしてる。胸の方は少ししか戻せなくて悪かった。でも、下は戻っている。だから…」
「それは分かってます…」
「…本当に申し訳ありませんでした」
「いや、謝られるようなことは何も」
「先ほどは魔法を使ってください…なんてお願いしてしまって…」
「な…」
息が詰まった。貴族としか見られていないこと、だけじゃない。
「お貴族様には大切なこと…、と教育をされました」
「助けて頂いたお礼もありますし」
「私はこの体をアナタ様に…」
そんなこと教わっていない。
いや、もしかしたらあの後に?
分からない。貴族に拾われて、そこで教わっただけかもしれない。
でも、今は…
「着替えたな。行くぞ」
「え、どちらに?」
伝承通りなら、貴族も平民も同じ。
狂おしいまでの愛欲が魔力に変わるのならば、自らの力で体の回復ができるかもしれない。
夜な夜な濡らすほどに拗らせた方が、彼女たちの魔力は増幅される。
そうすれば、弱小貴族が使う催淫魔法に抗えるかもしれない。
猿轡を嵌めていたら唸っていただけだろう。
でも、ボイルは奥歯をギリッと言わせて、首を横に振った。
「この世界を変える為に俺は行くんだ。…ゲス野郎は皆殺しにする為にな」
彼はナジール家にいたロドリゲス家の残党肉塊の袋詰めを背負う。
そして、彼女たちも引きつれて貴族街を歩く。
因みに、その袋の中では、死体をちゃんと小分けにしている。
その方がポイントが高いと、前に怒られたから。
そして、そういえばと今回ばかりは、悪くなかった人間のことを思い出す」
「最初に殺した番人には悪いことをしたかも。あんなの萎えるに決まっているよな。あいつもあの行為にどん引いていたんだ。…でも、まともな価値観を持っていたかは不明だし。分からないなら貴族は殺す…。それでいいんだろうか」
□■□
アダムはボイルの行動を大いに賞賛するだろう。
でも、良い貴族だっているかもしれない。
ジェームズ・ライザーはまとも。だが、彼は男爵位。
「そろそろ時間。これはそもそも…」
今日はピンポイントでの殺害命令だった。
孤児院の卒業生がここにいて、残虐行為に晒されていた。
ただの偶然かもしれない。だって、貴族街は王領にあるし、ダンデリオン孤児院は王家が管理している。
何でもできるように教育を受けていたし、見学に来ていた貴族は多くいる。
でも、あのアダムだ。知っていた可能性がある。
今日の働きを見て、拠点を帰るかもしれないとアダムは話していた。
そして、貴族街に弟妹がいることを知ってしまった。だったらもう…
俺がもっと貴族を憎むように仕向けた。何の躊躇もなく殺せた。
何より、あのアダムが情報を手に出来るんなら、ついていくしかない
「でも、彼女たちの保護なんて、絶対に頼めない…か。俺についてきているな。保護を頼める場所…、孤児院?…いや、もう孤児院は信用できない」
憎らしいことに、今一番信用できるのはアダム。
だが、その理由は『貴族を殺す』という目的が同じだから。
自分にとっての安全が、彼女たちの安全にはならない。
都合が良く、まともな貴族に出会わないだろうか。
「俺が知ってる中…、やっぱりあの兵士長…。でも、今度は俺が引っかかる。処刑の場に来ていたかもしれない。下流貴族は結構来てたから、全然分からなかったし。…いや、待てって。俺は長男に息がかかる距離で見られてる。猿轡が取れた後の顔だって…」
女三人には、離れて歩くように伝えている。
今回も『オナキン参上』と血文字は残している。
ナジール家の人間が復讐に来るかもしれないから、俺から離れておくようにと伝えている。
彼女たちには体を洗わせた。服も着させた。
一方、自分は血まみれ。
ターゲットはナジールの家長ではない。殺したのは元々はロドリゲスの人間だが、復讐心に燃えているかもしれない。
だから一応、嘘ではない。もしかすると王国の治安部隊が来るかもしれない。
その時は自分だけ逃げて、彼女たちを保護させればよい。
「今のところはそれしか思いつかない…。でも、治安がどうなっているのか…」
そんな時だった。
ボイルは後ろの三人に気を取られ、今後の方針に迷い、このまま帰ってよいものかと考えていた。
だから、注意力が散漫になっていた。
だから、気付けなかった?
