10.企み
「ちょ、ちょっと待て!」
「ん?」
茶会が早く終わりすぎた為、迎えの馬車の時間までかなり空いてしまった。
仲の良い相手の屋敷ならともかく、敵地で待ちぼうけているのもなんなのでクロウはさっさと歩いて帰ることにした。
このあたりも貴族令嬢の感覚とは違うのだが、当人はそれに気づいていない。
結局それがまた功を奏しているのだが。
クロウ達の後ろから幾人かの男達が息を切らせて走ってくる。
「……クロウディア様……ペチュニア様の」
「あぁ……男をけしかける、のだったわね」
マルタの耳打ちにクロウはそういえばと思い出した。
本来は茶会で打ちのめされ、泣きながら馬車を待っている相手への駄目押し的な趣向なのだろう。
ニヤニヤといやらしい笑みを浮かべ、詰め寄るはずの男達はようやく追いついたとばかりに肩で息をしていた。
「貴方達、何か御用?」
「あ、あんたペチュニア様にあんなことしておいてタダで帰れると思うなよ!」
にじりよってくる男達にクロウは嘆息した。
「(隙だらけ、無駄だらけ、雑念だらけ)」
格好からして貴族の子息だろうか。
一応は鍛えているような感じではあるので騎士か、その見習いといったところだろう。
しかし、先日打ち合いを見ていたヴェルナーやアレクセイと比べれば足元にも及ばない。
下心も透けて見え過ぎる。
案の定……。
手を捻り足をかけ投げ飛ばし鳩尾を踏みつけて、男達全員が地に転がり呻き声を上げるまでにかかった時間は30秒にも満たなかった。
「余分な時間を取らされたわ」
「まったくでございます」
転がる男達に一瞥をくれることなくクロウとマルタはその場を後にするのだった。
▽ ▽
「もう結構ですわ! お下がりなさい!」
男達からの「追いかけたはいいが何も出来なかった」という報告を受けてペチュニアはさらに怒りを募らせていた。
「本当に何なのですわ……あの女」
あっさりと嫌がらせを回避してみせ、男達も寄せ付けず、あまつさえ公爵令嬢の自分に紅茶まで被せてきた。
もっとも紅茶については自業自得なのだがそんなことはペチュニアの頭からはすっぽりと抜けていた。
「ここまでコケにされて……引き下がるわけにはいきませんわ!」
何か使えるネタはないかと記憶を辿るペチュニアの脳裏に1つ閃くものがあった。
「あの女の連れていた侍女……マルタだったかしら……確かあの娘は……」
名案が生まれたと、ペチュニアは口角を上げさらに思考を巡らせていく。
「今に見てらっしゃい……絶対に泣かせてやりますわ!」
▽ ▽
「マルタが居なくなった?」
「そうなんです、クロウ様! あの子、勝手に仕事を放り出すような子じゃないから心配で……」
ペチュニアの茶会から数日。
クロウは早朝の訓練を日課に加え、ヴェルナーとも時折打ち合ったりとそれなりに充実していた。
無論、契約に囚われていることを別にすればだが。
短い時間だがマルタをヴェルナーに会わせる口実にもなるし、うんと早く起きればアレクセイに寝顔を見られないで済むかもしれないと張り切って早起きをしていた。
……どんなに早起きしても目覚めはアレクセイの笑顔だったが。
そんなある日のことだ。
夕食の少し前、ブリジッタが顔を青くして訴えてきた。
いつもなら一緒に支度をするはずのマルタの姿が見えないらしい。
「マルタは今日は何をしていたの?」
「えっと、だいたいは普段通りです。午前はクロウ様に付いて、午後からは私と交代して、離宮の掃き清めと……あっ」
「心当たり?」
「はい、えっと……訓練中怪我人が出たとかで手当ての応援を頼まれました。マルタは簡単だけど治癒魔法が使えるんです」
「それはよくある事?」
「頻繁ではないですけど。帝国騎士団は厳しい訓練で有名です……ヴェルナー様ともそれで知り合ったみたいですし」
「だったら医務室かもね、行ってみましょう」
