第37話 機械人間・3
アダムがわざわざ独房に入ってきた。
因みに、今のボイルの所有権は彼にある。
無論、それは死体を買ったという意味だ。
そして俺は死んだことになっているから、所有権はそのままアダムが持っている。
「三年間、入ってこなかったのにどういう風の吹き回しだ?」
顔は見せても、ズカズカと立ち入ったことは無かった。
端正な顔立ちの教誨師。その正体もちゃんと分かっている。
どうしてジェームズ・ライザーが死んで、この男が生きているかも全部分かっている。
「どうもこうもありませんよ。私はただ私の所有物を愛でるだけ。あのギロチンを生き残った日のことを思い出すと、今でも興奮してしまうのです」
「何がだ。タイミングを測れるように、敢えて仰向けにした。お前のやりそうなことだ。意味が分からない奴」
「いえいえ、意味が分からないのは私ですよ。君があの短期間で辿り着けるとは、普通思いませんからね。あれは一種の賭けでした。そして、賭けに勝たせて貰った私は君の所有権を得られました。」
三年間あっても、あの日の話だけは深くは話していない。
深く離す義理もない。ただ…
「そんなに嬉しいんなら、義手と義足の制限を解除して欲しいんだけど?そもそも義手っていうかあれは剣なんだが?」
この男が所有していた魔法具で、限定的にだが義手と義足が使える。
アダムの意志一つで、ボイルは全く動けない達磨に戻ってしまう。
「先も言ったように、本来なら君の役割は終わっています。ですから、何れ解放しますよ。…ですが、外に出て分かったでしょう? 何故か、どの領主も動きを見せていない。まだ目覚めぬ国民に私は辟易しているんです」
義手と義足の調整に時間が掛かったのは、成長が止まるのを待っていたからだ。
でも、それ以外の理由もあった。悪魔が死んだことで、世界がどう変わるのか、この男がただ見たかったから。
「何が楽しくて、ラマカデ王以前の世界に戻そうと思っているのやら……。で、俺は手足を取り戻すために、その手伝いをすると…」
「ずっと前から配られていた、君の体液で目覚めたと思っていたのですがね。確かに、叔父のような愚策が罷り通る訳です。アレが何故、貴族を壊滅させようとしたか、お分かりですか?」
この男はラマツフの甥である。
だから、こんな意味の分からない魔法具を所有している。
ラマツフは俺が殺したことになっている最後の王。
貴族からとっても嫌われていた王。『お嬢様』が動かなくとも、他の誰かが殺したと言われる王。
普通に考えたら…
「王の邪魔者は少ない方がいい…。だから、力のある者が邪魔だった…とか」
「なるほど。庶民的な考え方ですね」
は?当たり前だろ。
「孤児院出身だよ‼そもそも、庶民の考えは貴族制の廃止だっての‼平民の命をないがしろにするやつもいるし、スナック感覚で殺す奴もいる‼」
低いところから、半眼でアダムを睨む。
高いところからそれを受け止めて、アダムは肩を竦めた。
「えぇえぇ。貴族とはそういうものですからね。王は邪魔者を消せるし、庶民は押さえつける存在が消えて、みんなが幸せ。そうであれば良かったのですが…」
竦めた肩とゆっくりと広げられた両腕。
死んだ伯父のことを思い出しているのか瞑目し、首を横に振って溜め息を吐く。
ボイルが殺したと言われている王、今の彼には思い当たる。
多分、あの時全裸で女の上に乗っていた気味の悪い男。
とは言え、裸の背中と尻と陰部しか覚えていないけれど。
そして腹上死した王の甥は眉を顰めて言った。
「庶民の君が考えたことの方がずっとマシですよ。アレはもっと幼稚な馬鹿です。平民のことなど1mmも考えていませんよ。そして私たちに言うのです。男は産むな、産むなら女だ、とね」
今度はボイルが顔を顰める番…だった筈。
だけど…
「ん?それって俺が言ったままじゃん。平民のことはさておきだけど。それにしたって…」
「ボイル君。今でもそう言えるのですか?有力な貴族に散々弄ばれた君が?」
顰めた眉が八の字に垂れる。背筋が凍り付く。
マリアだって言っていた。王と自分たちとは、そんなに違わないと。
バーベラ侯爵も言っていた。少しだけ魔力が強いだけど。
「な…。だって、実際にお前が庶民向けに言ってたことだろ」
「私たちは皆、罪を背負っています。あなたも私も。そして神に許しを乞う為に、私たちは日々、神の教えを聞き、己を研鑽するのです。だが、あなたは過ちを犯しました。それはあなたが悪魔に取り憑かれているからです。だからこそ、こうやって救われるのです。さぁ、神に祈りなさい…なんて言いましたね」
寒気がする。その後、誰かの首が落ちる。
「そ、そうだよ。俺はその後、死ぬ予定だった。理由は賢王を殺したからだったじゃないか‼」
「はい。…ですが、それは貴方に向けた言葉ではなかった」
「そんな細かいことは言ってない。俺には助かる道なんてなかったもんな」
「そうですね。地獄行きは確定していましたから」
いや、違う。
こいつは適当に言っていた訳じゃないんだ。
「俺は…」
実際に地獄を見た。
その後どうなるかを絶対に知っていた。
そして、アダムは続ける。
「——平民なんてどうとでもなる。アレが目指していたのは初代国王ラマカデです。男は一人しかいないハーレム世界ですよ。恥ずかしい伯父の愚かな夢です。」
その言葉で顔が引き攣る。
今まで見てきた貴族の横暴。同じ穴の狢。
「何…、それ。ただのおっさんの
あまりにも恥ずかしい夢。
ただ、アダムはここから更に斜め上の発言をした。
「えぇ。やり方が間違っていますよね。本当に愚かしい。法で定めて何になるというのでしょうか。本当に幼稚なのです。ただ、魔力が強い。頭の中は稚児です。白痴です。…今の君になら分かりますよね?」
本当に斜め上。だが、容易に想像出来るようになってしまった。
アダムが言っているのは、こういうことだ。
──だったら男どもを自分の手で殺せ
この男の神話の解釈ではそうなのだ。
「…やはりジョーカーが必要です。一体、いつから力を溜める、なんて下らないことを覚えたのでしょうか」
この男が争いに拘っているのかは分からない。
そして、ボイルの命がそんな男に握られている事実も変わらない。
この男のせい、という気持ちがないわけではない。
だが、アダムとボイルで一点だけ共通することがある。
──腐った貴族を殺したい。
こんな世の中にした貴族が憎い。
今までの苦痛の全てを返してやりたい。
罪のない平民を散々弄んで殺した奴らを地獄に叩き落としたい。
むしろ、地獄がどんな場所なのか、懇切丁寧に教えてやりたい。
「ジョーカーにでもなんでもなってやる。だから、約束はちゃんと守れよ」
アダムは満足そうに笑い、「当然です」と言いながら、部屋を後にした。
アダム・グランスロッドの背中を見ながら、俺は選ぶ側に立つ…そんな平民らしからぬ喜びを感じていた。
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