第3話 竹林の道
その道は、小さなころから決して通ってはいけないと言われていた。
亡くなってしまったおばあちゃんにも言われたし、学校でも先生たちが注意している。
右も左も竹におおわれた、昼間でもうす暗い竹林の道。
だけど、その日はどうしても急いでいる事情があって――。
「いっけない! 部室でセンパイたちとおしゃべりしすぎちゃった!」
いつもの学校、いつもの放課後。
私はいつも通り心霊部に顔を出していた。
すると雪乃さんがやってきて「灯里ちゃんの入部祝いをしよっ!」と言ってくれた。
雪乃さんはお祝いのために、学校にコッソリお菓子を持ってきてくれて、部室でプチパーティーをしていたのだ。
それが楽しくてうれしくて、ついつい、いつもより長く部室にいてしまった。
だけど、今日は家でお父さんのバースデーを祝う日。
すっかり部室に入りびたって、時計を見てビックリ!
私はあわてて学校を出たのである。
「このままじゃおくれちゃう! 急がなきゃ!」
小走りに駅前から家へ向かっていた私は、竹林の道を見て足を止める。
ここは通ってはいけないと言われている所。でも、この竹林の道をつかえば、いつもならぐるりと遠回りしないといけない道を最短距離で行くことができる。
夕暮れに差しかかっているとはいえ、まだ空は明るい。私は束の間なやんだ。
「ここを通れば、楽に間に合うよね。……よし!」
私は意を決して、竹林の道に足を向けた。
道はほそうもされていない、土で出来ている。左右から竹が道へはみ出すように伸びていて、その道だけ他の場所よりうす暗い。
「うう、なんだか気持ち悪いなぁ。急いで抜けよ!」
日の光がとどかないせいか、竹林の道に入ってから春とは思えない寒さを感じる。
「急に冷えたなぁ、やな雰囲気」
早足で道を進んでいく。通りの真ん中あたりまで歩いたとき、私はふと背中に違和感を覚えた。衣服を通り越して、冷たい風がまっすぐに背中に当たるような感じ。
首筋にゾワリとした感じがしてみぶるいした、気配をさぐる。
(あ、これはマズイかも……)
取りつかれ体質特有の、イヤな感じがする。私のカンも良くないと言っている。
まさかここって、心霊スポットとかだったりするの!?
暗いから危ないって意味で入っちゃいけないとされているだけだと思ったのに!
「ウソでしょ、どうしよう……」
止めかけた足を必死に動かす。はやく、はやくここを抜けてしまおう。
目は前を向いているけど、気持ちは後ろに向かっている。何かある、そんな気がした。
竹林の道はとてもしずかだ。私のかすかな足音だけがひびいている。
そこに急に風が吹き込み、ザァッと竹が一斉に音を立てた。
「キャッ!」
とつぜんの風に足を止めてしまったとき、私はたしかに感じた。
後ろに、何かがいる――。
私がユーレイにせまられているときに感じる、首筋が冷えてチリチリする感覚。
それが背後からいたいほどに感じられる。
「だいじょうぶ、あと少し歩けば出口だから。だいじょうぶ!」
自分に言い聞かせて、ふたたび歩きはじめる。
イヤな気配は、そのあとを同じはやさで追いかけてきた。
もう少しのはずの出口が、かぎりなく遠く感じられる。一歩一歩、出口に向かう。
本当はすぐにでもかけだしだかったけど、同じはやさで追いかけてくる何かも走り出したらどうしよう。そう思うとなかなか決心がつかない。
(とにかく、このままムシしてやりすごしていこう)
だけど、少しずつ身体がふるえてしまう。イヤな気配はどんどん強くなる。
逃げ出したいのに、怖さで足が止まってしまいそう。
このままじゃ良くない、あとほんのちょっとで出口だ。
私は大きく息を吸いこんで、身体に力を込めた。
「よし、行こう!」
気持ちを決めて、走り出した。出口はもう目前だ。
だけど、私が走り出したしゅんかん、何かもすごいいきおいで迫って来た。
(だいじょうぶ、もう道を抜ける! きっとここを出れば何もできないハズ!)
