甘い亀裂

西野 夏葉

1/4

 なんでもいいから破壊したかった。蹂躙したかった。嘲笑いたかった。

 だって、私だけがこんな辛い思いをしなきゃいけないなんて不条理だし。私だけが不幸になるんじゃなくて、みんな等しく地獄に堕ちてくれないと納得がいかない。ノーミュージックノーライフ。じゃああんたのSpotifyのサブスク解約してあげるよ。潔く死んでみせなさいよ。偽善者野郎。



「はい、はい質問。イチコはこのあたしすらも地獄に落としたいってことなんですか」

「シオリは別枠なので、そのまま生きていてください」

「だってイチコさっき、みんな等しく……って、うううううー」

「あーもうわかったって、もう言わないからその白々しい泣き真似やめて」



 私が白旗を挙げたら、シオリは「うわぁい」と大げさに喜んでみせたかと思うと、そのまま私に飛びついてくる。桜の花みたいに、ふんわりとした甘い香りをまといながら。

 本人にはバレないように、ため息をつくふりをしながらもう一度、余分に空気を肺腑へ取り込む。前にどこの香水を使ってるのか訊いたはずなのに、忘れちゃったな。

 というか、私はついさっきまでシオリに向かって、如何にして私が付き合っていた彼氏に振られたのか……という悲恋話を披露していたはずなんだけどな。すっかり話題が切り替わっちゃった。



 シオリの背中でなんとなく、ぽん、ぽんと小さい子を寝かしつけるみたいなリズムを刻んでみる。彼女の体温を全身で感じながら、私は部屋の中を一瞥する。小綺麗な部屋の壁にピン留めされたポスターは、どこかの街の夜景だ。

 考えてみたら、シオリからは男性アイドルが好きとか、そういう話を全くと言っていいほど聞かなかった。別に何に興味を持っていようが本人の自由だし、周囲が休み時間のたびにあのアイドルがどうこうとギャーギャー言っているから、なんとなく気になっただけだけど。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る