11.説得力
「……ここは」
目覚めたマルタは自身が縄で拘束されていることに気づいた。
どこかの小綺麗な宿屋のような部屋。
調度品は少ないがベッドが1つ。
マルタはその上に寝かされていた。
「(確か……手当ての応援を頼まれて医務室に……っ!)」
そう、確か医務室に向かうと騎士が1人待っていたのだった。
▽ ▽
「怪我人はこちらですか?」
「そうそう! 俺が怪我人」
「……怪我は無さそうに見えますが」
「マルタちゃん、まだ気づかない? つい先日出会ったじゃん」
「? ……貴方っ! ペチュニア様の!」
「当たり~! っつうわけで、おい」
「むっ?!」
そう、医務室に居たのは先日ペチュニアとの茶会の後追いかけてきた男の1人だった。
さらに隠れていた男達に口と鼻を嗅ぎ薬を含ませた布で塞がれマルタは気を失ったのだ。
▽ ▽
しばらくすると部屋の扉が開き、シルバーブロンドを靡かせイブニングドレス姿のペチュニアが現れた。
後に続き、マルタを拐った男達もやってくる。
「お目覚めかしら? マルタさん?」
「ペチュニア様……」
「ふふ……貴女に恨みは無いのだけど、貴女色々と丁度良かったのですわ」
ペチュニアはズイと顔を近づけ、マルタの顔を覗きこむ。
「私を捕えたとてその方達ではクロウディア様はどうにもできませんよ……」
「まぁそうね。あの女は強い、それは解りましたわ。私の手駒では歯が立ちそうにありませんの」
「ならこんなことは無意味です」
「それがそうでもないの。ふふ……貴女の恋人、とっても強いそうじゃなくて?」
「っ! まさか貴女!?」
ペチュニアの企みに気付き声をあげたマルタに向け、絶世の美女と呼んでさしつかえない美貌をこれ以上無いほどの狂気的な笑みの形に歪め、ペチュニアは嗤う。
「フフ、フフフ。私、これからゲストをお迎えしなければなりませんの。恋人を救いに来た騎士様と、愚かにも罠に飛び込む烏。知っていて? クロウディア様は“烏令嬢”だなんてあだ名をつけられているのですわ。いつも喪服のような真っ黒なドレスなんですもの。私が考えて差し上げたの。さ、貴方達は念のためマルタさんが逃げ出さないよう見張っておいてちょうだい……手を出すことは許しません、いいですわね!」
そのままヒラヒラと手を振り「ごめんあそばせ」とペチュニアは部屋を出ていってしまう。
「(クロウディア様……ヴェルナー様……お願いします、どうか私のことなど気になさらずに……!)」
逃げ出すことの出来ないマルタはただ、そう願うしかなかった。
▽ ▽
「さてと……一応、手は打ったわけだけれど……自分で探すほうが早かったかな? まぁここに来れなくなるけれど」
アレクセイに持たせた羽根に手紙を転移させた後、クロウは指定された場所までやって来ていた。
癪ではあるがこういう時は頼りになる男ではある。
少なくとも技量面では自身と同程度はあるとクロウはアレクセイに対して評価していた。
皇都についても詳しいだろう。
所用で皇都を離れているようだが、まぁなんとかするハズだ。
ふと、今さらながらアレクセイを頼ったことに気付きクロウは少し苦い顔をする。
指定されたのは元はどこぞの貴族の屋敷のあった跡地らしい。
まだ取り壊し切れておらず太い柱や壁がまだ残っていた。
他の屋敷からは離れており、人通りもまるでない。
クロウは念のため動きやすい服に着替え帯剣もしている。
さらに体の至るところにナイフを何本も仕込んである。
クロウが周囲の気配を窺うと、物陰に気配がある。誰か隠れているなと思ったのも束の間、近づいてくる強い気配を感じた。
「?! クロウディア様!?」
「ヴェルナー様?」
「クロウディア様! マルタさんが拐われて、ここに犯人がいると書簡が……」
「その通りですわ、ヴェルナー騎士爵様!」
やって来たのはヴェルナーだった。
クロウがどうしたのかと尋ねる前に、物陰からタイミングを計っていたのだろう。
ペチュニアが役者は揃ったとばかりに現れる。
「貴女はペチュニア様! 一体どういうことですか!?」
