「あんたは……」


 容姿端麗なる青年を見るなりそう洩らしたのは、県警本部から駆けつけた刑事だ。背の高い中年男で、無精髭が妙な色気を醸し出している。「死神、カンナアオか?」


 刑事に尋ねられた青年は、嫌そうに顔をしかめた。「そう呼ばれているのは事実ですが……その死神っていうのやめてもらえません? 多分に揶揄やゆを含んだ二つ名なんですから」


 マリアは不満だった。死神の何がいけないというのか? いいではないか。


「ははは」無精髭の刑事は快活に笑った。「いや、すまないね、まさかこんな田舎で本物にお目に掛かれるとは思っていなかったから、つい失言しちまったよ──」と、そこで刑事は観察するように目を鋭くした。「今日は何だってこんな所に? あんたは東京の人間だろう」


「この町に来たのは仕事ですね。依頼人の結婚相手の身辺捜査をしていました」カンナアオは淀みなく答える。「このお屋敷にお邪魔しているのは、赤葉アサミさんと親戚だからです。僕から見れば叔母に当たりますね。たまたま町で会って、『それなら今夜はうちに泊まってはどうか』と誘っていただいたんです」


「なるほどな」刑事は納得顔でうなずき、「それでいつものように偶然、殺人事件に遭遇した、と」ぼそりと付け足した。


 カンナアオは、「もしかしたら死神に憑かれているのかもしれませんね」などとおどけるように、しかしあながち冗談とも言えぬ言葉を返し、マリアをどきりとさせた。







 その後、無精髭の刑事は屋敷の人間さんたちから事情を聴取したりと捜査に精を出した。マリアは彼の後ろで覗き見&盗み聞きをしていたのだが、以下のことが判明した。


 まず屋敷の人間さんたちの本名及び立場。

 イケメン死神探偵の名前は、神流かんな愛緒あおと書くようだ。東京の私立探偵で、いくつもの殺人事件を解決してきた凄腕らしい。不幸体質とも言う。

 父親らしき男は赤葉良樹よしき、母親らしき女は麻美あさみ、息子らしき少年は理久りくと言い、〈らしき〉ではなく事実、被害者の家族であった。理久は八歳の小学三年生だそうだ。

 ただし彼らには少し複雑なところがあり、すなわち茉莉と理久には血の繋がりがなかったのだ。茉莉は麻美の、理久は良樹の連れ子で、義理の姉弟ということになる。とはいえ、姉弟仲は一般的な姉弟に比べても良好だったという。

 ふくよかな家政婦は三浦みうら智子ともこという名で、昔から働いていて、家族に近い関係と言っても差し支えない、と赤葉夫妻は語った。子供たちもよく懐いていたという。たしかに麻美よりも〈お母さん感〉が強くて安心感がある、とマリアも思った。麻美は、何というか、少々派手で、母というより女という印象が強い。

 

 次に死亡推定時刻。

 茉莉が死亡したのは智子が買い物──これは茉莉に頼まれたそうだ──に出ていた二十時から二十一時の間だというのが鑑識の見解だった。死後にそれほど時間が経っておらず割合に信頼できる遺体の体温による推定を、十八時半ごろにみんなで夕食を取ったという証言が補強していた。

 

 防犯カメラの映像もあらためられた。その結果、外部犯の線はほとんど完全に消えたようだった。侵入者どころか不審な人物すら映っていなかったのだ。


 また、死亡推定時刻に麻美と愛緒は娯楽室なる、一般家庭にはまずないであろう謎の部屋でおしゃべりに興じていて、一応のアリバイがあるらしかった。

 他方の良樹は、死亡推定時刻を含んだ夕食後から愛緒が呼びに行くまでの間、書斎で仕事をしていたらしく、アリバイはない。


 そして、これが一番重要だとマリアは思うのだが、智子の証言に非常に興味深いものが含まれていた。


「実は……」とためらいがちに口を開いた智子が語ることには、「茉莉お嬢様と旦那様は、その、良からぬ関係だったようで……」


「それは、いわゆる不倫関係にあったと、そういうことか?」無精髭の刑事が智子の言葉を引き継いで尋ねた。「奥さんはそんなこと一言も言ってなかったが」


「ええ」智子は神妙な面持ちで顎を引いた。「奥様は気づいていなかったようですが、事実です。茉莉お嬢様はそれで大変に悩んでいたようで、時折、思い詰めた顔で部屋の隅に佇む蜘蛛にぶつぶつと話しかけておりました。どうやら旦那様のほうが関係を終わらせたがっていたようなのです」


