8.波乱確定の茶会
「ペチュニア……ペチュニア……誰だったかな?」
「うわぁ……クロウ様それは酷いですよ」
「ペチュニア様が聞いていたら憤慨されるところでございます」
「そう言われても、ね」
アレクセイ暗殺の為の下調べは念入りにしたが、逆にそれ以外はとんと無知なクロウだ。
仕事を終わらせたらさっさと出ていくつもりだったので、暗殺に関係もないどこぞの令嬢の顔と名前が一致しないのは仕方のないことだった。
「ペチュニア様はアレクセイ様の正妃筆頭候補だった方でございます」
「そうそう! ファウフィデル公爵家といえば帝国の名家中の名家! そこのご令嬢ともなれば相応の嫁ぎ先は皇族のアレクセイ様ってわけです!」
「あぁ……なるほど……。つまりこの茶会は私への鬱憤を晴らしてやろうという趣向なわけね」
正妃筆頭候補だったペチュニア嬢とやらが、その地位を掠め取っていった女をわざわざ茶会に招くとはそういうことだろう。
きっと自分以外はあちらの取り巻きで固められて、あれやこれやと皮肉を浴びせかけられるのだろうなとクロウは溜め息を吐いた。
腹芸は苦手なのだ。
さっさと腹にナイフを突き入れるほうが簡単だ。
「ねぇ、クロウ様……このお茶会行かないほうがいいですよ」
「ブリジッタ、それは何故? 私もこれがあまり良くない趣向の茶会なのはわかるけれど、行かなくてもそれはそれで“逃げた”とかなんとか噂を流されるでしょう? どのみち面倒事になるなら受けて立ったほうが話が早く済むわ」
「クロウ様男前ー! ……じゃなくて!」
ブリジッタの乗り突っ込みをマルタが受けて話を続ける。
「ペチュニア様は学院時代より気に入らない貴族の息女を徹底的にいびることで有名な方でございます」
「いびるだけじゃないですよ! お茶会に招いて、傷んだ料理とか変な薬の入ったお茶を勧めてきたりするそうなんです!」
「へぇ……」
「それでちゃんと頂かないとそのお茶を浴びせてきたり……」
「ふぅん……」
「……あくまで噂ですが、いいなりにした貴族の子息を、その、けしかけると聞いたこともございます」
「それは、なかなか」
「何人も心を病んで学院にこれなくなった子がいるんですよ! クロウ様何でそんな楽しそうなんですか!?」
「だってね……」
クロウにしてみれば、その程度の嫌がらせは何ともないのだ。
まだ未熟だった頃、修行で山籠りをした時は虫や雑草、泥水で飢えと渇きをしのいだこともあったし、食べたフリ飲んだフリなんてもうお手のものだ。
それに貴族令嬢が嫌がらせに使う薬など、毒に体を慣らしているクロウにはたいした効果も無いだろう。
ろくな訓練すら受けていない男が何人やってきたところで返り討ちだ。
思えば皇宮に囚われて一週間程だが、ぬるま湯に浸かっているような生活に飽き飽きしていたところでもある。
明確に敵意を向けてくる相手というのは気を引き締めるのにちょうどいいかもしれない。
「ブリジッタ、返事を出してくれる? 勿論、参加で」
「クロウ様!? 話聞いてました!?」
▽ ▽
ペチュニア主催の茶会当日の早朝。
いつも通りクロウの寝顔を覗きにやってきたアレクセイの顔はいつもの微笑みではなく、心配そうな顔だった。
「……朝から辛気臭い顔ですね。こちらも気が滅入りそうなのでやめていただけますか?」
「聞いたよ、ペチュニア嬢の茶会に招かれたそうだね。彼女はなんというか……」
「マルタとブリジッタに聞きました。良くない噂に事欠かない方のようですね」
「あぁ、それに恐ろしく執拗で嫉妬深い……僕にも毎日の様に書簡が届くんだ。君との婚約を撤回しろとね」
クロウはアレクセイの溜め息を鼻で笑う。
「フフン、良い気味です。それに撤回ならいつでも構いませんよ?」
「悲しい事を言わないでくれ、クロウ……無論、僕も君が彼女程度にやり込められるとは思っていない。だけど本当に彼女は執念深いんだ。あまり彼女を追い詰めないでやってくれ」
「それは相手の出方次第ですね。さ、早く部屋に戻ってくださいよ。今日は茶会の支度があるからすぐにマルタがやってきますよ」
ちょうどタイミング良く部屋の扉がコンコンと控えめな音を立てた。
「くれぐれも頼むよ」
「はいはい、分かりました分かりました」
「……」
転移陣に飛び込む寸前までアレクセイは不安気な視線を寄越したが、クロウはそれをすげなく受け流す。
「クロウディア様。お目覚めですか」
「えぇ、マルタ。入って」
あの男の本気の困り顔など初めて見た。
今日はなかなか楽しい日になりそうだとクロウは久しぶりに心からの笑みを浮かべていた。
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