最強冒険者アルスちゃんは今日もぶっ飛んだことをしている

紗沙

第1話 最強冒険者アルス・アーティスタ

「ドラゴンだー!! ドラゴンが出たぞー!!」


 その街は混沌に陥っていた。

 多くの人が逃げ惑い、けれどどこに逃げて良いのかも分からぬ状態。

 火に包まれる街の上空には、一匹の巨竜。


 真っ赤な体に、矢も魔法も通用しない頑丈な鱗。

 翼が力強く羽ばたき、獰猛で鋭い牙が口から覗く。

 そして吐く炎は街を燃やし尽くし、灰にするには十分な火力だった。


「なんでドラゴンがこんなところに!?」

「山に住みついているんじゃなかったのか!?」

「もうおしまいだぁー!」

「おい、あれはどうした!? 街を守る為の装置、光線射撃装置は!」


 逃げ惑い、考える余裕がない者がほとんどの中で、考えを巡らせた者もいた。

 たまたまこの街を訪れていた男は逃げつつも男性の横に並び、声をかける。

 街を守る機器「光線射撃装置」。あれなら、ドラゴンを撃ち落とせるのでは。


「馬鹿野郎! あれはもう使って、傷一つ与えられなかった!」

「なっ……そんな馬鹿な!?」

「ああ、俺もそう思うぜ! 3回も改良しているのに未だに討伐出来たことは皆無だからな!」


 悔しそうに叫ぶ男性を見て、男は成すすべがなくなったことを理解する。

 もはや街はここまで、これで終わりだと思ったとき。


 男の頭上を、一つの影が通り過ぎた。


「あれは!?」

「アルスさんだ! アルスさんが来た!」

「勝った! 勝ったぞ!」


 振り返り、喜ぶ街の人達。

 彼らの声を聞いて男も振り返り、小さく声を上げる。


「アルス……冒険者の、アルス・アーティスタか?」

「そうだよ、あのアルスさんだ! アルスさんなら、なんとかしてくれる!」

「だ、だがあんな小さな少女だったなんて……」


 背中に光る翼を携えたその姿は只人ではない。

 けれど彼女はまだ小さな少女のように男には見えた。


「馬鹿野郎! 見とけ見とけ! アルスさんはすげえぞ!」


 周りは誰一人としてアルスという少女の勝利を疑っていない。

 そこまでなのか、冒険者アルスという少女は、と男が思ったところで、戦闘が始まった。


「GyaaaaaaaAAAAAAAA!!!」


 耳をつんざくほどの雄たけびに、耳を押さえる街の人々。

 しかし男が驚いたのは、その雄たけびがドラゴンからではなく、アルスという少女から発せられたからだ。

 ドラゴンの威嚇の声かと思うほどの声量に、戦慄した。


 次にアルスと呼ばれた少女は光の羽根を羽ばたかせて、その存在感を示す。

 羽ばたきにより強い風が、吹き荒れた。


「か、彼女は一体何をしているんだ!? 威嚇か!? 攻撃か!?」


 思わず隣の男性に叫ぶ男。


「分からねえ!!」


 しかし返ってきたのは、潔すぎる一言だった。


「分からない!?」

「誰も分からねえんだ! アルスさんがなんであんなことをしているのかは、アルスさんしか知らねえ! でもきっと俺達には分からない何かがあるんだ! そうに決まってる! なんたってアルスさんは!」


 そして声高に、男性は叫んだ。


「最強冒険者だからな!」


 刹那、上空に赤が灯る。

 アルスと呼ばれた少女が、火属性の魔法を使ったのだろうというのは分かった。


 一直線に飛んでいく火柱ともいえる炎魔法。

 それはドラゴンの脇をすり抜けたように見えたが。

 次の瞬間に、ドラゴンははじけ飛ぶように爆散した。


 信じられないのはドラゴンも同じだったようで、じっとアルスという少女を見ていたように思えた。

 ドラゴンの破片が飛び散る中で、男は興奮気味に隣の男性に掴みかかる。


「なんだあれは!? どうしてドラゴンが爆発した!?」

「これが分からねえ! 火の魔法かと思うだろ!? でも違うんだ、どんな戦いでもアルスさんは敵を爆散させちまう。あの人は、そういう人なんだ!」

「そういう……人……」


 男は呟き、男性に掴みかかったままで空を見た。

 この日、また街はアルスによって守られた。

 累計3回目の防衛だった。


 そして男は知った。

 最強と呼ばれる冒険者、アルス・アーティスタの力を。




 ◆◆◆




(あっぶねー)


 同時刻、街の上空にてアルス・アーティスタは安堵のため息を吐いていた。

 正確には、アルス・アーティスタという少女に憑依した中年男性は、だが。


(翼はともかく、鳴き声は風魔法で増幅させて再現して、羽ばたきの風圧も同じように風魔法でそれっぽくしたのに決着しないんだもんなぁ。びっくりしたわ)


 先ほどまで対峙していたドラゴンを思い出し、アルスは内心で称賛を送った。

 流石にあそこまでやればカッコいいと思ってくれると思ったが、甘かったようだ。


(結局、火魔法を使って、ブレスを吐く再現をしてようやく成功だからなぁ……)


 最強冒険者と言われるアルス・アーティスタは、突出した実力も才能もない。

 武器を扱う練度は高くなく、魔法の実力も並程度。

 けれど、他の誰にもない唯一無二のスキルがあった。


「それでも……芸術審判は私の勝ち」


 名を、「芸術審判」。

 効果は、スキル発動時に相手対象に芸術審判を仕掛けるというもの。

 時間制限内で、芸術……つまりカッコいいと言える行動をすれば勝利となり、敵は爆散する。


 これだけならばとても強力で、無敵ともいえるスキルだろう。

 実際アルスも、最初はそう思っていた。

 カッコいいと思える行動をすればいいなら、転生前の世界のアニメやゲームが参考になると思ったから。


 でも違った。まず時間制限は相手対象によって異なったのが一つ。

 そして決定的な間違いは。


「……カッコいいと思ってくれて、良かったぁ」


 その芸術を審判する側が、相手にあるという事である。


 つまりドラゴンを相手にするならドラゴンらしいカッコよさを。

 スライム相手ならスライムらしいカッコよさを。

 芋虫型モンスターが相手なら芋虫らしいカッコよさを。


 それが芸術審判。

 自分の言動をモンスターレベルに落とさなければならない、厄介なスキルである

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る