うでをふって思いきり走る。
けれど、出口のほんのわずか手前で、私のひじが何かにつかまれる。
「イヤ! はなして!」
つかまれたうでをふりはらう。ずるり、と何かが抜け落ちるような感覚とともにうでが自由になった。そのまま、なんとか竹林の道を抜けた。
ほんのちょっと走っただけなのに、息が切れている。全身もすっごいつかれてる。
「はぁ、はぁ……アレ、なんだったんだろう?」
竹林の道を抜けて大通りに出て、私は両手をむねにあてて息をついた。
ふと、おかしなことに気がついた。
私は両手をむねに当てているハズなのに、左手の感覚がない。
(まさか、オバケに手をとられちゃった!?)
あわてて視線を左手に向けると、そこにはちゃんと左手があった。
でも――手の感覚がない。左手の、ひじから下。自由に動くのに、動かしている感覚が何もないのだ。右手で左手の甲をつねってみたけど、痛みさえ感じない。
「ええ!? どういうこと!?」
左手をじっと見る。夕日で私の影が長く伸びていた。
その影を見て、私は気づいてしまった。
私の影の左手のひじから先が、消えてしまっているのだ。
「え、なんで? どうして?」
思い切り左手を伸ばして、影をたしかめる。何度見ても、やっぱりひじから先がない。
「ウソでしょ……」
さっきのオバケにつかまれて、感覚がなくなり影もきえてしまった左手――。
やっぱり、あの道は通ってはいけない道だったのか。
くやんでも、もうすぎてしまったこと。どうしたらいいんだろう。
「晴人センパイに相談……ううん、まずは家に帰ってお父さんの誕生日をお祝いしなきゃ」
家族は私の取りつかれ体質をわかってくれている。でも、お父さんのお祝いの日にこんな話をして水を差してしまいたくない。
再び帰り道をあるく。もしかしてさっきの何かに取りつかれてないかすっごく不安。
家につくと、すぐに自分のへやに入る。
「ただいま、トッテさん」
私が声をかけると、へやのすみっこで『トッ』という音がした。
(良かった、トッテさんがここにいるなら、何かに取りつかれたワケじゃないんだな)
晴人センパイは守り神になるかもと言っていたけれど、たしかに自分が今取りつかれていないかどうか判断するには、トッテさんの存在が助けになる。
その日、私は左手の感覚がないままお父さんのバースデーを祝い、歯をみがいたりお風呂に入ったりした。不便で仕方ないし、左手の感覚がないことを実感するたびにあの恐ろしかった気持ちが戻ってきてしまいふるえてしまう。
「明日は、ぜったい晴人センパイに相談しなきゃ」
へやの照明でもあいかわらず影をつくらない左手を見て、私は決心した。
翌日の昼休みに、私は心霊部の部室に行った。
いつものように晴人センパイが読書をしていた。そういえば、センパイはいつお昼ごはんを食べているのであろうか。ナゾである。
「今日も来たのか、月城。なんだ、顔色が良くないが」
「センパイ、聞いてください!」
私は昨日竹林の道で体験した怖いできごとと、左手の影が消えたことを話した。
話が終わると、晴人センパイが私の左手のひじから下に影がなくなっているのを確認する。そして、あきれたように息を吐いて言った。
「灯里……自分は取りつかれやすい体質なのは十分わかっているだろう? なんでそんな危険な道を通ったんだ? いくら時間がなかったとはいえ、不注意すぎるぞ」
「ごめんなさい、つい……」
うう、ホントに今考えるとむぼうだったなぁ、私。
「とにかく、影も感覚も取り戻すしかないな。放課後、その竹林の道に行くぞ。うちのユーレイ部員にも声をかけておく」
「あ、そういえば、ユーレイ部員がふたりって言ってましたよね。雪乃さん以外の、もうひとりのひとですか?」
「そうだ。こういうケースではたよりになるからな」
今回みたいなことでたよりになるってどんなひとだろう?
