第4話 首無し地蔵

「ねぇねぇ、灯里! 中央公園の怖いウワサってもう聞いた?」

 朝、学校に登校すると、クラスメイトの都子ちゃんが話しかけてきた。

「中央公園の怖いウワサ? ううん、知らない。なにそれ?」

 私は聞いたことがなかったので、首を左右にふる。

 中央公園はうちの学校、御神楽学園のすぐそばにある大きな公園。

 子供たちがつかうブランコやシーソー、鉄棒、すべり台みたいなお約束の遊具はもちろん、本格的なアスレチックの道具もあって、大人から子供まで楽しめる公園だ。

 学校のすぐ近くということもあって、運動部がトレーニングにアスレチックを利用することもある。私も、サッカー部が走り込みとアスレチックをしているのを下校のときに見かけたことがある。

 そんなたくさんひとが集まる公園に、どんな怖いウワサが流れているのだろう?

「あのね、なんか中央公園の遊歩道の木のおくから、声が聞こえるんだって」

「遊歩道? 自然がたくさんあるところだよね?」

 中央公園の遊歩道は、ハイキングにも使われる広い、緑ゆたかな場所だ。

「そうそう。あそこの木がいっぱい生えてるところで出るらしいの」

「出るって、声が聞こえるだけなんでしょ? なんでそういう風になったの?」

「それはあたしにもわかんないけど、そういうウワサ。でね、聞こえる言葉が変なの」

 木のおくから声が聞こえても、どうして出るなんて話になったのだろう?

 聞こえ方が特別なのかな。それとも、探してもだれもいなかったのかな?

「声が言葉をしゃべるんだ。どんな言葉?」

「それがね、酒、タバコ、酒酒、タバコタバコ、ってずーっと言っているんだって」

「ええ……それって出るとかそういう問題? お酒飲みたくてタバコ吸いたいひとが、文句を言ってるとかじゃないの?」

「さぁ? でもみんな、出る出る、ユーレイだって言うの。ねぇねぇ、灯里は心霊部に入ったんでしょ? ウワサを調べてみてよー」

 都子ちゃんが興味津々といった様子で言う。

 うーん、どうしようかなぁ。彼女の話を聞くかぎり、もしユーレイだとしても害はなさそうだけど。

「うん、まぁ、たしかに心霊部だけど。考えてみるね」

「きっとだよ! 調査結果、楽しみにしてるから」

 そう言いのこして、都子ちゃんは自分の席に戻って行った。

「えーっ、どうしようかなぁ……。とりあえず、もうちょっとウワサについて調べてみよっかな」

 私は授業の合間の休けい時間やお昼休みに、中央公園のウワサの聞き込みをした。

 知らないって言うひとが多かったけど、ウワサは聞いたことがあるひと、じっさいに中央公園で聞いたというひともいる。くわしく聞いてみると、やはり聞いた場所は遊歩道。

 少なくとも、場所はほぼまちがいないみたい。

 それと、やっぱり聞こえる声は『酒、タバコ』ばかり言っているようだ。

「うーん、ひとなのかそれ以外の存在なのかハッキリわからないなぁ」

 これが『うらめしやー』とかならユーレイかも、って思うけどお酒とタバコだもんね。

 都子ちゃんに調べてほしいと言われたし、時間がないワケでもないし。

「とりあえず、放課後に中央公園の遊歩道まで行ってみようかな」

 これが何かにおそわれたとか、おいかけられたって話なら晴人センパイや太刀風さんにも相談するべきなんだろうけど。ただ声が聞こえるだけなら、私ひとりでも調べられるだろう。

「うん、まずは現地調査。それで何かあったら、晴人センパイにお話しよう!」

 放課後。

 私は学校から歩いて五分もかからない中央公園にやってきていた。

 公園の真ん中はグラウンド。右側に遊具、左側にアスレチック。おくが遊歩道がある。

 見通しの良いグラウンドのはじっこを通りぬける。グラウンドでは、運動部や一般のランニングするひとたちが走っていた。

 運動部はかけ声をあげながら走っているから、公園はにぎやかだ。

「遊歩道の入り口は、どこだろ。えーっと、あった!」

 ハイキングコースと書かれた案内のけいじ板を見つけて、そこから遊歩道に入る。

 少しはなれたけど、グラウンドの声も聞こえているしまだ明るい時間。そのせいか、怖いという感じもぜんぜんしない。

「なんにもなさそうだけど……」

 まわりをキョロキョロと見回しながら、ゆっくり歩く。少しずつ、木が増えてきた。

 耳をすましてみても、何も聞こえない。途中でコースがふたつに分かれていたので、私は木々が多い道をえらび進んだ。

「なんだかちょっとしたピクニック気分。これなら空ぶりでもわるくないかも」

 自然がいっぱいだと、なぜか空気も美味しく感じられて思わず笑顔になる。

 辺りにだれもいなかったので、思いきり伸びをした。おだやかな放課後だ。

 たまにはこんな一日も『酒』『タバコ』わる、く……えっ、今……!?