 それが動機じゃないの!? とマリアは直感した。

 若い女と不倫したはいいが、本気になられて、しかもヘラるようになって鬱陶しく感じ、排除しようとした。下衆にすぎるが、ありがちな話だとも思う。マリアにそのような経験はないが、物知りの同期──彼女はマリアと違って優秀な死神だ──がそんなことを語っていた。だから、きっとありふれているのだろう。したがって犯人は良樹だと、その時はそう思った。


 無精髭の刑事も、「ほう」と興味深そうに顎の髭をしごいていた。「もう少し詳しく聞かせてもらえるか?」


 ただ、カルマ判定の魔眼による絶対的な真実が脳裏をよぎると、マリアはかぶりを振ってその推理を否定した。良樹の〈悪行ポイント〉は普通の人間さんの範囲を逸脱していない。だから、殺人は犯していないはずだった。まして、そんな自分勝手な理由による情状酌量の余地のない殺人なんて絶対にありえない。

 とはいえ、人間関係に不穏なものがあったというのは見過ごせない。マリアは心のメモ帳にしっかりと書き留めた──翌朝まで覚えている確率は三割ほどだが。


 そして事情聴取が一段落した、日を跨いだ零時現在、マリアは愛緒に宛がわれた客室にいた。彼もいる。警察の要請もあって予定どおりこの屋敷に泊まるそうだ。

 マリアはベッドに、愛緒はソファーに座っている。


 マリアは死神である自分が人間さんワールドに来た理由を愛緒に説明し、助力を求めた。


「いいよ、刑事さんからも協力をお願いされてるし」


 とのことなので、マリアの持つ情報を伝え、「──って感じなんだけど、どう思う?」と、別に〈あざとかわいい〉を狙ったわけではないが、上目遣いに尋ねた。「動機があってアリバイがないのは良樹ぐらいだと思うんだけど」


「良樹さんは犯人じゃないだろうね」愛緒は自信ありげに即答した。


「じゃあ犯人は──」誰なの? というマリアの問いは、愛緒の、


「その前に一つ確認したいんだけど──」という言葉に遮られた。

 

 何? と目で先を促すと、愛緒は一つの質問を口にした。マリアにはどうして彼がそんなことを聞くのかわからなかったけれど、首肯を返した。事実に即するように答えるならば、肯定すべき質問だったからだ。


「うん、予想どおりだ」愛緒は穏やかにほほえんだ。「もはや彼女の死には一片の謎も残されていない」


 と彼が口にした時、 


「何っ!? それは本当かっ?!」無精髭の刑事のただならぬ声がドアの向こうから聞こえてきた。


 マリアと愛緒は顔を見合わせた。どちらともなくうなずき合うと、マリアは透明化し、愛緒はそれを待ってドアを開けて廊下に出た。

 広い廊下の先にいる鑑識係らしき女性警察官と無精髭の刑事が、揃ってこちらを向いた。

 

 愛緒は歩み寄り、「どうされました?」と尋ねた。


 無精髭の刑事が険しい顔つきで答えた。「新証拠が見つかったんだ。赤葉良樹の書斎からマスターキーが出たんだよ」


 えぇ……やっぱり良樹が犯人なの……?


 しかし、カルマ判定の魔眼は絶対に嘘をつかない──死神の目は人の罪を見抜く。そういうシステムなのだ。したがって、赤葉良樹は殺人犯ではない。そのはずだ。

 それに、愛緒も良樹は違うと言っていた。

 マリアの灰色の脳細胞は当惑を極めていた。これはいったいどういうこと……?

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