クロウがブリジッタを連れ医務室へ着くも、マルタの姿はなかった。
「(怪我人が出たにしては血の匂いが無い……)」
クロウは応援が必要な程の怪我人が出たにしてはあまり血の匂いがしないことに違和感を感じた。
「もし」
「うん?……クロウディア様!? こんなところにどうされましたか?」
そこに丁度通りかかった騎士がいたのでクロウは微笑み声をかける。
「今日、騎士団の訓練中に大怪我をした者がいたとか。お見舞いに伺ったのですがその方はどちらに?」
「えぇ!? あ、いや、そんな話は聞いておりません。打ち身なんかは日常茶飯事ですが……」
「そうですか……。ありがとうございます」
「はっ。では自分はこれで失礼します」
「はい、お勤め頑張ってください」
笑顔でやる気を漲らせた騎士を見送るとクロウはスッと真顔に戻る。
「きな臭いわね」
「きな臭いのはクロウ様の早変わりだと思います」
「……そうじゃなくて、怪我人はいなかった。なのにマルタは呼ばれた。そして行方知れず」
「……嘘、もしかして拐われた!?」
「決めつけるには早いけど、可能性は高いし、私達は動機のある人物を知っているでしょう」
「まさかペチュニア様が!?」
「決めつけるには早いと言ったでしょう。どのみち相手の出方を見ないと……」
クロウは茶会で会ったペチュニアの顔や言動を思い浮かべる。
勝ち気な目付き、顔立ち、プライドの高さをこれでもかと示すあの態度。
茶会ではクロウがそのプライドをかなり傷つけた。
それが付き人のマルタに何か悪さをして溜飲を下げるだろうか?
「(違うわね……あくまで標的は私。だとすれば何かしらアプローチをしてくるはず)」
そうクロウディアが考えていたまさにその時だった。
「クロウディア様、こちらにいらっしゃいましたか」
離宮の侍女の1人がクロウを探していたようで、やっと見つけたといった様子で声をかけてきた。
「クロウディア様宛に書簡を預かっております。何でも急ぎの用件だとか」
「どなたが届けに?」
「すいません……守衛からは騎士の誰かとしか」
「そう、ありがとう」
侍女が去ったのを確認しクロウは封を切り中身に目を走らせた。
「……ふぅん」
読み終わった書簡をブリジッタに手渡しクロウは口に手を当て思案を始めた。
「えっと……「マルタ嬢は預かった。無事返して欲しければ……クロウディア嬢1人で指定の時間、指定の場所に……」ってやっぱり誘拐!? 「誰にも知らせるな、さもなくばマルタ嬢の無事は保証しない」ど、どどどどうしましょう!? クロウ様! 私、読んじゃいました!? マルタが大変なことに!」
「慌てないでブリジッタ、誰も見ちゃいないわ……まぁ助けを呼ばず1人で来いってことよ、私ご指名でね」
「どう、するんですか?」
ブリジッタの問いにクロウは少しだけ考えた。
最善は呼び出しに応じずさっさと騎士にでも伝えることだ。
クロウにとってはリスクを取らずに済む。
ただその場合、マルタの無事は保障されない。
否、現状もそうなのだが、下手人がペチュニアだとすればあのプライドの高いお嬢さまはこちらが言う通りにするなら条件は違えないだろう。
取り巻きの男達は軽薄そうだったから少し心配ではあるが。
まだ短い付き合いではあるが、マルタには随分世話になっているし、共に
見捨てる選択肢は最初から無かった。
「行ってくるわ、マルタを迎えに」
「……! クロウ様ぁああ」
「少し準備をしてからね、一旦部屋に戻りましょう」
「はいっ! クロウ様!」
少し元気を取り戻したブリジッタを連れ、一度部屋に戻ることにする。
さて、あのペチュニアは一体どんな企みをしてくるのか……それが少しだけ楽しみなクロウだった。
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