 どこからだろう。たしかに聞こえてきた。『酒』『タバコ』声が、まじって――。

『酒、タバコ。酒、酒! タバコ、タバコ! 酒、タバコ!』

 聞こえる、たしかに声が聞こえる。

 首筋がチリチリする。ただ、いつものような寒気は感じない。

「ウワサは、本当だったんだ」

 ゆるみきっていた気持ちを引きしめて、声の出どころを探る。

 でも、なんだか頭の中にひびくような感じで、どうしても場所がつかめない。

 言っていることはずぅっと酒とタバコ。なんだか、変な霊。

「ううん、声の聞こえ方からしてたしかにひとじゃなさそうだけど……声、とどくかな。あのー、お酒とタバコがほしいんですかー?」

 しばらくの間、遊歩道が静けさに包まれた。

 そのあと、さっきより大きな声で『酒! タバコ!』という声が返ってきた。

「こっちの声も聞こえてる? どこにいらっしゃるんですかー?」

 問いかけても、向こうは酒とタバコしか言わない。これではキリがない。

「お酒とタバコがあれば何かできるかもだけど、私中学生だしなぁ」

 念のため木のウラ側とかを探してみたけれど、何も見つからなかった。このままでも害はなさそうだけど、一応晴人センパイに相談かなぁ。

「ちょっと待っててくださいね」

 あいかわらず聞こえてくる声にそう言って、私は心霊部に向かった。


「灯里、何度言えばわかるんだ。ひとりで危ないところに行くなといつも言ってるだろう」

 心霊部の部室。

 私が中央公園のウワサと放課後にあった出来事を話すと、晴人センパイが言った。

「ただでさえ取りつかれ体質の灯里が、自分から霊のいるところに行くな、まったく」

「はぁい、ごめんなさいセンパイ」

 怒られるだろうな、とは思っていた。

 でも、私を心配してくれる晴人センパイの姿が、うれしかったりもする。

「それで晴人センパイ。中央公園の遊歩道に、何かいるのはまちがいなさそうなんです。どうしますか?」

「酒、タバコって言うだけなら放っておいても良い気がするが、霊感のない人間に聞こえたりウワサになるほどってなると、力の強い霊の可能性が高い。念のため会ってみよう」

「わかりました、案内は任せてください!」

 晴人センパイを連れて、もう一度中央公園の遊歩道へ向かう。

 コースに入ると、センパイは左目の下に符を当てた。ふたりで、霊を探しながら進む。

 分かれ道を曲がる。もうすぐ、声が聞こえた場所だ。

「たしかにこの感じは、何かいるな」

 晴人センパイがまわりを見渡して言った。センパイも何か感じたのだろう。

 やがた、まわりに木々が多くなってきたとき、その声はひびいた。

『酒、タバコ。酒、タバコ。酒、タバコ』

「これです、晴人センパイ。頭の中に聞こえてくるような声!」

「すごい念がこめられた声だ。普通、こんな念がこもっているのはうらみや憎しみがこめられているものだが。こっちだ」

 晴人センパイが、コースの道を外れて木々の中に分け入っていく。

 私もそれに続いた。しばらく歩くと、ちいさなやしろのようなものが見えてきた。

「センパイ、あれってこの間みたいな祠って言うやつですか?」

「いや、中に地蔵がある。地蔵を守るための小屋だろう。見ろ」

 前に立っていたセンパイが、身体をズラして小屋の全体を見せてくれた。

 センパイの言う通り、小屋にはお地蔵様が置かれている。でも――。

「お地蔵様の首が、ない?」

「そうだ。地蔵が原因はわからないが、声はここからひびいている。正体を探ってみるか」

 センパイがカバンから何やらお札を取り出し、お地蔵様のむねの辺りに貼った。

 すると、ふわりと白い空気がまい上がり、お地蔵様の上の空間にゆっくりと形作られていく。それはやがて、男のひとの姿になった。

 足の方はお地蔵様のなかで、まるで絵本で見るユーレイそのものの形だ。

『酒! タバコ! 酒! タバコ! ……アレ、なんか声のびびきが変わったなぁ。んっ、なんだこりゃ、オイラが地蔵からうきあがってやがる!』

 酒、タバコとさけんでいたのはこのひと――このユーレイだったのか。