疑問に思いながらも、私は部室を後にして教室に戻りお弁当を食べた。
晴人センパイに聞いても良かったけど、どうせ放課後に会うならそれでいいかな、と思ったから。雪乃さんみたいに親しみやすいひとだと良いなぁ。
放課後、私が部室に行くとすでに晴人センパイともうひとりのひとが来ていた。
背が高くて身体もガッシリしている。短めの固そうな髪に細い目。閉じられた口は大きめでしっかりとした線を結んでいた。
見るからにいかにもスポーツマンっぽいけれど、このひとが心霊部のもうひとりの部員さんなのだろうか。
「来たな、灯里。こいつがもうひとりにユーレイ部員、太刀風流(たちかぜ ながれ)だ」
「……太刀風、二年だ。名は晴人に聞いた……、月城灯里。よろしくたのむ……」
落ち着いた、ゆっくりとしゃべるひと。
太い声でどっしりしている感じだけど、優しそうな声音をしている。
「はじめまして、一年の月城です! よろしくお願いします!」
「よし、あいさつは済んだな。さっさと行くぞ」
晴人センパイが立ち上がり、太刀風さんもそれに続く。話が早いというかなんというか。
もうちょっと何か話すことあってもいいんじゃないかと思うけど。
「今は月城の異変を治すことが肝要……早きにこしたことはない……」
私のとまどいを察したように、太刀風さんが言う。
私はビックリしながらも「はい」とうなずいて、ふたりの後を追った。
電車に乗って私の家の最寄り駅まで行き、問題の竹林の道まで歩く。
「ここです。この道を通って出口の近くまで行ったときに、何かが出てきて」
道自体は一本のまっすぐな通りで、薄暗いけど向こう側まで見通せる。晴人センパイが符を左目に当てて道をじっと見つめた。
「変わったことは何もないな。じっさいに歩いてみるしかないか」
「時がおしい……、すぐにまいろう……」
太刀風さんがまようことなく竹林の道にふみ出して行く。晴人センパイと私も続いた。
竹林の道を三人でならんで歩いていく。昨日と同じような、道の真ん中をすぎた辺りから私のカンがはたらき始めた。
「晴人センパイ、太刀風さん。なんだかイヤな感じがしてきました」
「灯里がそういうなら、出てきたってことかな。気配は近いのか?」
「えっと、まだ昨日ほどは近くないです」
「……では、もうしばし進むとしよう……」
私は怖かったけど、昨日に比べたらずっと良い。晴人センパイがいるし、なんだか太刀風さんもたよりになりそうだ。
出口に近づいたとき、私は後ろの気配が迫っていることに気づいた。
「センパイ、近くまで来てます」
「そうか。おそらく出口付近でおそってくるな、灯里が昨日やったように少し走るか」
「承知……、いざ参らん……」
三人で一斉にかけだした。
何かが迫ってくるのを肌に感じる。それが急げきに近づいてきた。
「晴人センパイ、来ました!」
「三人でいっしょにふり返るぞ。太刀風、頼む」
「うけたまわった……」
晴人センパイの「今だ!」という合図とともに私はふり返る。
目の前に、影を集めて濃くしたような真っ黒な人型のかたまりがあった。その手のようなものが私に伸びてくる。
「きゃあ!?」
「南無!」
私がおどろいて後ずさりすると、手が私を捕まえようとおいかけてきた。その黒い手を、太刀風さんはなんと素手でなぐり飛ばしてしまった。
太刀風さんになぐられた手がパッと砂のように空中で散っていく。太刀風さんはそのまま黒いかたまりを思いきりなぐりつけた。黒いかたまりがくだけて消えていく。
「本体がにげた。おいかけるぞ!」
左目に符を当てた晴人センパイが走り出す。私と太刀風さんも後ろを走った。
竹林の間を、なんとか身体を横にして進む。太刀風さんが竹をかきわけてくれたので、私はなんとか固い竹の間を通りぬけることができた。
「太刀風さん、オバケをやっつけられるんですね。スゴイ!」
「変わった体質に生まれた……それだけのこと……」
「あ、でも私の左手の感覚、まだ戻らない」
「内藤が本体をおっている……今は共に行くのみ……」
晴人センパイの後をついて行くと、竹林から少しだけひらけた場所に出た。せまいけど、そこだけ何も生えていない。
「ここは、空き地ですかね?」
「妙だな」
「センパイ、妙って言いますと?」
「竹っていうのは放っておくとどこまでも伸びていくものなんだ。それなのに、ここだけぽっかり竹が生えていないというのはおかしい」
「何者かが手入れをしているのか……はたまた何かあるのか……」
三人で、じっと辺りを見回した。私も感覚をとぎすませて、気配を探る。
空き地のおくの方から何かわずかな空気のよどみのようなものを感じた。
「晴人センパイ、太刀風さん。こっちです」
私たちが歩いていくと、そこには木で作られたとても小さな小屋のようなものがこわれていた。小屋を調べていた晴人センパイが言う。
「これは祠(ほこら)だな」
「祠?」
「神をまつる……ちいさなやしろのことだ……」
神様をまつっている場所――。それがこわれちゃったから、オバケが出た?