自分に近づく影があった。
義手は手の形をしている、と言っても肌の色なんてしていない。
ちゃんと金属製。アダム曰く、ギロチンで使う素材と同じ。
だから、遠くから見ても異様。月の出ていない真夜中、つまりシルエットだけになってやっとまとも。
しかも血まみれ。
そんな男に近づく誰かがいる。
そのまま逃げていくかと思えた時。
「あの、すみません…」
女の声がした。
「え…」
目の前に突然現れた自分より少しだけ背の低い少女。
俯いて歩いていたから誰か分からない。
こんな自分に話しかける存在がいるとは思わなかったから、義手が外れそうになるほどに両肩が跳ねた。
え…?
死んだ存在。バレてはいけない存在。
っていうか、絶対にバレない存在。
現にかなり後ろを不安そうに歩く三人だって、気付かなかった。
「俺?」
「はい。私はアナタに話しかけています」
間違いなく自分に話しかける存在。
ボイルは死んだ。ボイルではない。
バレてはいけない。だから不味い状況。
可能性があるとすれば、以前助けた女か。
もしくは、やっぱりライザー家。確か、ジェームズは死ぬ前に男と女の名前を叫んでいた。
だけど。
ボイルはまだ顔をあげてもいないのに、顔も見ていないのに。
ボイルのバレてはいけないという考えとは関係なく。
口が先に紡いでいた。
とある人物の名を…
「アリ……ス?」
その言葉に反応して、少女はトンッと胸に飛び込んだ。
「ボイル‼…良かった…無事で」
アリスはボイルの胸に飛び込んできた。
「……良かった。私、信じてたの……。ボイルは死んでないって。それにあんな酷いことする子じゃないって……。あの悪魔ボイルは人違いだったのよね。私、目を疑っちゃったもん……」
突然の初恋の相手との出会い。
ボイルの心臓が高鳴る。
──夢にまで見た再会。
でも、絶対に叶わないと思っていた。
ずっと死にたいと思っていた。
そんな少年の心を、最後まで繋ぎ止めてくれたのは心の中のアリスだった。
「ほ、本当に…アリス…」
「えー?疑ってるのぉ?」
でも、出会い方は最悪だ。
今のボイルは血塗れである。
人殺しをしてきたばかりだ。
背負っている袋には人肉が入っている。しかも頭と男性器だ。
完全なる人殺しで、さっき彼女の言った言葉を全て否定できるものが詰まっている。
こんな時に再会なんてあんまりだ。
但し、そこに目を瞑れば…
散々な目に遭い、沢山搾り取られた。
そして、今は相手を散々な目に遭わせる側に立ったボイル。
だが、肉体的にも精神的にも童貞である。清潔である。
え、どこまでが清潔?入れなければオッケーとかあり?