 ボロボロの着物を着て、長い髪の毛はボサボサで適当に前で分けている。

 無精ひげを生やしていて、ちょっとタレ目。怒鳴っていたけど、なんだかやさしそうな雰囲気があるユーレイだ。

「オレがあなたを地蔵から一次的にとき放った。あなたは何者だ?」

『お? なんでぇガキ、お前そんな導師みたいなことできるのか! すげぇなぁ。あっはっは!』

 センパイに声をかけられて、ユーレイはごうかいに笑う。

 今まで会ったどのユーレイともなんだか違う感じ。私の首元はビリビリしているけど、さっきと同じで寒気はしない。

『ああ、名前を聞けれたんだっけっか? オイラは門吉(かどきち)ってんだ。お前らは?』

「内藤晴人、導師ではないが神社に生まれて色々なことを勉強している」

「月城灯里です。あなたの声を聞いて、晴人センパイを呼びました。取りつかれ体質です」

 ユーレイと自己紹介し合う日がくるなんて……ふくざつな気持ち!

『晴人に灯里か、いくつだ?』

「十四才」

「十三才です」

『おおー、若いなー。なぁなぁ若いの、ちょいと酒とタバコ買ってきてくれや』

 お地蔵様から出てきても結局言うことは酒、タバコかぁ。

 呆れて見ていると、晴人センパイが口を開いた。

「門吉さん、悪いけど二十歳未満は酒やタバコを買うこともたしなむこともできない」

『へっ? お上がそんなこときめたのかい? つーか、今は何年だ?』

「二〇二二年です」

『あっ、なんだそりゃ。そんな年数聞いたことねーぞ』

「門吉さんは何年生まれなんだい?」

『オイラは元禄十二年産まれのきっすいの江戸っ子よ!』

 元禄……元禄ってなんだろう。首をひねっていると、横でセンパイが「江戸時代、一七〇〇年頃に生まれたひとのようだ」と解説してくれた。

「五〇〇年前のひと……!?」

『ああっ!? 五〇〇年!? おいおい、オイラが死んでからもうそんな経つのか!』

「まぁ、門吉さんがいつ死んだのかは知らないけど、門吉さんが産まれてから約五〇〇年たった世界だよ。年月の数え方もかわったのさ」

 門吉さんは『ほぉ~』と興味深そうに私たちを見てうなずいた。

『たしかに見慣れない着物だ。西洋風か? それとも南蛮由来か? はぁ~、こういうのが今の時代の普通なのかい?』

「これは学校の制服だけど、とにかく五〇〇年の間に色々かわったのさ」

 晴人センパイが門吉さんをよく見て言った。

「門吉さん、あなたはおそらくこの地蔵に封印されていたか……あるいはまつられていたかするのだろう。それが地蔵の破損とともに外れかかっているんだ」

『おぅおぅ、封印っつーと大げさだけどな。そこんとこは覚えてるぜ。どうもな、オイラがおっ死んだ後まで酒だのタバコだのうるさくって、地鎮(じちん)のために作ったんだとさ』

「死んだあともって……どうやってそんなことしてたんですか?」

 私がたずねると、門吉さんは首を左右にふった。

『そこんとこはオイラにもよくわかんねぇ。ただ、生きてる間は酒とタバコが楽しみの人生だったからなぁ。それで、焼かれて骨になってまで酒タバコになっちまったんだろうな、はっはっは!』

「地縛霊と言うべきか、ある種の土地神と言うべきかなやましいところだな」

 晴人センパイが口元に手を当てて、しばし考える仕草をする。

 私はその間、今の時代について門吉さんにアレコレと質問されていた。

 やがて、顔を上げたセンパイが、門吉さんを見て言った。

「門吉さん、取り引きをしないか?」

『取り引き? おもしれぇじゃねーか。でもこんな身のオイラとどんな取り引きをしようってんだ? 何をしようにもオイラは死後の世界の住人だぜ?』

「門吉さん、あなたはまちがいなく力の強い霊だ。霊感がまったくないひとたちにも声を聞かせられることからもそれはわかる。だから、協力してほしい」

『協力ぅ? 何かしろってのか? オイラ、生きてる頃から仕事は大っ嫌いなんだけど』

「門吉さんには、この辺りの良くない霊をおさえてほしいんだ。あなたの力なら大抵の霊はおさえこめるはずだ」

 晴人センパイが、とんでもないことを言い出した。

 ユーレイと、約束をしちゃおうって言うの!?