「もともとこの祠が何かをふうじていたのか、それとも祠にまつられていた神様が姿を変えてしまったのか。そこまではわからないが、これが原因かもしれないな」
「ならば……まずは直してみるのが良い……」
「直すと言っても、私たちにできますか?」
私の背丈の半分もない、小さな小屋だけど――。
それにしたって、どうにかなるのだろうか。
「幸いにしてこの祠は木組み……木のいたみはあるだろうが形だけでも戻せよう……」
「なら、組みなおすのは太刀風に任せた。オレはちょっと家に帰って紙垂(しで)を取ってくる」
「紙垂ってなんですか、晴人センパイ?」
「神社の鳥居とかに白い紙がつるされているだろう。アレのことだ」
晴人センパイと私はご近所さんである。
ここからセンパイの家――内藤神社までは大してはなれていない。
晴人センパイが来た道を戻っていった。太刀風さんはくずれた木をていねいに分けて、それを組み立てていく。短い時間で、祠の形がわかるくらいに組みあげられていった。
「太刀風さん、器用なんですね」
「どうということもない……よく見ればだれにでもできることだ……」
太刀風さんが祠を直し終えるころ、晴人センパイが一枚の紙垂と呼ばれるものを持って戻って来た。直された祠の真ん中に、紙垂をたらす。
「よし、皆で手を合わせよう」
晴人センパイが地面にすわり、祠に手を合わせた。太刀風さんもそれにならう。私もふたりと同じように、直ったばかりの祠に手を合わせた。
(何を祈れば良いんだろう……えっと、手の感覚が戻りますように!)
三人で祠に手を合わせていると、次第に私の手の感覚が戻ってくる。
「センパイ、手に感覚が戻ってきました!」
「そうか、なら良かった。とりあえずは一件落着だな」
「直しきれぬ部分は……近いうちに私が木材を使い整えておこう……」
お祈りを終えて、私たちは夕暮れの街に出た。夕日に左手をかざしてみると、しっかりと左手の先まで影が戻っている。
「良かった! 影もちゃんと指先まであります!」
「それは……何よりだ……」
「でも、どうして祠がこわれたらあんなオバケが出てきたんでしょう?」
私が首をかしげると、晴人センパイが答える。
「祠とか地蔵が立てられるのには、何か理由がある。昔のひとはそれを覚えているが、時間がたつにつれて忘れられていく。元々あの竹林の道に何か良くないものが出てそれをしずめるために置かれたのか、またはこわされた祠の主がおこってあんな風になってしまったのか。そのどちらかだろうな」
「そういうものなんですね」
「それと、あの道のウワサも良くなかったな。近づいてはいけない、危ないなどとウワサされれば、忌み嫌われてそこに悪いものがたまる。色々なことが重なって、怪異になってしまったんだろう」
「なるほど……」
やっぱり晴人センパイは物知りだ。
オバケや悪霊が出るのにも、色んな理由があるんだなぁ。
これからあの竹林の道を通ることがあったら、祠のほうに手を合わせようと思った。
「太刀風さん、晴人センパイ。今日はありがとうございました!」
「ともに心霊部員……これからも助け合っていこう……」
太刀風さんを駅まで見送って、私たちも帰り道に向かう。
「灯里、昼にも言ったがあまり変な場所にひとりで近づくなよ」
「はいセンパイ、今回のことで私も身にしみました。気をつけます」
「今回はきちんと供養できたから結果オーライだ、あまり気にするな。ただ、心配だからな」
ちょっと照れくさそうに、晴人センパイが言う。
(センパイ、クールに見えて私を気にかけてくれてるんだなぁ)
晴人センパイがうちのマンションまで送ってくれて、私はお礼を言って家に帰った。
すぐに仏間のおばあちゃんのところに行って手を合わせる。
――あの祠の神様が居心地よくすごせますように。
――おばあちゃんの言いつけを守らず、竹林の道に入ってごめんなさい。
窓から差し込む夕日のせいだろうか。
おばあちゃんの写真は、ひどく、ゆがんで見えた――。
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