でも、自分の意志ではないし。そこだけは絶対に守ったし。
なんて考えていると
「あ、あのさ。俺」
「ミカ、ラミー、マーガレット!…そか。みんな助けてもらったのね。辛い目に遭わされてたって話…聞いてたの。でも…、抜け出せたんだね!」
アリスは彼女たちに駆け寄っていた。
アリスは五体満足のように見える。
だが、そんなことよりもボイルの胸の高鳴りがヤバい。
「えっと、アリス。その子達は……」
「うん、分かってる。…内緒だよね」
彼女はいつもこんな感じ。全然変わっていない。
ちゃんと分かっていて、小声で名前は明かさないと言ってくれた。
生き残って良かったと本気で思える。
「うん…。うん…。そっか…。それは…辛かったよね」
互いに抱き合って、無事の確認をしあう少女たち。
出会っていきなり愛の告白はしなくて良かったと胸を撫で下ろす。
空は少しだけ赤く染まり、女四人が抱き合っている。
あの時とは違って、大人になった妹たち。
いきなり愛を叫ぶなんて無粋すぎる。
そして、暫く話をした後、アリスはボイルの所に戻ってきた。
「ボイルの手足…。ボイルも酷い目に遭わされたんだよね。他の子達も酷い目に遭っているって噂で聞いていた…。…私だけ当たりを引いちゃったな…って…」
少し赤みを帯びた金色の髪。
あの時と変わらない。いや、あの頃よりもずっと艶やかな髪。
他の誰かだったなら、羨ましいとか思ったかもしれない。
でも…
「…そっか。良かった。本当に良かった」
顔の筋肉が弛緩する。卒業してから一番の笑顔。
もしかすると孤児院でも出来なかった笑顔かもしれない。
「…うん。私はとても運が良かった。…すごく良くしてくれる方が私を養ってくださっているから。すごく良い方で、私なんかがこんな良い思いをしてもいいのかって思ってしまうくらいで…」
「そんなことない‼アリスは幸せにならないと…。アリス…だけ…は」
こつん
彼女の額が胸を突く。多分、頭突きのつもり。
「ダメだよ。私だけなんて。…だから最初の一歩。この子たちも同じように養ってくれないか、ご主人様に頼んでみる。ボイルは…、多分。まだ難しいかも…だけど」
そして、スッと離れて体のあちこちを観察する少女。
義手、義足。それに…
そこでボイルはハッとする。
とんでもないことをやらかしている。
「あ…。不味い‼ど、ど、どうしよう。服が…」
全身血まみれ男だった。近づいたら血が付く。
彼女の額にも、何処かの汚らわしい男の血が付着してしまった。
こんなことなら自分も着替えたら良かった。
三人の妹のことなんて放っておいて…
「ダーメ。お兄ちゃんでしょ」
「え?」
「それに、私は大丈夫。ちゃんと分かってくれるご主人様だから」
ライザー家みたいにマトモな家もある。
そもそも、殺傷沙汰なんてありふれている。
そんな歪んだ世界。そんな中、彼女は優しくしてもらっている。
「そっか…。だったら俺は…」
「離れようなんて思わないで!」
「え?…でも」
「一人で背負わない。前からそうだったでしょ?」
目頭が熱くなる気がした。
でも、涙なんて、涙腺なんて何処かに消えてしまった。
この四年半の間に全てが枯れ果てた。
それに眩しすぎて。
夕日が照らす少女が美しすぎて。
夢かと思った。
「昔のボイルのまんまだね。でも…、そろそろ行かなきゃ。 だから、もし良かったら…」
本当に時間切れ。
貴族街のど真ん中で話をしているのは危険。
日が落ちたら、平民は貴族には絶対に勝てない。
日が昇っていても勝てないのだけど。
そんな中で紡いだ少女の謎の一言。
「え?もし、良かったらって?」
「今度こそ、お団子、食べてもらうからね。私、待ってるから」
その言葉には魔法がかかっていたのか
爛れてなくなっていたと思っていた涙腺が再生された
とめどない涙が一気に溢れた。
「…もう。帰りづらくなっちゃうじゃん。ほら…」
スッと差し出されたのは綿で出来た綺麗な布、いやハンカチ。
それだけで良いところで養われていると分かる。
「拭くのは涙だけだよ。流石に…ね。それでは、また。私は三人を連れて行くね」
涙なんて拭かない。
そこには希望が書かれていたから。
希望が滲んでしまうから。
そして、アリスは最後にこう付け足した。
「…ボイル、絶対に死なないで」
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