「言葉通りの意味ですわ。その書簡を届けさせたのは私ですの。そして……マルタさんを拐った下手人はそちらのクロウディア様ですわ」
「まさか!? クロウディア様がそのような!」
「ご説明いたしますわ……クロウディア様……いえ、きっとそれも偽名でしょうけれど……その女の聞くもおぞましい正体を……!」
とりあえずクロウが黙っていると何やらペチュニアの1人語りが始まってしまった。
どうしようかと思ったが、ヴェルナーの手前、問答無用でペチュニアを尋問するのは若干気が引けたので聞いておくことにした。
「(それに……上手いのよね、ペチュニア様。情感がこもっているというか、聞いていたくなるというか。才能だわ)」
観劇場というのは実に暗殺に適した場所だ。
人同士の距離が近く、人数も多い。
皆、劇に集中している上に観客席は照明も落とされる。
集中している標的の背後を取って椅子ごと得物を突き入れてもいいし、出入りの人混みに紛れてもいい。
そんなわけで、クロウは下調べも含めればそれなりの回数、観劇場に行ったことがあった。
そのクロウからしても、ペチュニアの語りはプロの劇俳優と比べても遜色が無いほどに見事だった。
「実は私、マルタさんから相談を受けていましたの……クロウディア様が不審な動きをしていると。私は止せと言ったのですわ! ですが自分が調べるとマルタさんは引きませんでしたの」
「っ……!」
ヴェルナーもペチュニアの語りに引き込まれたのか時折息を飲み聞き入っている。
「そして遂に……彼女は突き止めたのですわ! その女の正体を!」
「クロウディア様の……正体」
「そう! その女は……その女はアレクセイ様を殺しに来た暗殺者だったのですわ!」
「んっふっ!? げほっけほっけほっ」
まさかの大正解にクロウは思わず息を吹き出し思い切り噎せた。
「(当たってる!………当たってるわ、ペチュニア様!)」
内容自体はでまかせなのだろうがそれがまさか正解ドンピシャだとはペチュニアも思うまい。
ペチュニア自身役に入りきっているのか噎せたクロウを気にせぬ語りは最高潮へと向かっていった。
「本来であればアレクセイ殿下にお伝えすべき内容でしょう……。しかしあの方は今日は皇宮を離れていらっしゃいますの……その隙にマルタさんは勘づいたその女に拐われてしまったのですわ! ですが! マルタさんは隙をつき私に助けを求めたのですわ!」
「(いやいや、それなら何で私はここにいて、マルタはいないのよ……私がやったなら助けなんて呼ばせるハズがないし)」
何だか色々ガバガバだ。
これを信じる奴がいるならそいつは単細胞で脳みそまで筋肉で出来ていて、ついでに何かに盲進している、そんな奴ぐらいだろう。
「さぁ! ヴェルナー騎士爵様! 帝国の為、アレクセイ殿下の為、そして何より貴方の愛する女性の為! 貴方のお力でその女を懲らしめてくださいませ!」
「ハァ……下らない。ヴェルナー様、マルタ誘拐の下手人はペチュニア様です。マルタから彼女と一悶着あったと聞いていませんか?」
付き合ってみたが何とも下らない結末だった。
さっさとペチュニアを捕えて爪の一枚でも剥がしてマルタの居場所を吐かせるかとクロウが考えた時であった。
「クロウディア様……見損ないました」
「は?」
「まさか、貴女程の武人が……いやそれだけの実力があるからこそですか」
「あの? ヴェルナー様? まさかと思いますが、今の話……」
「最早問答は無用! 貴女を打ち倒し、マルタさんを取り戻させてもらいます!」
「はぁあああ?!」
ヴェルナーが背から大剣を抜き放ち魔力が膨れ上がる。
数mの距離をあけて、その切っ先がクロウに突きつけられた。
「ちょ、ちょちょちょっと、嘘でしょ!?」
「近衛騎士ヴェルナー、参る!」
慌てて帯びていた細剣を抜いたクロウに一気に間を詰めたヴェルナーの大剣が振り下ろされた。
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