『へぇ、霊をどうにかしろってか。それで、オイラには何か得があるんかい、ぼうず?』

「オレの親に頼んで、時々酒とタバコを供えさせよう。元禄のころの酒とタバコも美味かったかもしれないが、きっと今の時代の酒とタバコも美味しいと思うよ」

『今の時代の酒とタバコかぁ……。悪くねぇなぁ! よっしゃ、その取り引き受けようじゃねーか。そこら辺の霊なんて、オイラにかかればちょちょいのチョイよ!』

「晴人センパイ! そんな約束しちゃっていいんですか!?」

「門吉さんは悪霊ではない。はらう必要もないし、封じる必要もない。それどころか意思の疎通もできてささげものもわかりやすい。協力関係になれると思う」

 けど、と言いかけた私をセンパイが「良いからオレの言う通りにしろ」と制した。

 センパイがこんな強く言うのはめずらしいので、私は素直に従うことにする。

「じゃあ、契約成立だな。門吉さん、よろしくたのむ。とりあえず、地蔵は直さないほうがいいのかな?」

『ああ、このまんまにしといてくれ。そっちのが動きやすいわな』

「わかった、それなら地蔵が破損していることは秘密にしておく。そのかわり、できるだけはやく酒とタバコを供えるように親にたのんでおく。だから酒、タバコと叫ぶのはやめてくれ。公園……ここを通るひとたちが不安になっているんだ」

『わあったわあった! 酒とタバコをくれるなら、静かに待っとくよ。その代わり、はやめに差し入れたのむぜぇ!』

 門吉さんがひとなつっこそうに笑った。ユーレイなのにさわやかスマイル。

 こんなユーレイもいるんだなぁ、っと思っていると、センパイが「それじゃあ、霊の方はたのんだよ」と言って早々に門吉さんに背を向けて歩き出した。

「あ、センパイ!? えっと、じゃあ私も行きます! 門吉さん、また会いましょう」

『おう、嬢ちゃんも元気でなぁ。また今の時代のこと、色々教えてくれや!』

 手をふり合って門吉さんと別れると、私たちはきた道を戻りハイキングコースに出た。センパイがむずかしい顔をしてだまっているので、私も静かにセンパイのあとをついて行く。

 心霊部の部室に戻ると、センパイが大きく息をついた。

 見てみると、あのクールな晴人センパイのひたいに一筋の汗が流れていた。

「せ、センパイ!? どうしたんですか? つかれた顔してるし、それに汗まで」

「門吉さん、アレは相当な力を持った霊だ……」

 晴人センパイが、しぼり出すような声で言った。

「このまま門吉さんが、酒とタバコの代わりに働いてくれるなら大きな力になる。だが、もし悪霊にでもなれば手がつけられなくなるぞ」

「晴人センパイでも手がつけられないんですか?」

「オレじゃ到底ムリだ。父さんでもおさえられるかどうか……。それくらいの霊だ」

「そんな……」

 晴人センパイやそのお父さんまでおさえられないなんて――。

 ニコニコと笑う、無邪気そうな門吉さんの顔を思い出す。

 悪いひと、ううん悪いユーレイには見えなかったけど、そんなに強い霊なんだ。

「それじゃあ私、もう門吉さんに会いに行かない方がいいですか? 今の時代を色々お話するって約束しちゃったんですけど」

「ひととの交流はあった方がいい。できるだけひとに悪意を持たせないようにして、大切にしていくんだ。それもまつるということになる。そうして、いつか本当にこの辺りの土地神さまになってくれるといいんだけどな」

「それなら私、たくさん門吉さんとお話しますね! それで、今の時代や人間を好きになってもらいます! そうしたら土地神さまになってくれますよね!」

 晴人センパイが、私を見て小さくほほ笑んだ。

「いいな、灯里は前向きで。そうだな、オレもできるだけ門吉さんと接していって、良い神になることを祈ろう」

 ユーレイに友達ができるなんて思いもしなかったけど――。

 土地神候補の門吉さん。センパイですら汗を流すほど強い力を持った霊。

 どうか良い神様になりますように。これからも、ずっと仲良くできますように。 

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